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2.5章
22.望まない環境の変化はいとも容易い ②/神685-5(Imt)-19
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「オーワン様、ですか」
私の目的を聞いた兄貴族はそれだけつぶやいては、しばし無言になった。
一瞬ではあったが少し戸惑う姿も見せたのをみると、想定外だったとは見える。
神の使徒に向けられてる村人たちの反応と今までの経験。
それを根拠に考えても、人間と神の関係はエルフたちのような関係ではない。
目の前の兄貴族も、今回の発端である弟の方も、私が複数の神の祝福を得ているというだけで引き込もうとしたのだ。
その上での《絶対神に会いたい》という目的。
紛れもない真実であるが、受け取る側からどう受け取るかはわからない。
私が求めるものをあちらが提供できるかどうかもまた別問題である。
兄貴族は口を閉じて、時間だけが流れていく。
いくらかの時間が過ぎてから口を開いた兄貴族の口から真っ先に出たのはため息であった。
「念の為に聞きますが、《こちらがつけた肩書きに沿うために目的をこれにした》。
――とかではありませんよね?」
「そんなの気にもしていない、それに関して何を言われようが私とは関係ない話だ」
「左様ですか……了解しました。本題に入ります」
姿勢を一度正して、こちらを真っ直ぐ見つめる兄貴族。
恐らく私に求めるものは決まってるはず、問題となるのはそれの報酬になる。
私も兄貴族に沿って姿勢をただし、次の言葉に注目した。
「私からの提案はご存じかと思いますがあらためて口にしましょう。
アユム様には私たちフラーブ公爵家の陣営に加わっていただきたい」
「その陣営に加わる、というのは政治的な意味合いか?」
「そうなります、私たち公爵家が所属する第一王子派となるでしょう。
異種族に対する態度とアユム様の状況を考えても、悪い話ではないと思います」
「――必要なのは私ではなく、神の使徒だろ?」
「そうですね、否定はいたしません」
要は政治の道具として神の使徒という象徴性がほしいということだ。
祝福を数多く得ているだけの人間を祭り上げてまで使おうというのは、神の使徒にはそれくらいの力があるという反証だ。
そこで何を要求されるかはわからないが、胸くそ悪いことになる可能性もある。
でもまあ、私はそれをすべて想定した上でここに座っている。
そこは細かい契約条件を決めながら安全装置を設ければ何とかなるだろう。
今回の借りもある、気は乗らないがかたくなに否定する気もない。
全ては見返り次第だ。
考えを整理しながら、慎重に言葉を選んだ。
「まあ、いいだろう。
――私の目的を成せるようになるのなら、考えないこともない」
「目的、オーワン様に会うことだとおっしゃいましたね。
オーワン様は基本的にどこの教会でも降神されることが可能と存じてます。
でもアユム様の前には現れない、ということでよろしいでしょうか?」
「直接名指しで呼んだことはないが、それで正しい」
私の言葉に一瞬こちらを凝視する兄貴族。
確かに他の人から見たら神に対する私の態度は気になるかもしれない。
改める気はさらさらないが。
兄貴族の方も気にしないことにしたのが、何も言わず話を続けた。
「普通に生きてればオーワン様どころか他の神々すらお目にすることはできない。
そんな我々にはなぜアユム様の前に姿を表さないのかの理由は見当もつきません。
しかし、それがアユム様にお与えになった試練だというのなら、降神なさる場所で思い当たるところが一カ所あります」
「それは?」
「そこは我ら公爵家と王族のみが知ることを許された場所です。
なので詳細を今、明かすことはできませんが――
その場所はただオーワン様一人のためにある場所とだけ言っておきましょう」
「そんな場所が人間たちの領域にあるなんて……」
横で小さくエレミアが驚く声が聞こえた。
エルフたちのところにはそういう場所は存在しないのだろう。
仮に存在してたら私にそれを教えない理由もないはずだ。
――まあ、あの村長はどうだか知らないがそれだとレミアも知らないってのはおかしいよな。
ああ、いや、神職がどうとかは一言も言ってないか。
「それは神職の人でも知らない場所なのか?」
「どうでしょうか、教会とそこに住む神職の人間はいわば別世界の存在です。
