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第3章 真偽の裏表

28.静けさの中で濁流に包まれる ②/神685-6(Und)-6

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 政敵とは、政治上の敵という意味だ。
 つまりは、政治をすることが前提しないと作られない存在だ。
 政治家でなくても政治をする羽目になるのが現実というものだが。
 国のお偉いさんじゃなくても、政戦も政敵もいくらでも出来上がる。
 むしろただの利害関係からの敵よりも簡単で不本意に作られるものだ。

 ただ、少なくとも私にとって政治は別世界の語だった。
 まさに異世界の話と言っても過言ではないくらい遠い話。
 そんな見たくも聞きたくもなかった世界は、いつの間にすぐそこまで来ている。

「ベルジュ・フラーブ、今日はどのようなご用件での登城ですか?
 どうやら後ろの方々が――これほどの神力とは、まさか?」

「それも一人ではないですな。
 ホッホッホッ、真に神の使徒と呼ばれるにふさわしい方のようです」

 そして、自然に会話をこちらに移してくる。
 剣呑ではない、むしろ和気あいあいとした雰囲気。
 その内側の事情を知っている身としては、その自然さがむしろ恐ろしく感じた。
 ただ、ベルジュは慣れてるだけあって、微動だにせず笑顔で渡しを紹介した。

「ハハッ、お二人にはさすがにごまかせませんでしたか。
 ご想像どおり、この方がアユム様です。
 後ろのお二人も皆、アユム様のお仲間です」

「……アユムです、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。
 こうして会えたのもなにかの縁、記念にどこかでお茶でもいたしませんか?」

「申し訳ありませんが、今から陛下との謁見があります。
 その後の予定も結構厳しくなってるので、別の機会にいたしましょう。
 お二方との場はいつか機会をみて、からご連絡いたします」

 すぐさま侯爵息子が約束を取ろうとするも、ベルジュが切ってしまう。
 あえて《私たち》と強調したあたり、その真意が露骨に現れていた。
 それを読み取ったのか、向こう側も残念がりながらも大人しく引き去った。

「そうですか、こちらはいつでも歓迎いたします。
 どうか待つ時間が長引くことのないよう祈りましょう。
 ――もしや、今回の宴会は参席される予定でしょうか」

「そうです」

「わかりました、ではその時にでもまた」

「しかし……ベルジュ殿、この老いぼれに後ろの二人も紹介してはくれんか?
 見たところ、神の総愛を受ける方も一人いらっしゃるようだが」

 そして、狙いは自然にエレミアたちへと移られた。
 王城内で顔を隠してる時点で怪しまれるのは避けられない。
 何より神力は服なんかでは隠せない以上、この流れは必然だ。
 ただ、ここで彼女たちの正体を明かすのは困る。
 かといって嘘をつくわけにもいかない以上、ここは避けるのが一番だ。

「申し訳ありません、もうすぐ時間なので後にしていただけないでしょうか。
 後ろの二人に関しても、後ほど機会を設けてみます」

「ホッホッ、若い方々を自分が引き止めるわけにはいきますまい。
 わかりました、代わりといってはなんですが、ぜひとも場を作ってくだされ」

「心得ました、ではロゼさん」

「わかりました、ではお二方、失礼します」

 話を早々に切っては、ロゼさんの案内で道を急ぐ私たち。
 後ろからこちらを見る視線が感じれたが、振り返ったりはしなかった。
 そしてある程度、距離が離れてからベルジュはこちらに問いてきた

「いかがでしたか、初めての感想は」

「常識的な方々だな」

「表が非常識ではその場にいられない方たちだから当然です。
 これから会う方々も、この場にいる私たちも同じであるように」

「――本当に吐き気がします。
 ここに来てから一番の収穫は、アユム様がいかに善良な方かを知ったことといっても過言ではありません」

「そうでしょう、アユム様は正に天然記念物です」

 いささか過激なレミアの言葉を自然と返すベルジュ。
 天然記念物あれこれは無視するとしても、レミアの反応は驚きだ。
 フリュード村で会ったときと比べてどんどん性格が悪くなってる気がする。
 その原因の心当たりが一つしかないのが、どうも心苦しい。
 そんな私に気づいたのか、ぴょこっと横に来たエレミアはボソッとささやいた。

