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第3章 真偽の裏表

28.静けさの中で濁流に包まれる ③/神685-6(Und)-6

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 理性の制御を振り切り飛び出した体。
 その制御を取り戻したのは、自分の体が何者かに止められた後だった。

「アユム様、どうか落ち着いてください」

 そして聞こえるロゼさんの声に、やっと自分を止めたのがロゼさんだと気づく。
 気づいてからは冷めるのも早かった。

「……ありがとうございます、突然の言葉に体が先に動いてしまいました」

「アユム様が本気で陛下を害そうとしたのではないというのは、この状況だけでもわかります。ご安心ください」

 ロゼさんは私にそこまで力を使っていはいない。
 止められる直前ならわからないが、その後は私も特に前に進もうと足掻いたりしなかったからだ。

 いくら私が祀られていても、私自身は自分をそこまでの存在と認識していない。
 ただの一般人が王様を殴るわけにもいかないだろう。
 今更な気はするし、自分に対しての言い訳にしかならないが。
 もしもの時に、そんな理由で自分が迷うはずないというのは一番理解してるから。

 ロゼさんだって、私がそういう人間であることは知ってると思う。
 それでもロゼさんは視線をずらして国王の方をジト目で睨んだ。

「陛下、説明もなしにいきなりすぎます、ご自身の立場と発言力を考えてください」

「いやはや、こうも敏感に反応するとは思わなかった。
 オーワン様の名前を出したのが悪かったのか」

「私たちには奉るべき対象でも、アユム様には違うのでしょう
 そのあたりの事情を詳しく知ってるわけではありませんが」

 いつものように笑みを浮かべながら状況を整理するベルジュ。
 国王の方も私の行動を意外とは思うようだが、雰囲気は悪くない。
 異世界人という言葉に関しては疑問にも思っていないようだ。
 まるで、全てが仕組まれていたかのようなこの雰囲気。
 ――さすがに、気に食わなかった。

「ロゼさんも、全て知っていたんですか?」

「全て、と聞くのでしたらどこまでのことを仰るのか判断しかねます。
 ですが、アユム様に対して陛下が仰った言葉は全て初耳です。
 主に対する私の忠義に掛けて誓いましょう」

「……どこまで深いのかはわかりませんが、そこまでされなくても大丈夫です」

「あっ、アユム様、私もあなた様が異世界人であることは知りませんでした。
 疑わしいとは思いましたが、それだけです。
 我が公爵家の名誉に掛けて誓いましょう」

「――それで、どこから説明する気だ。
 それとも、自分の神同様に沈黙する気か?」

 私はロゼさんから少し離れて、そこに依然として立っている国王を睨む。
 隣で無視されたベルジュが何か言っていたが、気にする余裕はなかった。

「どこから、と聞かれても答えられるのはすでにご存じの情報だけでしょう。
 ただ、あなたがここに訪れた場合、継承の場へと案内しろとは言われましたが」

「……名前からして、私が公爵家に利用される報酬として行くはずだった場所のようだが」

「そうです、公爵家の取引とは関係なく、私はアユム様をそこにお迎えする予定です」

「はっ! なるほど、簡単すぎると思ったらそういうことか?」

 自分たちの成すべきことを成しながら利益を得る。
 取引の基本であり、今から知ったとしてどうにもならない。
 すでに交わされた約束を、彼女らの前で破ることは出来ないからだ。

 こちらの目的が果たされない訳でもなく、依頼された内容も難しい内容ではない。
 ある程度の仲だったら笑って流せるレベルではある。
 問題は、それほどの信頼関係を私とベルジュは築いていないということだが。

 当然のごとく私はベルジュを睨んだ。
 笑みは浮かべたまま、何かをあざ笑うように。
 それを受けたベルジュは、珍しく緊張してるように見えた。

「その、騙すような状況になってしまったのはお詫びします。
 しかし言い訳になるでしょうが、このことは公爵家も初耳です。
 我らはただ純粋に、アユム様と同盟を結びたかっただけです。
 提示した報酬が無意味になったのなら、今からでもそれに見合う何かを提供する用意があります」

