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第3章 真偽の裏表

24.たとえこの身が堕ちようとも ②/神685-5(Imt)-29

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 ダークエルフとは常にエルフの対として描かれる種族だ。
 一般的なファンタジーの設定としては草食よりは肉食。
 自然も愛さず、場合によっては悪神といった邪悪な存在から力を得るなど、ともかくエルフとは正反対の存在として描かれる。

 でもこういう全ての種族がそうであるよに、種の起源を語る作品は多くない。
 ましてやエルフにとって嘘を破ることが禁忌で、それを犯した姿こそがダークエルフというのは初耳だ。
 先程から堕ちたエルフとか言ってるのを見れば、恐らくダークエルフという名称すら存在しないのだろう。

 横を見るとエレミアは少し警戒しているようだ。
 でも、レミアはダークエルフの姿を確認してからすごく切ない表情をしている。
 ダークエルフの方も、そんなレミアを見て苦笑いを浮かんでみせた。

「その様子だと、覚えてるのかいレミア・フリュード……いや、今は神官だからレミアなのか」

「そうなります……本当に、お久しぶりですティアさん」

「えっ、お姉さんはこの方を知ってるの!?」

「そうね、エレミアはまだ幼かった時だから、覚えてないのが当然だよね」

「こっちも当時のことはもう、おぼろげでしか覚えてないさ。
 でもまだ、あんたらとターリアのことは覚えてるよ」

「もしかして、こちらを追ってた理由ってのは?」

「その通りだよお兄さん。
 で、この子達が人間と一緒に行動してるのはあんたの所為かい?」

「……その通りです」

 目の前で、エレミアたちを心配し私を睨んでくるダークエルフ。
 赤い眼差しは密かな敵意を秘めこちらを見つめている。
 その目を見た瞬間、私の心を黒く塗りつぶす感情に吐き気がした。

 ああ、わかっているさ。
 人間で、エルフとは仲が悪くて、別に彼女らの特別な何かでもない。
 私はただ彼女らに同情されて一緒に行動しているだけ。
 私はただ、彼女らの罪悪感を利用しているに過ぎない。
 彼女らがどう思おうが、私の中の真実は薄汚いままだ。

――――目の前のエルフの感情を理解しながらも、胸が煮えたぎっている

「ティアさん、でしたっけ」

 静かな声の中に、はっきりとした拒否の色が滲んでいる言葉。
 その言葉を吐いたのは私ではなく――エレミアだった。
 彼女はダークエルフの返事すら待たず、すぐさま感情を吐き出した。

「昔の同胞だかなんだか知りませんが、勝手なことしないでいただけますか」

「何?」

「聞こえませんでしたか? 迷惑だと言ったんです」

「エレミア、この方は――」

「お姉ちゃんは黙ってて!」

 そしてそんな姿を見て、私は逆に落ち着きを取り戻した。
 こんなに安っぽく簡単な生き物こそが人間だというのをあらためて実感する。
 でもこっちが落ち着いてもエレミアは落ち着かないだろう。
 ひそかに秘めてた感情は、数回の言葉で爆ぜては激流と化す。

「私たちが彼と一緒にいることは村のエルフは誰でも知ってることです。
 誰も止めませんし、誰に止められてもついていくと決めたんです。
 なのに、今更出てきたあなたが何の資格でモノを言ってるのですか」

「――まあ確かに、堕ちたあたいが言えた義理ではないか」

「ティアさん……」

「良いんだよ、神官が付いている時点で私が気にするべきではなかった。
 お兄さんも悪いね、悪気はなかったんだが」

「いえ……」

 一瞬寂しそうな表情にはなってたが、自分の非を認めている。
 そして先程から疑っていたこちらに謝罪をした。
 ダークエルフである以上、嘘に関係する縛りはないと思うが悪い気はしない。
 でも何故だろうか、未だ目の前のダークエルフに拒否感がある。
 上手く表現できないが、根本的なところで相容れない気がした。

「ただ、どういう状況なのかくらいは教えてくれると助かる。
 本来の目的もそれだったが、そうでなくとも顔見知りの現状くらいは把握したい」

「……わかりました、説明します」

 でも、そんな思惑は外に見せるものでもない。
 何の根拠のない感情で行動を決めるほど、子供ではないつもりだ。
 だから口にするのは要求された説明だけを、当たり障りない態度で話す。
 内容はフリュードの村からここまで至るまでの経緯の概要だけに留める。

「そうか……時代とは、変わるもんだね」

 そう言いながらダークエルフはどこからか細長い何かを持ち出した。
 この世界には似つかわしくないフォルムのそれに細かく刻まれてる乾いた草を入れ、火を付ける。

 その煙の匂いにエレミアとレミアは表情を歪ませながら距離を置いた。
 私も二人に沿って少し距離をおくも、どこでアレを手に入れたのかを考える。
 だって、アレは間違いなく刻みタバコとそのパイプだ。

「ティアさん……それは?」

「ああ、これか? どっかの洞窟で拾ったもんだ。
 形状から適当に推測してやってみたんだが、なんか癖になってしまった」

「なんか匂いがキツイですけど……本当に大丈夫なんですか?」

「まあ、体には悪いだろうと思うのだが、なんか中毒性があるみたいでな。
 興味本位でやったのが最近は癖になってしまった」

 タバコを吸いながらそう言うダークエルフの姿はなかなか様になっていた。
 でもそれが決していい意味じゃないというのは言うまでもないだろう。
 ダークエルフだろうと何だろうと、最初に吸うタバコはやはりキツイものだ。
 それを何も知らないままずっと続けるなんて、普通はやらない。
 体に悪いというのを知りながら、そんなのをずっと吸い続けたというのは――