それについては返答できそうにありませんね」
兄貴族の言葉を聞いて、内心でまたかと舌打ちする。
この世界の神職というのは相当神聖で厳かなものであることは知っていた。
だが人間とエルフを比べたとき、その温度差が少々激しい気がする。
正直、エレミアとレミアの件に関しても気になるところはあった。
私が気にする必要はないと思ってるから何も言わなかっただけ。
どこまで踏み込んでいいものか、どこから駄目なのか。
そちらの線引きは、異世界だろうと元の世界だろうと難しい。
……今は目の前に集中するとしよう。
「なら、その条件を飲んで駄目だった場合はどうなる?」
「その際はアユム様の目的が叶うまで助力いたしましょう。
公爵家での支援は惜しまないつもりです」
公爵家の支援を惜しまない。
ここまで言うということはかなりガチだということだ。
脳裏には人質をとってまでこちらを味方に入れようとしたあの貴族――弟貴族のほうが思い浮かんだ。
まるで私が断る理由を根本から消していくような返答。
私に対するこの過度なまでに優遇された取引内容も、理由は同じなはずだ。
財力も権力も十二分にある公爵家の人間が下に出る《神の使徒》の肩書き。
私としては納得いかないが、これが常識なのだろう。
偽りがないのなら、提案に関しては乗らない選択肢はない。
「――アユム。一応、嘘は言ってないよ」
「そうか、ありがとうエレミア」
私の考えを察したのか、エレミアが補足をしてくれた。
嘘は言ってない、なら取引に応じるとしても問題はないだろう。
どう転んでもこちらにはそれを拒否できる言い訳ができる。
懐に入るのが既に決まってるのなら、これは乗るべきだ。
でも、ここまでくるとどうしても聞きたくなる。
神の使徒に対してなんでこうも熱心なのか、人間はみんなこうななのかと。
しかし、これを聞くのはまた別問題。
この認識は一般常識のようなもので、聞いた時点で常識が欠けてるとも言える。
聞いた瞬間に弱点となりえるこれを、果たして目の間の貴族に聞いてもいいのか。
呉越同舟とまではいかずとも、それを判断できるほどの時間は積んでない。
――いや、今更か。
もう色々と怪しい発言はしてきた。
兄貴族本人も私に対して気になるところは一つや二つではないはず。
それと、これから行動を共にするなら常識が欠けてるのは遅かれ早かれバレる。
私は考えをまとめながら話を進めた。
「私はそちらの公爵家からオーワンに会うための手助けをしてもらう。
そっちは私を引き入れてそれを政治の道具として使う。
それで間違いないか?」
「はい、そうなります」
「だったら、話には応じよう。
こちらとしても公爵家が味方に付いてくれるのは心強い」
「ありがとうございます、ここまで来た甲斐がありました」
「――それで聞くのだが。
あんたは神の使徒という肩書きに一体どれだけの価値を見いだせてるのだ?」
私の質問を聞いた兄貴族は案の定、こちらを凝視する。
しかしそれはほんの一瞬のことで、なんてこともないというように説明を続けた。
「神の使徒、要は神の総愛を受ける人間――いや、存在です。
この世界の人間は誰しもが神を身近に感じ、接することができます。
しかし、祝福を受ける人間はほんの一握り。
それを複数の神から受けた存在は今まで聞いたこともありません」
「それだけで発言力になるというのか、それも政治の世界で?」
「貴族も人間であり、神の子供です。そこには貴族も平民もないでしょう」
貴族も人間であり神の子供、貴族も平民も同じ。
貴族も平民も、神に対する考え方は変わらない。
裏を返せば、先程の熱気は別に平民限定の話ではないということだ。
ここまで来ると、もう市内どころかこの国全域に噂になってる可能性もある。
私自身は何も変わってないというのに。
――――わかってはいたけど、やっぱり虚しいな。
「……そういうことか、ありがとう、理解した」
「そうですか、理解していただけたなら幸いです。
そこでですが、こちらからも一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「質問によるが、どうぞ」
来るとは思っていたから自然と返した。
疑わしいところはそれこそいっぱいあるだろう。
神の使徒、私のような存在は過去に存在しなかったと言った。
それを信じるなら神の使徒とという言葉すらも今回作られた肩書きだろう。
疑問は尽きないだろうし、味方として受け入れた以上は裏を探りたいはずだ。