「ベルジュの話は本当のことです、あなたのことを誰かに言った覚えはないので」

「……とりあえず、その件は後で話そうか」

 ついカッとなってしまったが、今やるべき話ではない。
 状況が混雑しているほど、優先順位を決めて一つずつ解いていくのがベスト。
 そういう意味でも、真っ先に解決させる問題はベルジュではなく国王だ。
 私は国王を睨みながら質問した。

「オーワンが私を呼んだか、その理由は?」

「私はあくまでも神託を承っただけ、訳については見当もつきません」

 心のなかで舌打ちしてしまう。
 もしやと思ったら、やはり目の前の国王ってやらも大した情報はない。
 言ってることも今まで会った他の神官たちと全く一緒だ。

 ただ、インルーの神官だったウィナーと比べたら一つだけ違いがある。
 オーワンの名前を口にしたかどうかだ。

 でもなぜだろうか。
 オーワンが神託を下したと改めて言われただけなのに。
 人間がオーワンに選ばれた種族であることを知らないわけでもないのに。
 ふと、疑問が浮かび上がった。

「国王、あなたは確かここベルバの神官だと言ったな。
 それとあんたに神託を下したのがあのオーワンとも。
 でも人間は特定の神を敬うわけではない。
 そして私の知る限りでは、神は自分の神官を自分の手で選ぶはずだ」

 もちろん、これはレミアとフォレストの場合を言ってるだけだ。
 全ての神がそうである保証はどこにもない。
 ただ、前にフォレストは神同士で優劣はないといっていた。
 なら自分の神官を選ぶ権利を、他の神が持たないわけがないと踏んだだけ。
 幸いにも、この言葉を国王は否定しなかった。

「そうですね、さすがと言いますか、鋭いですね」

「――その言葉、私が今何を考えてるか知ってて出した言葉と見ていいか?」

「あなた様がここまで来た以上、隠す必要もないでしょう」

 当たり前のように堂々としたその姿には、むしろ笑いが溢れてしまう。
 私が何を疑ってるのが知っててあれとは。
 あの国王は をああして返したのだ。
 この答えに一番驚いているのは私ではないだろう。
 私としては呆れるだけだが、後ろの二人はこの世界の常識を持っているから。

「ま、まさかあなたは、自分が絶対神のオーワンの神官だと言うつもりですか!?」

「それが当てはまるのは余だけではないが、否定はするつもりはない。エルフの子よ」

「この都市に入ってからもしやとは思いましたが、まさか本当に人間が絶対神の元にいるとは」

「そなたもエルフの神官だ、気づいてなかったとは言うまい。
 少しではあるが授けられた神力が誰のものかによって、発する雰囲気も少し違う。
 一般人ではわからないだろうが、我らは敏感になるしかないのだから」

「違和感を感じたのは事実ですが、絶対神の名前までは想像できませんでした。
 未だ人間以外の異種族の神官は会っていないので」

 絶対神オーワンの神官。
 この世界の全ての神、全ての種族の母であり、私をこの世界に呼び寄せた張本人。
 私にとっての黒幕であり、ラスボスあたりの存在の神官。

 正直、未だ頭が混乱している。
 状況さえ許してくれるのなら、今すぐベッドにダイブしたいぐらいだ。
 それが許されないのは知っているが。

――さて、これからどうするべきか。

 国王という人間は黒幕の部下だが、立場は他の神官と一緒らしい。
 知っている情報も、目的も全く一緒ときた。
 目の前の国王を殴ることも、情報を引き出すこともできないと来たら次はどうするべきか。
 本来の目的を考えると、答えは一つだけだった。

「では、この場で私をそのオーワンに連れて行け。
 継承の場だったか、そこに私を連れていけば全て丸く収まる。
 私もあんたらのような何も知らない人間に答えを強いるのはいい加減疲れた」

「そう急かす必要はないでしょう、元から宴会が終われば에――」

「ふざけるのもその辺にしておけ、吐きそうになる。
 せっかく目的が一致した以上、ここで時間をつぶす必要はないだろう。
 それとも、私が宴会が終わるまで待たないといけない理由があるのか?」

