異世界人として生きるのは

琴張 海

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第2章 自由の意味

20.偽で真を貫き、報いを受ける ①/神685-5(Imt)-9

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 自由とは何だろうか。
 《由》という漢字には《よる、したがう》という意味が含まれている。
 つまり、こそが自由の辞書的な意味と言えるだろう。

 ただ、本当の自由は自分に従うことだけでは足りない。
 自分の自由が許されるには、他人からもそれを認めてもらう必要がある。
 それを認めるか認めないかは、その人がどんな行動を取るかで変わるものだ。
 それらを他人に説明し、了承を得てから行動を成すというのは現実的でない。

 故に私たちは、自分の行動に自分が責任を持つことで暗黙の了承を得ている。
 その暗黙の了承を持って私たちは自分の自由を主張できるようになるのだ。

 何が言いたいのかというと、要は自由と責任の関係の話だ。
 結果の良し悪しに構わず、行った以上は責任が伴う。
 それが自由を行使するための絶対条件であるということ。
 もしそれが伴わなければ、それは自由ではなく放縦ほうじゅうとなる。

――――だからこそ、私はこの結果を受け入れるべきだろう

「申し訳ありません、アユムさん……」

 両手両足が縛られたまま拘束されてるけど、口には何も付けられてない状態。
 そして横には何故か一緒に囚われているエリアがそこにいた。
 乱暴をされた形跡はないが、服は寝間着ねまぎのままな彼女。

 周りは明かりのない暗い部屋だが、微かに見える装飾は何げなく派手だ。
 私を誘拐した人間は知ってるけど、そいつとこの場所は全然マッチングされない。
 しかしここにいるのは私だけでなく、《宿り木》で寝ていたエリアまでいる。
 そこで、監視団に任せっきりだった一つの事柄を思い出した。

「エルフを調べていた連中か、くそっ、完全に忘れていた」

「アユムさんは、悪くあリませんよ。
 どちらに非があるとすえばそれは監視団です。
 例の商人の取引先だというのまではわかったんですが、ここまでするとは……」

「――それ、私は初耳だけど」

「アユムさん達とすれ違いで入った情報です。
 眠る寸前にいきなり起こされました。
 ……そのまま起きていればよかったのかもしれませんが」

「タイミングのズレ……いや、聞いてたとしても結果は同じだったか。
 それと、それは不可抗力だから気にしないで」

 私の場合はあのネズミを引き出すための方便でもあった。
 むしろ私がここで一緒に囚われた今が状況としてはマシのはず。
 今の居場所はきっとエレミアたちが掴んでいるはずだから、そこは信じよう。

 ――でも、そうだな。
 とりあえず私たちの状況から確認しようか。

「エリアは今、何も持ってないようね? 戦力になりそうなものは」

「ないですね。気持ちとしては服でも着替えたいのですが……」

 白いワンピースのようにも見える寝間着のみ。
 素足のまま不満顔でつぶやいているが、正直男としては目の置き場がなかった。
 とりあえず視線を微妙にずらして直視しないようにしておく。
 エリアはそんな私には気づかず代わりに別の方を気づいたようだ。

「しかし、アユムさんはどうやらようですね」

「ああ、奪われてない。てっきり奪われてると思ったんだが」

 エリアの言葉に胸元を見る。
 朝にエリアから渡された魔法陣が描かれてる葉っぱがそのまま。
 よく見ると指輪も無事だった。
 それと、どういう理由かは知らないけど口は自由なこの状況。
 この中途半端さにどうも釈然としないところはあるが。

「ただ、こう両手が縛られてはな」

「とりあえず、私ならその状態でも使えます。
 ただ、自分が近くまで――要はアユムさんの胸元まで近接しないといけませんが」

「それ、もしかしてマナ暴走のこと?」

「……ただでやられるよりはマシではないかと」

 エリアらしからぬ言葉に少し申し訳ない気分になる。
 これ、もしかしなくても私に毒されたんだよね。

 マナ暴走は魔術使用時にマナを溜めすぎたあまり勝手に発動するものだ。
 これは魔法陣も例外ではない、威力も方向も決められず勝手に暴走してしまう。
 危ないのは当然だが魔法陣を介する場合、やり方次第では戦術となりえる。
 そういう説明は確かに受けたが、これはほぼ自爆に近い行為だ。

 いや、まあ、私もエリアの意見自体は同意するけども。
 というか、どちらかと言うと私が言いそうな言葉なんだけども。

「大いに共感だが、状況を見てやろうか」

「当然です、そんな後先考えずに動いたりしません。アユムさんでもあるまいし」

「――ちょっと待とうか。
 私がどれほど考えて動いてるかわかってるはずなのに、その評価はどうなんだ?」

「自業自得かと、詳しいことは言いませんが」

 なかなか心外な評価に状況も忘れて叫びそうになるのをグッと堪える。
 今は敵地で、私たちは囚われの身。
 エリアが大人びてると言ってもこういう経験はないはずだ。
 もしかしたらこの態度も、その不安を表せないためのやつかもしれない。
 だとしたらこのまま雑談を続けたほうが良いのだろうか。

