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第2章 自由の意味
19.異なりの中で己を貫くために ②/神685-5(Imt)-9
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冒険者ギルド。
中世ファンタジーの代名詞として語られる組織と言っても過言ではないだろう。
様々な依頼をこなして、それを飯の種とする人たち。
それが冒険者であり、時には魔獣討伐やトレジャーハンターのようなのもする。
戦いに身を置くけど、国の兵力とは違う民間戦力。
それらを纏める組合、つまりは冒険者ギルドだ。
しかし、このギルドが戦力を持った武装集団っていうのは紛れもない事実。
この世界の状況を考えれば、エルフの目にこれが良い行動に見えるはずもない。
実際にあの商人も村を攻めようとしたとき、冒険者をそれなりに引き連れてきた。
いくら監視団といえども良い感情は持ってないだろう。
そこに私が入るとなれば、心配するのは当然と言える。
「といっても、もうここまで来たけどな」
ギルドの門はもう目の前にある。
何やら中が騒がしいせいで、余計に入りづらい。
そうやってもたもたしていると、中から何人かが飛び出る勢いで扉から出てきた。
見事にぶつかってしまったか、幸いにも倒れずに済んだ。
「やはり貴様とは話にならない! お前なんかと話した俺が馬鹿だった。
ああ精々好きにしてや……おっと済まねえ、怪我はねぇか?」
「バーストさん、前向かずに歩くから! 悪いね、うちのリーダーが」
「あ、いえ、大丈夫です」
背中に大剣を付けてる赤髪の大男、動きやすい服装のスリムで茶色い髪の女性。
顔全体にバツじるしの傷跡が残ってるけど、人の悪い印象ではない。
そんな姿を見て、少しだけ安心した。
横の女性も中々の筋肉だけど、その顔は善良なものに見える。
そうやっていつものように分析してると、大男の方が頭を下げてきた。
「悪い、もし何かあったら――というか、見ない顔だな?」
「本当だ、もしかして依頼を再度出しにきたの?」
「いいえ、全然関係ありません。
――でも、そんなに多いんですか、依頼を再度出すというのは」
「今はちょっとね。なんせ、このギルドの四割近くが空中分解……あ」
「こら、リューネ!」
「空中分解、ですか」
初見の人に余計なことを言ったと思ったのか、二人が困っている。
でもこの会話は今のギルドの現状が良く現れている会話な気がした。
四割近くというのは、恐らく人数のこと。
そこまで人が減る事件なんて、ここ最近じゃ一つしか無い。
あの商人が率いてきた冒険者が元々負っていた依頼とかがあったんだろう。
あるいは、人が少なくなって依頼が回らなくなったか。
どっちにしろギルドとしては大惨事どころではない。
そもそも、空中分解という言葉にも違和感がある。
もしかして――いや、もしかしなくとも真っ当な依頼だったはずがないか。
普通の依頼だったなら、それも色んな意味で困ることになる。
「はあ、リューネお前、余計なことを言い過ぎだ。
そちらの……ええと」
「アユムと言います」
「そう、アユムのアンちゃんもそう気にすんな。
確かに少しきな臭いことがあったが、一般人には迷惑かけないようにするからよ」
「ええっと、ごめんね?
一応ギルド内の問題だからお客様に言うことではなかったんだけど……。
あれ? でも、君は依頼のためではないと言ってたね?」
「はい、実は前々からギルドには興味があったのですよ。
それで、観光も兼ねて少しお邪魔しようと迷ってました」
全部本当のことだ。
前から本物のギルドには興味しかなかったし、観光というのも違わない。
ただ追加の目的があって、そっちがメインなだけ。
「そりゃ……タイミングが悪かったね、まあ、入っても余裕はないだろうけど」
「いや、逆に今だからこそ良いだろう。
それに、わざわざギルドに興味を持ってくれたんだ。
マスターが居ないのが少し残念か、いたなら喜んで自分から紹介しただろうに」
「それで、今陣取ってるのはあのおっさんでしょ。本当に大丈夫なの?」
「そう言うな、あれでもこのギルドの最古参だ。
それに、折角ならこういう裏の顔を見せるほうが良いだろう。
アンちゃんも何となくそれでも大丈夫な気がする」
「まあ、否定はしませんが」
適当に相槌を打ちながら情報を整理する。
どれも私が今日訪れた目的とは少し違うけど、大事な手がかりだと思った。
特に冒険者ギルドの中も色んな事情が絡まっているという事実は大きい。
そもそも、この目の前の人たちがどんな人間かもわからないのだが。
――とりあえずは話を進めるか。
「ええっと、それで私は中に入っても大丈夫なんですか?」
「ああ、もちろんだ。ギルドは困ってる人のための組織だからな。
中に入ればうちのおっかない魔術師たちが歓迎してくれるだろう」
「ってかバーストさん、そろそろ時間やばいよ!」
「おっと、もうそんな時間か。走るぞ!
