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第2章 自由の意味

20.偽で真を貫き、報いを受ける ③/神685-5(Imt)-9

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Side By エレミア

「本当にもう、こうなると思ったよ!」

 つい口から溢れる言葉。
 でも仕方がない。
 ギルドに行くとアユムが言い出した時からずっと不安だった。
 幸いギルド内では問題が大きくならなかったけど、やはりただでは済まない。
 アユムの性格だ、きっと中でもめて何かを言ったに違いない。

「まあまあ、でも備えはしてあったからまだ良いじゃないか。
 人間が人間をさらったから、監視団よりはギルドの方な気もするが」

「でも、あの中にはエリアまで一緒にいるんですよ!?」

「落ち着け、興奮してたら救えるものも救えない」

 あくまでも私を抑えるジャスティンさんだけど、顔は硬い。
 その視線はアユムたちがさらわれた場所に釘付けになっていた。

 ギルドから少し離れたところにある大きい建物。
 ドアの前には都市の兵士が警備をしていて、周りには冒険者もいる。
 その冒険者とはアユムをさらった人間が引き連れていた人間たちだった。

「よりによって彼処か、ただの冒険者が立ち入れる場所ではないのだが。
 エリアもいるとなると、例の件の裏があそこにいるのかもな」

「……あの建物は一体なんですか?」

「看板こそないが、あそこも宿だよ。
 ただ誰もが使えるってわけではない。
 都市の大事なお客さんか、それなりの地位にないと使えない宿だ」

「それなりの地位、ですか」

「ああ、私が言うのも何だが人間社会でエルフの奴隷の価値は天井知らずだ。
 貴族であるのは間違いないだろう。
 あの宿を使えるとなるとそれも相当高位の貴族のはずだ」

 高位の貴族、つまりは国の上層部。
 そんな人間がエルフの奴隷欲しさにここまで来るなんて。
 ――いや、それでも人間に対した希望は捨ててはならない。
 私たちエルフも綺麗ごとだけではないというのはこの前知ったばかりだ。
 それより大事なのはアユムたちの救出。

「監視団は、入れない場所ですか?」

「今は無理だな。
 中にさらわれてるのは確かだが、こっちにはそれを証明できる証拠がない。
 何を言ってもあいつらは聞かないだろうよ」

「じゃあこのまま黙って見てろってことですか!?」

「――ジャスティンをあまり責めないでください、歯がゆいのは我らも同じです」

「レインさん……」

 いつの間に後ろから来たレインにエレミアはあらげた声を抑えながら振り返る。
 ジャスティンは自分の団長の言葉を聞いて苦笑いしながら返した。

「団長、いつまで敬語を使うつもりですか」

「貴様こそ、軽々しすぎるぞ副団長」

「ああ、いいえ気にしないでください。
 もう私は次期村長の座からは降りた身なので」

「こちらも性分なだけなので気にしないでください。
 ――貴様も私の言葉遣いに気をかける余裕があるなら潜入できる口実でも考えろ」

「そんな無茶なこと言わんといてくださいよ。
 団長の方こそ、ギルドへの協力依頼はどうなりました?」

「レミアに頼んだ、他の団員に任せようかとも思ったんだが――
 戦力は一人でも多いほうが良いと聞かなかったし返す言葉もなかった」

 レインさんは私を気にしながら話してくれた。
 何だかんだでお姉ちゃんだし、気遣いはありがたいけど気にしてはいない。
 元からお姉ちゃんはそういう人だった。
 むしろ今すぐにでもこちらに飛び込みたいだろう。
 神官になってから戦わなくなったけど、今でも実力が衰えてはいないはずだ。

 それに、お姉ちゃんがギルドに行ったことには意味がある。
 神官という存在はあらゆる意味での例外に入るからだ。
 監視団よりお姉ちゃんのほうがギルドの人間には説得力があるはず。