「お姉ちゃんが怒り出すと、アユムよりすごいよ?
 神官になって落ち着いてたのが復活してるだけだから、あまり気にしないで」

「――本当に?」

「本当の本当に、昔だったら先程の人間たちの頭が無事なはずないもの。
 それに私だって我慢してるんだから」

「エレミア、アユム様に余計なことを言うと私、悲しくなるんだけど」

「ご、ごめんお姉ちゃん」

 笑ってるにも関わらず鳥肌が立つレミアの言葉。
 近くで一緒に視線を浴びただけの私も背筋が寒くなるくらいのものだった。
 エレミアはビクッとしながらも謝罪し、私もつられて頭を下げてしまった。
 そんな私の姿をみて、レミアは困惑しながら説得する。

「アユム様、私はそんな考えなしに怒るエルフではありません。
 アユム様だってご存じでしょうに、その反応は少し傷つきます」

「もちろん知ってる、誰よりも信頼する二人だからな。
 ただ、少しは気をつけておくべきと思っただけだよ」

「……ううっ、エレミアは後で覚えておきなさい」

「は、はいっ……」

 少し涙が混じってるようにも聞こえるレミアの声。
 少々言いすぎたかとも思ったけど、嘘ついたってどうせバレるんだ。
 なら、少なくとも先程までの緊張が和らいだことだけを見るとしよう。
 後でエレミアを慰めてやるくらいは頭の隅っこに入れて。

 ただ表現に違いはあるにせよ、エルフの二人がここまで言うとは。
 あの二人の笑顔も雰囲気もほぼ全てが嘘だったということになる。
 神の使徒にも、エレミアたちに対してもあまり良い感情は持ってないのだろう。
 詳しい理由はわからないが、それらを隠し笑顔で向かい合ったのは事実。
 熟練されたとでも言うべきだろうが、こういう姿は異世界でも変わらないようだ。
 果たして、私なんかが上手くやっていけるのか心配になってきた。

「――アユム様」

「はい、ロセさん」

「アユム様はアユム様にできることをすれば良いのです。
 それによって起こる問題はその後の話、私たちも全力で手助けいたしますので」

「……ありがとうございます」

 ロゼさんの励ましを静かに返す。
 そして、先程までの考えを全て破棄した。
 今悩んでも仕方がないし、答えが出たとしてもできることはない。
 それよりは今、目の前まで来た王様との会話を悩んだほうが良いはずだ。

 教会のような神力を放つ王城と、そこの主である国王。
 何故か茶番のようにも見えるこの状況で、向こうはどう出てくるか。
 その答えを知るのも、あと少しだ。

***

 執務室というのは仕事をする場所だ。
 この仕事というものに特定の括りはない。
 仕事と定義できるあらゆる行為が行われる場所となる。

 他国や外側の人間などを会う際にはなるべく謁見の間を使う場面が多い。
 だが、執務室で謁見をしてはいけないというルールはどこにもない。
 なら敢えて謁見の間を使わずに執務室で謁見をする理由は何なのか。

 これに関しては諸意見あると思うが、私は相手によって変わるものだと思う。
 謁見の間という場所の特性上、どうしても王に威圧感を覚えてしまう。
 本人にそんなつもりがなくても、謁見の間はそういう場所であるために。
 ただ執務室はあくまで仕事をする場所、そこに権威は必要ない。
 そういう意味でも、執務室では相手の心に少しでも余裕を持たせられるんじゃないだろうか。

 なぜ今になって、執務室のことを考えているのか。
 それは当然、向こう側の真意を図るためである。

「こうして相まみえることになって光栄です、アユム様。
 いいえ――神の使徒とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