それとアユムのアンちゃん! 後であったらおごってやるからな!」
「え、ええ……」
「じゃあな!」
「じゃあね~」
そう言って、どっかへと走っていく二人。
正直に言って、初対面であそこまでグイグイ来るとは思わなかった。
前の世界まで含めても、ここまで初対面で親しくしてもらったのは始めて。
これが、異世界の冒険者というものだろうか。
――――眩しいな、本当に
余計な感傷を無視して、未だ開かれているドアの中を確認した。
受付の方にいる三人を除いて、ざっと三十人くらいか。
ちょっとした人数だけど、こっちの会話が聞こえたせいかすごく大人しい。
そういう中で、受付で座っている一人と目が合った。
こちらを責めるような目つきで馴染みのある二つの眼が睨んでいる。
それを確認してから、ドアを閉めながら中に入りその睨んできた人の前に立つ。
まだ幼くも一癖あるその顔立ちを、私はここ最近良く目にした。
「こんにちはルイラちゃん、そういえばここで見習いをしてるんだっけ」
「こんにちは、ええそうですよ。
それと、次回からはドアの前で長話しないでくださいね」
「あはは……面目ない」
ルイラちゃんはそう言いながらも忙しなく書類を読んでは判子を押している。
見習いにしては手慣れているように見えるそれを見つめながら返すと、横から二人の女声がこちらに近づいてきた。
「あまりその人を責めないでね、ルイラちゃん。
うちのリーダーとばったり会ってしまっただけで、この人は悪くないんだから」
「全くその通りです、申し訳ありません、うちの馬鹿なリーダーが」
「いいえ、自分は気にしてませんので」
一人は青い髪と鋭くも冷静に見える顔立ちの女性。
でも、声色や言葉だけを聞くとそこまで冷たい人ではなさそうだ。
印象としてはクールで仕事の出来る女性。
エリアが大きくなったらこんな感じになるのか?
そしてもう一人は黄色い髪をした活発そうに見える女性。
あの大男が言った魔術師たちとはこの二人のことだとは思うけど……。
正直なところ、こっちの女性は魔術師には見えなかった。
偏見だろうけど、どうも落ち着きがないところがそう思わせる。
「――お二人は、あの大男さんの仲間、なんですよね?」
「そう、私とこっちのライムと、リーダーのバースト。
さっき一緒に出たリューネに別行動中のマルス。
全部で五人いて、名前を《燃ゆる栄光》って言うんだぜ。
このギルドでは一番実力があるパーティーだと自負している。
迷惑掛けたからな、何かあれば相談に乗ってやるぜ!」
「こらカリン、安請け合いは駄目ですよ。
それと今ではそんなに手も回らないでしょうに」
「ああ、そうだった。でも私はこんな書類仕事は嫌なんだけどなー」
頭を掻きながら赤い方は困ったようにつぶやく。
まあ、そう見える。
率直で付き合うには明るくいい人だけど、頭より体で動くタイプ。
――人付き合いとかは上手そうだし、そういう意味では受付も大丈夫なのか。
「仕方ないでしょう、受付のセレさんが倒れちゃったんだから」
「それはそうなんだけどー」
「……やはり、何か大変そうですね」
「大変も大変、いきなり二十人が行方不明だからね」
二十人の行方不明、か。
村へ攻め入ろうとした冒険者の人数もそのくらいだったはず。
ただ、行方不明扱い……それならギルドでも調査はしてそうだ。
「ギルドで調査とかはしないんですか?」
「もちろんやりました、ギルドのほぼ四割に近い人数が一日で消えたんです。
ただ、結果としては自業自得という結論になりました」
「自業自得、ですか」
「そいつら全員がギルドを通さずに依頼を受け、そのまま消えたんだ。
そうなれば自業自得、遺族を把握してれば最小限の説明義務は果たすけど、それ以上は何もしない。
報酬がうまかったのだろうね、そういう話には必ず裏があるってのに」
黄色い方が言いながら小さく舌打ちする。