「ティアさん、もう少し、自分のことを気にしてください……」

「はっ、何いってんだレミア、こんな体を気にして何になるってんだ」

「それは――」

「――悪いな、君に当たることではないのだが、久しぶりすぎたのかもな。
 あるいは、もうこうしていられるのも長くないってことかもしれない」

「……っ」

 先程からレミアはどうも辛そうにしている。
 目の前のダークエルフに気を回し、それを向こうは冷たく突っぱねる。
 普段ならなんとでも言ってやれそうなものなのに、強気に出られずにいるレミア。
 それとダークエルフの姿を見てから、今までのレミアの態度。
 そこから導き出される結論は、どう考えても良いものではなかった。

「エレミア、レミアを馬車に連れてってもらえないか?」

「アユム様、それは――」

「自分は大丈夫、とか聞かないからな。無理してるのが見え見えだ。
 ――そちらも、そのほうが話しやすいですよね?」

「ああ、構わない」

「うっ……わかり、ました」

「お姉ちゃん、行こう? それとアユム、無理しちゃだめだよ?」

「今回は大丈夫だよ、多分な」

 レミアに添いながらこちらに念を押すのを忘れないエレミア。
 まあ、これだと問題はないと思うがどうなるかはわからない。
 目の前のダークエルフに関しては未だに色々と疑わしいところがあるしな。
 もし最悪に転んだら――だとしてもなんとかなるか。

 二人が馬車の方まで行って、こちらにはダークエルフと私の二人のみ。
 しばらく馬車へ向かう二人を見ていたダークエルフは、距離が離れた途端こちらに視線を向ける。
 先程のような敵意はないが、良い視線とは決して言えないものだった。

「それで、あんたはフォレスト様にプリエ、イミテーの祝福まで得たというのか?」

「そうなりますね」

「――それで、貴様はただの人間だと?」

「少なくとも生物の分類としては」

「それを信じろと言うのか、疑わしいにも程がある」

 声は荒らげてないし、視線も最初に比べたら柔らかいほうだ。
 エレミアの――顔見知りの親族の怒声はなかなか効いてるように見える。
 ただ、こちらとしてはどっちもどっちだ。
 こんな質問投げられたら、正直なところ答えようがない。

 だから、ここらへんで一度、情報を整理してみよう。
 あちらのダークエルフがこうも私に敵対心を抱いているのは同族のため。
 いや、正確にはの線が濃厚かもな。

 しかし、忘れてはいけないのは目の前のダークエルフはあくまで
 堕ちる前のエルフとこの状態のエルフの違いは外見以外にも色々あるだろう。
 今まで見たどのエルフより荒々しい態度もそうだが、それだけでもないはずだ。
 実際にいくつか気になる単語もある。
 疑わしきは切りがなく、なんと答えようとも疑いが晴れることはないだろう。

「――――」

「なんだいだんまりか? やっぱり図星ということかい?」

 堕ちるという現象にはいくつか仮設があったが、今回はその裏が取れた。
 しかし、詳しいことは何も断定できない。
 だったら、どうせ悪くなるだけだし、引っ掛けてみるのも手だろう。

 まあでも、レミアやエレミアに聞けばわかることだろうな。
 そこまで状況を悪化させなくても、解決される問題だ。
 なのに何でこうするのか、理由は単純だ。

――ただ単に、向こうのダークエルフの態度にムカついてるだけだから。

「勝手に考えてろ、答える義理はどこにもない」

「――なに?」

「なんで私があんたのご機嫌取りをしなくちゃいけないんだ?
 私が疑わしい? 私が何者かって?
 なぁに馬鹿なこと聞いてんだ、こっちの返事繰り返しながら聞くなよ。
 信じたくなかったら信じなけりゃいいだろ」

「貴様、やはり先程までの態度は嘘だ――――っ!?」

 気づいた瞬間には既にダークエルフの胸ぐらをつかんでいた。
 自分でもおかしいくらいに感情的な行動に一瞬だけ心の中で戸惑う。
 しかし動き出した体と口には、戸惑いなどどこにも存在しなかった。

「馬鹿なこと抜かすな、初対面に理由もなく敵意を出すのはどこの常識だ。
 嘘かって、そりゃ本当の顔じゃないって意味では嘘かもな。
 相手によって出方を変えるのは人間だけじゃない、お前らも一緒だろうが。
 ダークエルフに堕ちながら脳味噌まで腐ってしまったのか?」

「開いた口だからってヘラヘラと――」

「あ、悪いな、

「き、貴様……!」

 そこからの動きは素早かった。
 胸ぐらをつかんでいたこちらの腕を一瞬で抜け出し、あっという間に形勢逆転。
 こちらの視界がぐるっと回り、気がつけば片方の腕を後ろに固定され、首には鋭い短刀を突きつけられている。
 妙な既視感すら感じているのだが――そうか、最近エリアがやられたなこれ。

「やはり貴様も同じ人間だ、あの二人も村のエルフもうまく騙しこんだんだろ」

「はっ、はっはははっ」

「この状況で笑うのか、さすが己の身まで犠牲にして騙した人間だ」

「いや、あえて挑発したものの、本当にここまでやるとは思いませんでしたよ」

「なにを……くっ!?」

 何かに驚き、そのままこちらの腕を離しては距離を取るダークエルフ。
 おそらくはエレミアだろうと思いながら立ち上がって横を見て、こっちも固まる。
 だって、そこにいたのは刺さった矢でもエルフでもなく――

――――両手に短刀を構えた、メイドさんであった。
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