それに加え、この世界の人間なら当然に知ってるはずの常識も欠如している。
異世界という言葉が頭を過るかもしれないが、それは前提として別世界の存在を念頭に置いてないとたどり着けるものではない。
だとしたら答えは、そもそも人間ではない別次元の存在。
神か、それともそれに類似するなにかか。
まあ、結論としてはどちらも赤点であり、そもそもこれは私の仮定だ。
しかし推論自体はそう遠くないだろうと思っている。
そう考えたとき、果たして何をどう聞いてくるのか。
兄貴族はこちらをまっすぐ見つめながらもすぐには聞いてこなかった。
因みに視線はいつものごとく少しずらしながら受け止めている。
人の目は、どうもまっすぐ見るのがこそばゆい。
「――はぁ」
そして兄貴族から出たのは質問ではなく、ため息であった。
意外な反応に少し戸惑う気持ちでため息をついた当事者を見ると、苦笑いと共に口が開かれる。
「こちらに付いてくださるのなら、せめて名前くらい呼んでいただけませんか?」
「質問ではないんだな?」
「もしかして、私の名前をお忘れになったとか?」
「そこで質問に変えられても――一応、知ってるが」
「じゃあ呼んでくださいよ、アユム様」
「……ベルジュ、これでいいか?」
「完璧です、では今後ともよろしくおねがいします」
「――本当に、それだけでいいのか?」
そう言って席を立とうとする兄貴族を呼び止める。
何かの理由で質問するのを止めたのは目に見えていた。
あえて質問するとまで言ったのに、なぜそれを止めたのか。
理解が及ばず、考えより先に言葉が出てしまった。
私の反応がおかしかく思えたのか、クスリと笑う兄貴族。
しかし、返事はしっかりと帰ってきた。
「余計なものを刺激してせっかくの取引を取りやめたいとは思いません。
それに付いては、そういうことだと思うことにします」
「……そうか」
兄貴族、いやベルジュはそれ以上なにも言わなかった。
政治をしてる以上、人の顔色を窺うのは上手だと見える。
しかし、理由はどうであれこちらを尊重しようとしてくれる姿勢は評価できた。
それが私の肩書きのおかげだとしても、とりあえず今は信用していいだろう。
互いの利用価値がなくならない限りは、この関係は維持しようとするはず。
「なら、とりあえずの用事は終わりということでいいか?
今後の動き方とかについてはどうせ今すぐ決められないだろう」
「そうですね、前回の件もまだ後処理が残っています。
それと、新しい方が都市に付くまで自分が公務を仕切る必要があるでしょう。
なので具体的な計画に付いては後ほどまた席を用意するとしましょう」
「そうか、ならこれで失礼したいと思う。エレミアもそれでいいよね?」
「――少し話したいことがあるから、アユムは先に外で待っててもらえないかな?」
私の言葉にエレミアは少し間をおいてからそう話した。
エレミアの顔色を伺ってみても、気になるところは感じられない。
依然として、いつものエレミアである。
ならば私が気にする必要はないだろう。
代わりにベルジュの方に視線を向けた。
「だそうだが、大丈夫か?」
「もちろん、エルフの方々とは良い協力関係を結びたいと自分は思ってますので」
「ああそうか、じゃあエレミア。私は外で待ってるから」
「わかった、先に帰っちゃ駄目だからね?」
「了解」
「無視されるのもつらいものがありますね……」
ふざけているベルジュは無視してそのまま部屋を出た。
アリ一匹すら見当たらない、静寂だけが漂う廊下。
語られる内容を他の人間に聞かれたくないためとは言っていたが――
いや、それこそ私とは関係ない話か。
どっちらにしろ、防音対策は完璧な部屋だ。
それは閉じ込められてたとき既に説明されてたし、嘘ではなかったようだ。
中の音は何一つ聞こえない廊下で一人、色んなことを考えながら時間をつぶす。
体感的に五分くらいが過ぎてから、エレミアは部屋から出てきた。
「何の話をしたか聞いてもいい?」
「大したことは話してないけど、恥ずかしいから教えない」
「……そうか」
理由が恥ずかしいと来たか。
まあ、だったら本当に気にする必要はないだろうな。
私は何も言わずにそのまま廊下の先へと視線を移しながら言った。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
後ろで元気よく答えるエレミアの声を聞きながら、建物を出た。
考えるのは今後のための動き方。
それを明確にするためにも、もう一度あそこによる必要がある。