馬鹿にしてるようで残念がってるのが見えていた。
先程の人もそうだが、こういう仕事をしてる割にみんないい顔をしている。
そんな見当違いの考えをしてる内に、ルイラちゃんが話を受け継ぐ。
「ただ、人数が一気に減ったせいで依頼が貯まりっぱなしです。
原因調査後の細かい書類仕事も冗談じゃすまない量でした。
追加で依頼の確認・再依頼、既に依頼を出した方々からの苦情。
元受付のセレさんも倒れ、見習いの自分が書類仕事と受付を同時にしてます。
《燃ゆる栄光》の皆さんにも、ご迷惑をおかけしていますし」
「良いって良いって! ルイラちゃんが気にしなくてもいいの!」
「こういう時こそお互いに助け合わないと。
それが私たち、《燃ゆる栄光》だからね」
目の前の会話を黙々と聞きながらそっと胸を撫でおろす。
ギルド内に私やエルフに対しての悪感情が広まっているのも想定したけど。
入った瞬間、後ろから攻撃されてどっかに運ばれるかもと思っていた。
こんな人たちがいればとりあえず、ギルド内は大丈夫と思っていいだろう。
そう安心した上で先程までの情報を整理した時、一つ気になることがあった。
それは依頼が溜まりっぱなしという事。
いや、確かに人が一気に減ってしまったんだ。
そうなるのは頷けるし、仕方のないことだとは思う。
でも、それならこのギルド内には受付以外の人が居ないか、あるいは忙しくしているべきだ。
なのに、そういう割にここは人が多すぎる。
どこか顔に影がある人もちらほら見えるけど、暇そうに駄弁ってる者までいた。
忙しいという言葉とは掛け離れすぎてるその姿に面食らってる私を見て、後ろからため息が聞こえた。
「因みに、何も言わなくていいわよ。知ってるし半分は聞かせてるんだから」
「――理由を聞いてもいいですか?」
「……行方不明とは言っても、事実上は死んでも同然ですからね。
それで悲しんでるのが半分です」
「じゃあ、残りの半分は?」
「仕事が無いってぼやく救いようのないゴ……人たちです」
途中で言い換える青い方、でもその軽蔑する目だけは隠してない。
しかし、向こうは気にもしてないように見えた。
――ちょっとだけ居心地が悪くなった気分はしたが。
この雰囲気ならこのまま聞いたらすんなり教えてくれそうだ――が。
ここから先はエルフの一件とは関係ない、ギルドの闇に関わる。
知っておいて損はないだろうけど、流石にこの場に長居したくはない。
軌道修正しようか。
ギルドと関わるのは良いが、先ずは目的を優先しよう。
「なんか、込み入った話のようですね。
――ちょっと後ろがチクチクし始めました」
「あ、悪い! お客様にする話じゃなかったね流石に。
それで、今日はどのようなご用件で?」
「そんな大したことじゃないんですが、都市内の情報ならこっちが早いと思って」
「都市内の情報なら確かに扱ってますが、どのような情報を?」
青い方の質問に、そっと深呼吸をする。
今回のこのギルド訪問で一番やっかいな案件は正しくこの理由作りだった。
ただの街案内を頼めるのは意味がない。
私が欲しい情報は人間がエルフをどう思ってるのか。
人間がどれほどエルフを知ってるのかに限る。
ルニーさんたちと出会い、会話したことで人間が持つエルフの認識を知った。
でもそれはあくまでも一般人の、個人の認識になる。
この都市内の戦力として数えられる二つの勢力、ギルドと兵士。
そういう組織の人間が持っているエルフの認識が知りたかった。
それを知るために、どんな質問を投げれば疑われずに聞き出せるか。
相当悩んでたけど、昨日の時点でやっと条件がクリアした。
「実は、私はこの都市の人間ではないのです。
観光がてら来たのですが、都市内で明らかに浮いている建物が一つあってですね」
「浮いている――ああ、もしかして宿屋のこと?」
「……宿屋かはわかりませんが、看板には《宿り木》って書かれてました」