「公爵家との約束をむげにはできないはずですが」

「勘違いするな、そんなことは一言も言ってない。
 ただ、というのは決めていないはずだ。
 私の目的がかなったとしても、それが約束を破る行為にはならない」

「こちらにも準備というのが要ります。
 一晩で終わるような内容でもないし、宴会前に終わらすべき仕事もあります。
 なので、その前に公爵家との取引を優先していただきたいのです」

「オーワンに会うための準備、か」

 そこで私はエレミアに視線を移した。
 今の発言が真実かどうかを確認したかったからだ。
 しかし、エレミアは頷きながらも曖昧な表情を浮かべる。
 真実ではあるけど、釈然としないのだろう。

 私は一度、大きく深呼吸をした。
 高ぶった心を落ち着かせるため、どう動くべきか考えを整理するために。
 少しでも落ち着きを取り戻さないと、このまま雰囲気に流されてしまう。

 口に出したの真実からからほころびを探すならどこになるのだろうか。
 準備が要るのは真実。
 一晩で終わる内容でないことも、宴会前に終わらすべき仕事であることも真実。
 この真実の中に罠を仕込むというのなら――やはり時期か。

 早めに動こうとしたベルジュの思惑とは裏腹に、ここに来るまで時間を要した。
 どこまでのやったかは知らないが、もしそれが意図されたものならどうだ。
 一日でも早くここに着いたとしたらどうだろうか。
 二日という余裕があっても、あの国王は同じ言い訳を使えただろうか。

 ――いや、やめておこう。
 何の根拠もない疑いであり、そのためにはベルジュもグルでないといけない。
 それ自体はありえない想定でもないが、何の確証もない以上は妄想でしかない。

 ただ、私がオーワンに会うのを宴会より後にしたがってるのは伝わった。
 理由まではわからないが、聞いたところで答えてくれる気はしない。
 意地を張りたくとも、張り倒す理由はない。
 だったら、これを受けながら調査する時間を作ろう。
 私はわざとらしくため息を付きながら答える。

「わかりました、家主が嫌だというのに押し切るのも道理ではない。
 長い時間ではありませんし、それくらいは我慢します」

「ありがとうございます、さすがは神のし――」

「あと、その大げさな呼び名はやめてください。
 そっちで勝手につけた名前であって、それを認めたわけではないので」

「――じゃあ、アユム様もそのわざとらしい敬語をやめたらどうでしょう」

「そっちがそう言うのなら、いくらでも」

 せっかくの申し出を断る理由もない。
 国王の顔が歪み、笑いを溢れるベルジュが見えるが些細な問題だ。

「では、宴会の後にするとして……一日休んで9日は?」

「……大丈夫です」

「じゃあそれで、宴会前にこちらから用意するものは?」

「細かいのはこちらで全部用意します、それ以外は明日の午後にお話しましょう」

 ベルジュの言葉に頷いてから後ろを振り向く。
 エレミアたちと視線を合わせ、交わした。
 詳しい話はここを出てから。
 あちらに何を聞いたってまともな返答は返ってこないだろうし、とりあえずは私たちで状況を整理するとしよう。

「じゃあ、私たちはいっても良いな?
 聞きたいのは山ほどあるが、どうせ答えてはくれないだろ?」

「私に聞くよりはオーワン様に直接聞いたほうが良いでしょう――ロゼ」

「かしこまりました、では皆様、こちらに」

 国王の声にロゼさんはそのまま扉を開いて私たちを外へと案内した。
 ベルジュだけは執務室に残したまま、私たちは自分の部屋へと戻っていった。

***
Interude

「いかがでしたか、陛下」

「我らと違う存在、というのは嫌でも伝わったというべきか。
 目くじらを立てる気はないが、妙になじみのある性格だ」

「さすが陛下、賢者殿の親友と呼ばれるの伊達ではありませんね」

「戯言はその辺にしておけ、それで準備は?」

「全て抜かりなく、どうなっても共存へと意見は傾くことでしょう」

「これで表側の動きは封じられるか」

「裏側は物理的に押さえたいところですが、口実がないですね」

「彼らが巻き込まれる可能性は?」

「あり余るほどです」

「――はあ、外を出歩く時は必ずロゼをつけるように」

「仰せのままに、ではこちらも明日のことを詰めましょうか」

Interude Out
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