今後の不安と、やらなければいけないもの、押し寄せる群衆まで、思い浮かぶ色んなものに頭痛を感じながら宿へと帰ってきた。
私の目的を聞いた兄貴族はそれだけつぶやいては、しばし無言になった。
一瞬ではあったが少し戸惑う姿も見せたのをみると、想定外だったとは見える。
神の使徒に向けられてる村人たちの反応と今までの経験。
それを根拠に考えても、人間と神の関係はエルフたちのような関係ではない。
目の前の兄貴族も、今回の発端である弟の方も、私が複数の神の祝福を得ているというだけで引き込もうとしたのだ。
その上での《絶対神に会いたい》という目的。
紛れもない真実であるが、受け取る側からどう受け取るかはわからない。
私が求めるものをあちらが提供できるかどうかもまた別問題である。
兄貴族は口を閉じて、時間だけが流れていく。
いくらかの時間が過ぎてから口を開いた兄貴族の口から真っ先に出たのはため息であった。
「念の為に聞きますが、《こちらがつけた肩書きに沿うために目的をこれにした》。
――とかではありませんよね?」
「そんなの気にもしていない、それに関して何を言われようが私とは関係ない話だ」
「左様ですか……了解しました。本題に入ります」
姿勢を一度正して、こちらを真っ直ぐ見つめる兄貴族。
恐らく私に求めるものは決まってるはず、問題となるのはそれの報酬になる。
私も兄貴族に沿って姿勢をただし、次の言葉に注目した。
「私からの提案はご存じかと思いますがあらためて口にしましょう。
アユム様には私たちフラーブ公爵家の陣営に加わっていただきたい」
「その陣営に加わる、というのは政治的な意味合いか?」
「そうなります、私たち公爵家が所属する第一王子派となるでしょう。
異種族に対する態度とアユム様の状況を考えても、悪い話ではないと思います」
「――必要なのは私ではなく、神の使徒だろ?」
「そうですね、否定はいたしません」
要は政治の道具として神の使徒という象徴性がほしいということだ。
祝福を数多く得ているだけの人間を祭り上げてまで使おうというのは、神の使徒にはそれくらいの力があるという反証だ。
そこで何を要求されるかはわからないが、胸くそ悪いことになる可能性もある。
でもまあ、私はそれをすべて想定した上でここに座っている。
そこは細かい契約条件を決めながら安全装置を設ければ何とかなるだろう。
今回の借りもある、気は乗らないがかたくなに否定する気もない。
全ては見返り次第だ。
考えを整理しながら、慎重に言葉を選んだ。
「まあ、いいだろう。
――私の目的を成せるようになるのなら、考えないこともない」
「目的、オーワン様に会うことだとおっしゃいましたね。
オーワン様は基本的にどこの教会でも降神されることが可能と存じてます。
でもアユム様の前には現れない、ということでよろしいでしょうか?」
「直接名指しで呼んだことはないが、それで正しい」
私の言葉に一瞬こちらを凝視する兄貴族。
確かに他の人から見たら神に対する私の態度は気になるかもしれない。
改める気はさらさらないが。
兄貴族の方も気にしないことにしたのが、何も言わず話を続けた。
「普通に生きてればオーワン様どころか他の神々すらお目にすることはできない。
そんな我々にはなぜアユム様の前に姿を表さないのかの理由は見当もつきません。
しかし、それがアユム様にお与えになった試練だというのなら、降神なさる場所で思い当たるところが一カ所あります」
「それは?」
「そこは我ら公爵家と王族のみが知ることを許された場所です。
なので詳細を今、明かすことはできませんが――
その場所はただオーワン様一人のためにある場所とだけ言っておきましょう」
「そんな場所が人間たちの領域にあるなんて……」
横で小さくエレミアが驚く声が聞こえた。
エルフたちのところにはそういう場所は存在しないのだろう。
仮に存在してたら私にそれを教えない理由もないはずだ。
――まあ、あの村長はどうだか知らないがそれだとレミアも知らないってのはおかしいよな。
ああ、いや、神職がどうとかは一言も言ってないか。
「それは神職の人でも知らない場所なのか?」
「どうでしょうか、教会とそこに住む神職の人間はいわば別世界の存在です。
それについては返答できそうにありませんね」
兄貴族の言葉を聞いて、内心でまたかと舌打ちする。
この世界の神職というのは相当神聖で厳かなものであることは知っていた。
だが人間とエルフを比べたとき、その温度差が少々激しい気がする。