「やはり、そこですか」
都市内で何故か未だに存在しているエルフの建物。
街道沿いにある使われてない宿屋、立地条件も悪くない場所だ。
商売で一番大事なのは位置取りだと聞いた覚えもある。
それを踏まえると、人間たちが未だエルフの所有権を認めてるのが謎だ。
このギルドで、冒険者の彼女らがそんな建物を知らないはずがない。
今までの会話で、彼女らがここでそれなりの位置にあることもわかったんだ。
この会話で、ギルドの冒険者たちが持ってるエルフの印象を知れるはず。
こちらの事情を少し知っているルイラちゃんは、不安な顔で私をちら見している。
妙な静寂が場を支配している、そんな中――
「へっ、何をためらってんだ。
エルフ共が汚い手口で占拠している建物と言っちゃえば良いだろう!」
それをぶち破ったのは、横から飛んできた皮肉交りの男の声だった。
中世ファンタジーの代名詞として語られる組織と言っても過言ではないだろう。
様々な依頼をこなして、それを飯の種とする人たち。
それが冒険者であり、時には魔獣討伐やトレジャーハンターのようなのもする。
戦いに身を置くけど、国の兵力とは違う民間戦力。
それらを纏める組合、つまりは冒険者ギルドだ。
しかし、このギルドが戦力を持った武装集団っていうのは紛れもない事実。
この世界の状況を考えれば、エルフの目にこれが良い行動に見えるはずもない。
実際にあの商人も村を攻めようとしたとき、冒険者をそれなりに引き連れてきた。
いくら監視団といえども良い感情は持ってないだろう。
そこに私が入るとなれば、心配するのは当然と言える。
「といっても、もうここまで来たけどな」
ギルドの門はもう目の前にある。
何やら中が騒がしいせいで、余計に入りづらい。
そうやってもたもたしていると、中から何人かが飛び出る勢いで扉から出てきた。
見事にぶつかってしまったか、幸いにも倒れずに済んだ。
「やはり貴様とは話にならない! お前なんかと話した俺が馬鹿だった。
ああ精々好きにしてや……おっと済まねえ、怪我はねぇか?」
「バーストさん、前向かずに歩くから! 悪いね、うちのリーダーが」
「あ、いえ、大丈夫です」
背中に大剣を付けてる赤髪の大男、動きやすい服装のスリムで茶色い髪の女性。
顔全体にバツじるしの傷跡が残ってるけど、人の悪い印象ではない。
そんな姿を見て、少しだけ安心した。
横の女性も中々の筋肉だけど、その顔は善良なものに見える。
そうやっていつものように分析してると、大男の方が頭を下げてきた。
「悪い、もし何かあったら――というか、見ない顔だな?」
「本当だ、もしかして依頼を再度出しにきたの?」
「いいえ、全然関係ありません。
――でも、そんなに多いんですか、依頼を再度出すというのは」
「今はちょっとね。なんせ、このギルドの四割近くが空中分解……あ」
「こら、リューネ!」
「空中分解、ですか」
初見の人に余計なことを言ったと思ったのか、二人が困っている。
でもこの会話は今のギルドの現状が良く現れている会話な気がした。
四割近くというのは、恐らく人数のこと。
そこまで人が減る事件なんて、ここ最近じゃ一つしか無い。
あの商人が率いてきた冒険者が元々負っていた依頼とかがあったんだろう。
あるいは、人が少なくなって依頼が回らなくなったか。
どっちにしろギルドとしては大惨事どころではない。
そもそも、空中分解という言葉にも違和感がある。
もしかして――いや、もしかしなくとも真っ当な依頼だったはずがないか。
普通の依頼だったなら、それも色んな意味で困ることになる。
「はあ、リューネお前、余計なことを言い過ぎだ。
そちらの……ええと」
「アユムと言います」
「そう、アユムのアンちゃんもそう気にすんな。
確かに少しきな臭いことがあったが、一般人には迷惑かけないようにするからよ」
「ええっと、ごめんね?