「……ギルドの冒険者が手を貸してくれるならどうなります?」

「あちらが積極的に出てくれるなら良いけど、期待はできない。
 それに手を貸してくれても、アユムたちの方で何も起こらないとは思えない」

「えっ、いや団長、今すぐどうかなるわけでもないっしょ?
 命に関わるとは思えないし、今まで無事ならきっと何とか――」

「――絶対に起こりますね、確証はないけど賭けてもいいです」

「奇遇ですね、私もです」

「えぇ?」

 私とレインさんは揃ってため息をこぼす。
 ジャスティンさんは私たちの会話についていけず、頭にはてなを浮かべていた。

 私たちはアユムを知っている。
 どういう人間で、どういう行動をする人間かを知っている。
 いくら私たちを信用してくれていても、根っこのところは何も変わってない。
 彼が今の状況で何もしないでいるはずがなかった。

「中から異変が起きたらどうなります?」

「もし魔力が動いてくれればこっちで感知できます。
 そうなれば冒険者たちも納得せざるを得ない。
 派手な戦闘だけ避ければ問題ないでしょう」

「……エリアの魔法陣、そういや今日の朝に渡されました、アユムに」

 私の言葉を聞いて、レインさんはまたしても大きなため息を吐いた。
 そして、横でただ聞いているだけだったジャスティンさんに指示を出す。

「なるほど――ジャスティン」

「は、はい?」

「周りの監視団に合図を、いつでも出る準備はしておけと」

「はぁ……まあ、了解しました」

 ジャスティンさんは頭を掻きながらも黙って従う。
 周りの建物に向かい、手で簡単な合図を送っている。
 その様を見ながらレインさんと私は再び例の建物を監視する。
 もし、アユムが動いたら――――

「行っても大丈夫です、彼のことはおまかせしましょう」

「――良いのですか?」

「元からそのつもりでした。それに、止めても行かれるのでしょう?」

「はい……すみません」

「いいえ、レミリア様の腕前は承知していますから大丈夫でしょう。
 それに――あの時と今はわけが違いますからね」

 建物に向かう監視の視線は緩めずにいなからもその顔には影が差した。
 その気持は痛いほどわかる。
 だからだろうか――今度こそはという気持ちが先走りそうだ。

「前回の私たちはあいつを止めることが出来ませんでした。
 救うことも、結局は出来なかった。
 あいつはいつも一人で苦しんで弱いところを見せないようにしてます。
 そんなやつだから、私たちもあいつを放っておけないのでしょう」

「レインさん……」

「今回もあいつの無茶振りを止めることはできなさそうです。
 後手に回るのは前回と同じ、でも今回は後始末ではありません」

 その後、タイミングよく異変が起きた。
 建物の最上階、五階から突然の突風が吹き荒れる。
 風により閉ざされた窓からは馴染みのある二人の姿。
 レインさんは背中にある自分の弓を手にしながら、言い放った。

「――先陣はおまかせします、見事に救ってやってください」

「――――はい!」

 そして私も弓を手に取りながら屋根の上を飛び始める。
 狙いは開かれた窓、突風の真ん中。
 私が守るべき、自由でありながらそれに捕らわれたお馬鹿な人間ヒト

 飛んで。

 飛んで。

 飛び出して、叫んだ。

「アユム、エリア!」

 着いたその先。
 エリアを守るように頼りない腕でかばう彼を見ながら、全てを悟る。
 またの無茶振り。
 向こう側の人間二人、特に一番偉そうな人間の歪んだ顔を見ればわかる。

 でも大丈夫。
 今回の私は、私達は、あなたを救えるから。

Side Out
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 吹き荒れる風がやっと落ち着きを取り戻す。
 しかし、この場の雰囲気は静まる風と反比例して剣呑なものになっていく。
 後ろではエレミアが弓で貴族を狙い、それに対峙するようネズミが獲物を構える。
 タイミングとして両手の拘束が解かれる前だったので両手は縛られたままだ。

「アユム、無事なの?」

「無事ではないけど、無事だよ」

「それについてはエリアと話してから説教するけど、とりあえず無事で良かった」

「へいへい」

 敢えて軽く返して、こちらの無事と自分の平常を示す。
 幸いにもこちらの企みは全部うまくいったんだ。
 エリアから何か言われそうだけど、それらは全部後回し。
 だって、怒りを堪えきれずに怒鳴り散らす声が聞こえてるから。