 そして、そんな考えは突然と聞こえてくる足音でかき消された。
 明らかにこちらの扉前で止まった音にエリアも私も言葉を止めて扉を注視する。
 少しの間、静寂が場を支配したがそれもわずか。

 やがて扉が開かれて入ってきたのはやたら豪華な服装を着ている男だった。
 警戒するこちらを軽く確認しては軽薄な笑みを浮かべる。
 これもまた、どこまでも人間らしい男と思えた。

「ふむ、あえて口は塞がなかったんだが、暴れた様子は見えないな。
 叫ばなかったようで残念だ」

「――別に、叫んでも意味はないと見ただけです」

「賢明な判断だ、この部屋には防音魔術が施されている。
 どんだけ叫んで騒いでも外には音がもれない。
 それで、自分たちの状況は把握したか?」

 やはりそうだったか。
 本当は、エレミアたちを信じてたから叫ばなかっただけなんだが。
 別に真実を語る必要はないだろう。

 しかし、賢明と語るあたりを見るに騒ぐのを望んだわけでもなさそうだ。
 それに理由がなんであれ口を塞がない理由はない。
 本当にお互いが話して状況を把握してほしいというかのようにも考えられた。
 これが拉致った犯人の言葉じゃなかったら少しは理にかなってただろうに。
 ――ダメ元で一つ聞いてみるか。

「おかげさまで。
 それで、あなたは誰かって聞いたら答えてくれるのですか?」

「――別にいいだろう。
 私の名前はペイル・フラーブ。由緒正しいフラーブ公爵家の男だ」

「公爵家、と来ましたか」

 公爵家の人間が、こんな場所に顔を晒すのか?
 この国は本当にエルフと戦争でもする気なのか?
 それともこの男がただ考えなしの馬鹿なだけなのか?
 ここまですんなり答えてくれる辺りもビックリして言葉をなくす。
 でも、この沈黙をどう理解したのかあちらさんは満足した表情を浮かべている。

「そうだ、公爵家だ!
 貴様も人間ならこの地位に思うところはあるだろう」

「はあ、まあ、そりゃありますが」

「そうか、頭は回るようで何よりだ」

 いや、何を納得してるかは知らないがこっちはそれについていけないのだが。
 何をそんなに満足してるのかがわからん。

 というかあのネズミ野郎はどこ行った。
 この公爵家の人間は、なんで私にここまで親身になっている?
 拉致った人間と拉致られた人間の会話にして穏やかすぎだ。
 そう悩んでいると、向こうから我慢できないという風に質問を切り出す。

「そう、それでなんだが、単刀直入に聞く。貴様は何者だ?」

「何者、と言いますと?」

「どんな人間かと聞いてる、その指輪は神の加護が宿ったものなんだろ?
 教会の神官からも君がプリエ神とイミテー神の祝福を受けたのを聞いている。
 そこまで神に愛されている君は、一体何者だと聞いているんだ」

 ――ここまで来て聞くのがそれか?
 予想の斜め上とはこういうことを言うのだろう。
 こんな質問が来るとは予想だにしなかった。

 しかし、私を関係ない第三者から見たらこうなるのか。
 戦闘力は皆無、魔術も使えない無力な一般人。
 この世界の住民でない異世界人というのは、パッと見てはわからないだろう。
 最近になってマナを見れるようになったけど、それすらままならなかった。

 一つだけ変わってるのがあるとすれば、神の祝福を受けてるということ。
 フォレストから初めて、プリエとイミテーまで。
 今まで簡単に祝福を受けてきたが、一人が三柱の祝福を同時に得るのは稀だろう。
 この世界で生活して、未だ一ヶ月しか経ってないというのを考えたら劇的な程だ。
 考え込む私をそっちのけで、答えのない私の代わりとでもいうかのように豪華な男は言葉を続ける。

「貴様たちのことは調べてもらった。
 エルフと同行している人間と、私が買おうとした村のエルフたち。
 あの商人に雇われてた奴らも君のことを神の使徒とか呼んでいるのは確認してる」

「――買おうとしたことを認めるのですね」

「ああ? 私が買ってやるってのに不満があるわけないだろ」

「……そうですか」

「それで、貴様は何者だ? 本当に神の使徒か? ここに来た目的は?」

 駄目だ、話にならない。
 それに先程からエリアには視線すら向けていない。
 そういう態度も気に障るが正直なところ、そんなエリアが少し羨ましかった。
 流石にこれは言わないけど。