 国王といえば、この国で一番偉い人間だ。
 神の使徒の象徴性や、政治的な威力が計り知れないというのは知っている。
 だとしても、国王ともあろう人間が私に敬語とは。
 神の使徒という名称も公爵家がばらした噂だというのを知らないはずないのに。
 もしやこちらを誂ってるのかとも思ったけど、その姿はどこまでも真剣だった。

「……私はただの平民です、そこまで持ち上げられる道理はないでしょう」

「平民といえど、神々から愛されるあなたを見下ろす人間はこの国におりますまい」

「だとしても、一国の国王ともあろう方が見せる態度ではないと思いますが」

「いいえ。むしろ私たちのような王たちこそ、あなたを敬うべきでしょうな」

 一国の王が平民に対しての態度だというにはあまりにも畏まった態度。
 こうするのが当たり前だという発言も胡散臭いことこの上ない。
 しかし相手は私の顔に浮かんでいる疑いを晴らさず、未だ顔を隠しているエレミアたちへと視線を移した。

「そして歓迎しよう、誓約の種族よ。
 こうやって我らの王城でそなたらと会えるとは、想像すらできなかった」

 二人の正体を知っていないと言えない言葉。
 その挨拶を聞いて、エレミアたちもまたフードを外し国王に返礼した。

「歓待ありがとうございます人間たちの王よ、私はエレミアと言います。
 種族を代表することはでませんが、この出会いがどうか、二つ種族の未来につながることをお祈りします」

「そのための席でもある故、最善を尽くすと約束しよう」

 エレミアもまた国王に合わせて、格式ある言葉を飾る。
 その返礼に国王もまた笑顔で返答した。
 この会話だけを見ても先程の出会いとは比べ物にならないほど穏やかな空気だ。

 それは自分の番だというように前に出たレミアも同じ。
 ただ、その顔に含まれた感情は純粋な好意だけではなかった。

「フォレスト様の神官、レミアと申します。
 幸い、あなたはこの都市で今までお会いした方たちの中で一番見えます。
 ただ、私としてはあなたが自分をどう紹介するかによって、態度を改めるしかなさそうです」

「それってどういう……?」

 つい口に出してしまった疑問だったが、レミアはそれに答えなかった。
 代わりに答えをせがむかように、国王の顔を直視するだけ。
 それを受けている国王は困った顔で笑ってみせた。

「なるほど、まさか教会を離れないはずの神官が行動を共にしてるとは」

「それで、あなたはあなた自身をどう紹介するおつもりですか?」

「ふむ……」

 小さくうめいた後、周りを見回す国王。
 この執務室の中には護衛のための兵士は存在しない。
 私たち三人とロゼさんとベルジュまで五人、国王を含めても六人しかいない。

 そうやって周りの状況を目にとどめたあと、懐からスクロールを一つ取り出してはすぐさま破ってみせた。
 やがて破られたスクロールから放たれた魔力は部屋全体を包み込んだ。

「この部屋の外に声が漏れないようにする効果を持ったスクロールだ。
 今からやる話を外に漏らすわけにはいかないのでな」

「噂としては十二分に広がってますが、真実と確定させる必要はないでしょう」

「ベルジュよ、それは言わなくても良いことではないか?」

「言っても構わないことでもあります」

「……時より君は、どっちの味方なのか困惑することがある」

「もちろん、私は私自身と私が公爵家の味方です。昔も今もですね」

 気に食わないとばかりにベルジュを横目で睨むもそれも一瞬だけの話。
 咳払いをした後、こちらを見つめる国王の姿はどこまでも厳かであった。

「では、改めて――ケイジ王国の国王、アシリア二世。
 また、ここベルバで神官の任を扱っているものとなります。
 オーワン様から噂はかねがね伺っています神の使徒、いや異世界人――っ」

 そしてその紹介が終わるのを待たずに、私は飛び出していた。
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