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一章 出会い
2、チャルから来たお客様
しおりを挟む「チャル……、でございますか」
アリーシャが、不快そうにつぶやいた。
サラは思い出していた。
屋敷にいたころ、チャルのことが書かれた本を何冊か読んだことがあったことを。
はるか東にある、どの国にも属さない、雑多な種族がすむ広大な地域。総称してそう呼ぶが、それぞれの種族が、それぞれの場所で暮らし、獣人、エルフ、ドワーフがいるという。
この店のショーウィンドウにも並べられている書籍にもチャルについて書かれた本がある。チャルには国外追放を受けた、ならず者が住み着いている場所もあり、文明、文化レベルはもちろん、その地域にすむ人たちは、ライバーツ王国よりはるかに劣っている、そう断定している著者は王宮付きの宮廷錬金術師だった。
その影響もあってかバリアンヌでは獣人の扱いが低いのは、街中でもよく見る光景だった。
あからさまな侮蔑な視線を向けるアリーシャに対して、男性客は気にする様子もなく、他にも何か面白そうなものはないかと、どこか楽し気な様子で店内を歩いている。
それがあたかも不愉快だというようにアリーシャは眉間に皴をよせていたが、何かに気づいたように急に笑みを浮かべた。
「あら、お客様。お帽子もお召し物も最高級の生地でございますのね。特別注文であつらえたものとお見受けいたしますわ。きっとお客様はチャルでもご高名な冒険者さまなのでございましょう」
「俺の服? さあ、用意してもらった服だから分からないね。けれど、はるばるチャルから来たのは、本当だ」
「さすが、チャルの冒険者ですわ。あのような危険な場所からおひとりでこられるなんて、よほど腕に自信がございますのね」
「いやいや、ひとりできたのではない。宿屋に仲間がいる。まずは俺一人で、ふらりと寄っただけだ」
そんな話をしながら男性客とアリーシャは店内を歩いていたが、豊満な体のアリーシャは、しばらくすると息を切らしていた。
「はぁ、はぁ、そうでございますか。では、ちょうどタイミングがよろしかったですわ。さきほど入荷したばかりの万能薬はいがでしょう」
アリーシャはガラスケースに並べられている、万能薬の瓶を手にとった。
「万が一のことを考えて、一本ぐらいはお持ちになられていたほうがよろしいかと思います」
万能薬はこの店でも高額な消耗品アイテムで、一本が金貨三枚もする。
けれど、男性客はアリーシャの持つ瓶にかかった値札より、万能薬の中身を見ているようだった。
「オーホホホホ、お客様。それほど中身の万能薬にご興味がございますのね。ですが、ここは名のある冒険者様や貴族の方がお住いの王都バリアンヌでございますから、品質もたしかございます。万能薬に使用しているハーブは有機栽培のもの、ガラス容器は有名ブランドのバカララ製でございますの。お客様のような一流冒険者様でしたら三ゴールドなど、お手頃な値段でございましょうね」
「一本が、三十万円ね」
マンエン……?
サラが初めて聞くお金の単位だった。
男性客は、そう言うと、ガラス棚に並べている他の万能薬にも視線を移していた。
アリーシャは、そんなお客にしびれを切らしたようにかかとでヒールを鳴らし始めた。
サラはハラハラしていた。
アリーシャが購入を急かすしぐさだったからだ。それに、他にも女性のお客様がぞろぞろと入って来ていた。
「いらっしゃいませ」
サラが声をかけると、華やかなドレスを着た若い女性たちが、黄色いグミを求めた。
「黄色いグミを三箱ください」
「私は五箱お願いね」
「ありがとうございます」
サラは次々と黄色いグミの箱をつつみ、清算しながら、アリーシャの会話に聞き耳を立てていた。
「最近では、お客様のように森に出現したダンジョンを攻略しようと他国からどんどんと冒険者様がバリアンヌにいらっしゃっていますのよ。ですから万能薬の材料不足で値段も随分と値上がりして、どこも品切れ状態。うちも、いつ品切れになるのかと心配しているのでございますの。オホホホホ」
「まぁ、そういった事情もわかる。だが、いま手持ちがなくてね。お取り置きはできるのかな?」
男性客の言葉にサラはドキドキしてきた。試行錯誤しながら、やっとアリーシャが満足するような万能薬がつくれたからだ。こうしてサラは自分がつくった商品が初めてのお客様の目に留まり、ご購入を決断していただけるときは、いつも気持ちが高まった。
だが、サラの予想していないことが起きた。
アリーシャが男性客の申し出を笑い飛ばしたのだった。
「オーホホホホ。お客様、おもしろいことをおっしゃいますのね。ここは天下のライバーツ王国の王都バリアンヌ。たった金貨三枚、それほどのお手持ちもございませんのに、わたくしの店に足を踏み入れるなど、そのような野暮なお客様は初めてございます。しかもお取り置きなど聞いたこともございません。さすが、ふらりといらっしゃった一見様ですこと。やはり貴族制度もない、無作法なチャルご出身の方は、こちらの店には分不相応でございましたわね。オホホホホ! さぁ、どうぞお帰りくださいませ」
そんな……。
サラは、つぎつぎ来店されるお客の対応に追われていたが、心の中でアリーシャの男性客に対するひどい言葉にショックを受けていた。
自分が言われたことのようにサラは心を痛めていた。
けれど、灰色の目をしたお客様はまるで気にした様子もなく、なぜかサラに向かってニコリと笑い「邪魔したね」と声をかけてから出ていった。
サラは今すぐにでもお客様を追いかけ、謝りたかった。
失礼な数々、申しわけございませんでした――、と。
けれど……、そんな思い切った行動やアリーシャの機嫌を損ねるようなことを今のサラが出来るはずもなかった。
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