 とにかく一つだけ確かに言えるとしたら、こいつは私の敵だということ。
 それがはっきりした今、私の答えは決まりきっていた。

「私がそれを教える理由も道理もないでしょう。
 は貴方たちに拉致られた側ですから。
 どんな理由があろうと、その問題を解消しない限り私は何も回答しません」

 目の前の貴族を睨みながら、そう言い放ってしまう。
 私の言葉を聞いて顔色が変わる貴族。
 その姿を見て私は自分の浅はかさを呪った。

「――何か勘違いをしているようだな、下民が」

 そう言って貴族が指を鳴らし、扉が開かれる。
 入ってきたのは案の定、あのネズミ野郎だった。
 入りながらわざとらしくこちらの足を踏んづけてはエリアの隣まで近づく。
 私は足の痛みに耐えながら、目の前を睨むことしかできなかった。

「それで結局は諦めたんですかい?
 なら、エルフと結託しているのは目に見えてるんだしこのまま殺します?」

「誰も貴様のような下郎に意見など聞いてない、その汚い口を閉じろ。
 余計な口も行動も慎むが良い。
 もう一度、先程のようないらない真似をするなら貴様から抹消する」

「おおぅ、申し訳ありません。今後から注意しますんで」

 そう恐縮しながらネズミが頭を垂れる。
 そして予め決めていたかのように危惧していた行動を、あっさりと行ってしまう。
 ネズミの腕と手に持つ鋭い刃物が、エリアの首を絞め始めた。
 本当に悪い予感だけは、いつも外れない。

「くっ!」

「おっと、暴れるなよ。エルフでも命は惜しいだろう?」

 吐息が届くくらいにエリアに顔を接近させたネズミ。
 その所為なのか、それとも首を絞められているからかエリアの表情は歪んでいた。
 恐らくは両方だろうな。

 ただ、私の心はこんな状況なのにもかかわらず余裕があった。
 確かに私にとってもエリアにとっても危機なのは変わらない。
 でも心だけは凄く落ち着いていた。
 表情にもそれが出てたのか、貴族のほうが興味深そうにこちらを見つめた。

「動揺してるようには見えないな、もしかして神の使徒は予知能力でもあるのか?」

「――そんなのなくてもこれくらいは読めるだろ。
 私は物事全てを肯定的に捉えられるほどお花畑じゃなくてな」

「わざとらしい敬語すら止めたか、ますます度し難いぞ下民」

「そちらこそ見るに耐えないぞ貴族、この状態で人質とか何を考えてるんだ」

 二人とも両手両足が縛られている状態。
 言葉通り手も足も出ない状況で幼い子どもを更に人質に取る。
 そこまでして私の目的が知りたいのか?

 違うだろ、何か別の理由があるはずだ。
 手の込みすぎだし、あのネズミ野郎の言葉も一理ある。
 それに先程のネズミ野郎の言葉。

 と言えるほどの何かをされた覚えも聞かれた覚えもない。
 つまりはまだ本題には入ってないということだ。
 そして恐らく今からの言葉が本題になる。
 そう思い相手の反応を待ってると貴族はもったいぶりながら答える。

「確かに、意味のない行動で質問だ。
 神の使徒かなんてどうでもいい、結果として貴様は数多の神の祝福を得ている。
 目的なんてのも私の目的と相反しなければ構わないことだ」

「目的……」

「そうだ、最初はエルフだけだったが考えが変わった。
 ここまで乱暴をする気はなかったのだが、この下郎の所為で予定が狂った。
 俺様のミスでもあるから、とりあえずは警告だけで済ませたが」

「へいへい」

 全然反省したようには見えないネズミ。
 しかし、そんなのは気にもしないでこちらだけを見つめる。
 その視線には妙な執着心まで感じられた。
 そこまでして――いや、そこまでする価値が私にあるのか。
 どちらにしろ私の答えは変わらないが。

「そういう割に人質まで取るのか。
 説得力は皆無に等しいし、それでは子供すら騙せない。
 そこまでして、一体貴様は私に何を求めているんだ」

「いちいち言葉遣いが気に障るが、それすら知らないとは。
 この国――いや、この世界の人間とは思えないくらいだが。
 まあいい、答えてやろう」

 人間とまで口にしたか。
 国の貴族という人間が私を求める理由。
 この世界の人間なら指摘されずとも当たり前に気づくという理由。
 頭に色んな疑問点が思い浮かぶけど、今は全部後回しにする。

 私は目の前の貴族の言葉に神経を集中した。
 背中に嫌な汗が流れるのを感じる中、貴族は静かに自分の目的を吐き出す。
 そしてそれは、混乱した頭にさらなる混沌を産まれさせるには十分なものだった。

「これより貴様はフラーブ公爵家の人間になってもらう、拒否権はないと思え」
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