正直、エレミアとレミアの件に関しても気になるところはあった。
私が気にする必要はないと思ってるから何も言わなかっただけ。
どこまで踏み込んでいいものか、どこから駄目なのか。
そちらの線引きは、異世界だろうと元の世界だろうと難しい。
……今は目の前に集中するとしよう。
「なら、その条件を飲んで駄目だった場合はどうなる?」
「その際はアユム様の目的が叶うまで助力いたしましょう。
公爵家での支援は惜しまないつもりです」
公爵家の支援を惜しまない。
ここまで言うということはかなりガチだということだ。
脳裏には人質をとってまでこちらを味方に入れようとしたあの貴族――弟貴族のほうが思い浮かんだ。
まるで私が断る理由を根本から消していくような返答。
私に対するこの過度なまでに優遇された取引内容も、理由は同じなはずだ。
財力も権力も十二分にある公爵家の人間が下に出る《神の使徒》の肩書き。
私としては納得いかないが、これが常識なのだろう。
偽りがないのなら、提案に関しては乗らない選択肢はない。
「――アユム。一応、嘘は言ってないよ」
「そうか、ありがとうエレミア」
私の考えを察したのか、エレミアが補足をしてくれた。
嘘は言ってない、なら取引に応じるとしても問題はないだろう。
どう転んでもこちらにはそれを拒否できる言い訳ができる。
懐に入るのが既に決まってるのなら、これは乗るべきだ。
でも、ここまでくるとどうしても聞きたくなる。
神の使徒に対してなんでこうも熱心なのか、人間はみんなこうななのかと。
しかし、これを聞くのはまた別問題。
この認識は一般常識のようなもので、聞いた時点で常識が欠けてるとも言える。
聞いた瞬間に弱点となりえるこれを、果たして目の間の貴族に聞いてもいいのか。
呉越同舟とまではいかずとも、それを判断できるほどの時間は積んでない。
――いや、今更か。
もう色々と怪しい発言はしてきた。
兄貴族本人も私に対して気になるところは一つや二つではないはず。
それと、これから行動を共にするなら常識が欠けてるのは遅かれ早かれバレる。
私は考えをまとめながら話を進めた。
「私はそちらの公爵家からオーワンに会うための手助けをしてもらう。
そっちは私を引き入れてそれを政治の道具として使う。
それで間違いないか?」
「はい、そうなります」
「だったら、話には応じよう。
こちらとしても公爵家が味方に付いてくれるのは心強い」
「ありがとうございます、ここまで来た甲斐がありました」
「――それで聞くのだが。
あんたは神の使徒という肩書きに一体どれだけの価値を見いだせてるのだ?」
私の質問を聞いた兄貴族は案の定、こちらを凝視する。
しかしそれはほんの一瞬のことで、なんてこともないというように説明を続けた。
「神の使徒、要は神の総愛を受ける人間――いや、存在です。
この世界の人間は誰しもが神を身近に感じ、接することができます。
しかし、祝福を受ける人間はほんの一握り。
それを複数の神から受けた存在は今まで聞いたこともありません」
「それだけで発言力になるというのか、それも政治の世界で?」
「貴族も人間であり、神の子供です。そこには貴族も平民もないでしょう」
貴族も人間であり神の子供、貴族も平民も同じ。
貴族も平民も、神に対する考え方は変わらない。
裏を返せば、先程の熱気は別に平民限定の話ではないということだ。
ここまで来ると、もう市内どころかこの国全域に噂になってる可能性もある。
私自身は何も変わってないというのに。
――――わかってはいたけど、やっぱり虚しいな。
「……そういうことか、ありがとう、理解した」
「そうですか、理解していただけたなら幸いです。
そこでですが、こちらからも一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「質問によるが、どうぞ」
来るとは思っていたから自然と返した。
疑わしいところはそれこそいっぱいあるだろう。
神の使徒、私のような存在は過去に存在しなかったと言った。
それを信じるなら神の使徒とという言葉すらも今回作られた肩書きだろう。
疑問は尽きないだろうし、味方として受け入れた以上は裏を探りたいはずだ。
それに加え、この世界の人間なら当然に知ってるはずの常識も欠如している。
異世界という言葉が頭を過るかもしれないが、それは前提として別世界の存在を念頭に置いてないとたどり着けるものではない。
だとしたら答えは、そもそも人間ではない別次元の存在。