「――それが貴様の答えか。貴様、俺様を裏切ったのか!」

「裏切ったなんて人聞きの悪い。
 私はただの一度も提案に乗るとは言ってないけどな」

「そんな詭弁、通用すると思ったのか!」

「通用させる必要はない、貴様の同意なんか要らないからな。
 最初からお前のような人間と手を組むなんて選択肢にないさ」

 やり方を聞いたり、提案や契約に関して詳細とかやり方とかは聞いた。
 でも私は一度も承諾の二文字を言ってない。
 もちろんこれは詭弁であり通用しないというのも正しい発言だ。

 事実関係だけで人間関係は解けないからこその問題。
 今後を考える必要がある、正しい取引ならもちろん駄目だ。
 ――あんな人間との今後なんて敵対関係以外にないけど。

「やはり惜しまずに殺すべきでしたよ、余計な欲を出すと足元救われますぜ」

「黙れ、下民が!
 そんなくだらないことを言う暇があるならあのエルフを追っ払え!」

 まあ、当然の命令だ。
 このまま外に待機中である他の仲間まで現れたら手足が縛られたままでは困る。
 外にはレインたちの監視団もいるはずだからそれをなんとか――
 そんなことを思ってると、ネズミは貴族の言葉に首を横に振る。

「――それは流石に無理がありますね」

「貴様、俺様の命令が聞けないというのか!」

「冷静になってください、この状況で手を出せないのはお互い様なんでさ。
 ――なぁ、そっちのエルフさん?」

「それを知ってるのなら、私が二人の拘束を解いても手を出さないつもりですか?」

「どのみち建物の外で狙われていればおっ死ぬのはこっちだから、好きにどうぞ」

 エレミアとネズミの会話。
 ネズミは貴族と違ってあくまでも冷静に状況を分析している。
 ギルドであの大男が言ってたは、伊達ではないということか。
 逆に状況把握ができてないのは貴族の方だった。

「き、き、貴様、まさか貴様までグル――」

「そんなわけないでしょう、貴族の旦那。
 人間とエルフの微妙な関係の中、今回の件が監視団にバレたんです。
 ただまあ、このままなら大事にならないで済む。
 しかしどちらかが先に攻撃してしまえば事が大きくなりすぎるんですよ」

 人間とエルフの微妙な関係。
 正当防衛を主張できる状況を与えるのは互いが避けたい。
 だから先に手を出したほうが負けだという単純な話だ。

 もちろん今の状況での非は完全に人間側にある。
 でも人間側のみで処理される裏側の処罰まではエルフが関与できない。
 つまりはいくらでもでっち上げることが可能で、ましてや相手は貴族だ。
 大きい問題には発展せず、このまま何事もなく済むのは目に見えている。

 でも手を出して武力衝突が起きれば監視団と冒険者の戦闘になってしまう。
 事が大きくなれば都市内の兵士たちまで加勢するだろう。
 そのまま戦争になってもおかしくない。

「信用出来ない、このままこっから消えてくれない?」

「おお、見逃してもらえるんなら願ったりだ――旦那、行きますぜ」

「何をほざいてる!? なぜ私が逃げないといけないのだ!」

 貴族はネズミに怒鳴り、ネズミはあくまでも冷静沈着。
 個人的な感情を置いとけば、ネズミのほうが正解だ。
 目的が現状維持であるならば、のが一番いい。
 ――――しかし。

「――ああそうだ、このまま見逃すわけにはいかない」

 それでは面白くない、何も変わらない。
 全体から見たら小石のような小さく、何の意味のない行動かもしれない。
 それでもこの静かな関係、固着化した現状に波紋を起こせるのなら――
 いや、起こすには今ここでアイツラを逃がすわけにはいかない。

 報いは受けてもらう。
 このまま何事もなく、のほほんと暮らせるようには決してしない。
 いつかしっぺ返しを食らうことになろうと、こんな現状維持なんてごめんだ。

 自由を謳歌おうかするために必要なものは、行動に責任を負うこと。
 自分の行動の是非にかかわらず、その結果を背負う覚悟が必要だ。

 自分の曲げられないものがあって、他人の自由を侵さすことになるのなら。
 相応の報いを覚悟して行動する。
 それが人間であり、それが自由になるということだ。
 私の覚悟はとうの昔にできている。

 だから私は。

――――私の自由を持って、貴様の自由を侵す。
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