神か、それともそれに類似するなにかか。
まあ、結論としてはどちらも赤点であり、そもそもこれは私の仮定だ。
しかし推論自体はそう遠くないだろうと思っている。
そう考えたとき、果たして何をどう聞いてくるのか。
兄貴族はこちらをまっすぐ見つめながらもすぐには聞いてこなかった。
因みに視線はいつものごとく少しずらしながら受け止めている。
人の目は、どうもまっすぐ見るのがこそばゆい。
「――はぁ」
そして兄貴族から出たのは質問ではなく、ため息であった。
意外な反応に少し戸惑う気持ちでため息をついた当事者を見ると、苦笑いと共に口が開かれる。
「こちらに付いてくださるのなら、せめて名前くらい呼んでいただけませんか?」
「質問ではないんだな?」
「もしかして、私の名前をお忘れになったとか?」
「そこで質問に変えられても――一応、知ってるが」
「じゃあ呼んでくださいよ、アユム様」
「……ベルジュ、これでいいか?」
「完璧です、では今後ともよろしくおねがいします」
「――本当に、それだけでいいのか?」
そう言って席を立とうとする兄貴族を呼び止める。
何かの理由で質問するのを止めたのは目に見えていた。
あえて質問するとまで言ったのに、なぜそれを止めたのか。
理解が及ばず、考えより先に言葉が出てしまった。
私の反応がおかしかく思えたのか、クスリと笑う兄貴族。
しかし、返事はしっかりと帰ってきた。
「余計なものを刺激してせっかくの取引を取りやめたいとは思いません。
それに付いては、そういうことだと思うことにします」
「……そうか」
兄貴族、いやベルジュはそれ以上なにも言わなかった。
政治をしてる以上、人の顔色を窺うのは上手だと見える。
しかし、理由はどうであれこちらを尊重しようとしてくれる姿勢は評価できた。
それが私の肩書きのおかげだとしても、とりあえず今は信用していいだろう。
互いの利用価値がなくならない限りは、この関係は維持しようとするはず。
「なら、とりあえずの用事は終わりということでいいか?
今後の動き方とかについてはどうせ今すぐ決められないだろう」
「そうですね、前回の件もまだ後処理が残っています。
それと、新しい方が都市に付くまで自分が公務を仕切る必要があるでしょう。
なので具体的な計画に付いては後ほどまた席を用意するとしましょう」
「そうか、ならこれで失礼したいと思う。エレミアもそれでいいよね?」
「――少し話したいことがあるから、アユムは先に外で待っててもらえないかな?」
私の言葉にエレミアは少し間をおいてからそう話した。
エレミアの顔色を伺ってみても、気になるところは感じられない。
依然として、いつものエレミアである。
ならば私が気にする必要はないだろう。
代わりにベルジュの方に視線を向けた。
「だそうだが、大丈夫か?」
「もちろん、エルフの方々とは良い協力関係を結びたいと自分は思ってますので」
「ああそうか、じゃあエレミア。私は外で待ってるから」
「わかった、先に帰っちゃ駄目だからね?」
「了解」
「無視されるのもつらいものがありますね……」
ふざけているベルジュは無視してそのまま部屋を出た。
アリ一匹すら見当たらない、静寂だけが漂う廊下。
語られる内容を他の人間に聞かれたくないためとは言っていたが――
いや、それこそ私とは関係ない話か。
どっちらにしろ、防音対策は完璧な部屋だ。
それは閉じ込められてたとき既に説明されてたし、嘘ではなかったようだ。
中の音は何一つ聞こえない廊下で一人、色んなことを考えながら時間をつぶす。
体感的に五分くらいが過ぎてから、エレミアは部屋から出てきた。
「何の話をしたか聞いてもいい?」
「大したことは話してないけど、恥ずかしいから教えない」
「……そうか」
理由が恥ずかしいと来たか。
まあ、だったら本当に気にする必要はないだろうな。
私は何も言わずにそのまま廊下の先へと視線を移しながら言った。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
後ろで元気よく答えるエレミアの声を聞きながら、建物を出た。
考えるのは今後のための動き方。
それを明確にするためにも、もう一度あそこによる必要がある。
今後の不安と、やらなければいけないもの、押し寄せる群衆まで、思い浮かぶ色んなものに頭痛を感じながら宿へと帰ってきた。
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