一応ギルド内の問題だからお客様に言うことではなかったんだけど……。
あれ? でも、君は依頼のためではないと言ってたね?」
「はい、実は前々からギルドには興味があったのですよ。
それで、観光も兼ねて少しお邪魔しようと迷ってました」
全部本当のことだ。
前から本物のギルドには興味しかなかったし、観光というのも違わない。
ただ追加の目的があって、そっちがメインなだけ。
「そりゃ……タイミングが悪かったね、まあ、入っても余裕はないだろうけど」
「いや、逆に今だからこそ良いだろう。
それに、わざわざギルドに興味を持ってくれたんだ。
マスターが居ないのが少し残念か、いたなら喜んで自分から紹介しただろうに」
「それで、今陣取ってるのはあのおっさんでしょ。本当に大丈夫なの?」
「そう言うな、あれでもこのギルドの最古参だ。
それに、折角ならこういう裏の顔を見せるほうが良いだろう。
アンちゃんも何となくそれでも大丈夫な気がする」
「まあ、否定はしませんが」
適当に相槌を打ちながら情報を整理する。
どれも私が今日訪れた目的とは少し違うけど、大事な手がかりだと思った。
特に冒険者ギルドの中も色んな事情が絡まっているという事実は大きい。
そもそも、この目の前の人たちがどんな人間かもわからないのだが。
――とりあえずは話を進めるか。
「ええっと、それで私は中に入っても大丈夫なんですか?」
「ああ、もちろんだ。ギルドは困ってる人のための組織だからな。
中に入ればうちのおっかない魔術師たちが歓迎してくれるだろう」
「ってかバーストさん、そろそろ時間やばいよ!」
「おっと、もうそんな時間か。走るぞ!
それとアユムのアンちゃん! 後であったらおごってやるからな!」
「え、ええ……」
「じゃあな!」
「じゃあね~」
そう言って、どっかへと走っていく二人。
正直に言って、初対面であそこまでグイグイ来るとは思わなかった。
前の世界まで含めても、ここまで初対面で親しくしてもらったのは始めて。
これが、異世界の冒険者というものだろうか。
――――眩しいな、本当に
余計な感傷を無視して、未だ開かれているドアの中を確認した。
受付の方にいる三人を除いて、ざっと三十人くらいか。
ちょっとした人数だけど、こっちの会話が聞こえたせいかすごく大人しい。
そういう中で、受付で座っている一人と目が合った。
こちらを責めるような目つきで馴染みのある二つの眼が睨んでいる。
それを確認してから、ドアを閉めながら中に入りその睨んできた人の前に立つ。
まだ幼くも一癖あるその顔立ちを、私はここ最近良く目にした。
「こんにちはルイラちゃん、そういえばここで見習いをしてるんだっけ」
「こんにちは、ええそうですよ。
それと、次回からはドアの前で長話しないでくださいね」
「あはは……面目ない」
ルイラちゃんはそう言いながらも忙しなく書類を読んでは判子を押している。
見習いにしては手慣れているように見えるそれを見つめながら返すと、横から二人の女声がこちらに近づいてきた。
「あまりその人を責めないでね、ルイラちゃん。
うちのリーダーとばったり会ってしまっただけで、この人は悪くないんだから」
「全くその通りです、申し訳ありません、うちの馬鹿なリーダーが」
「いいえ、自分は気にしてませんので」
一人は青い髪と鋭くも冷静に見える顔立ちの女性。
でも、声色や言葉だけを聞くとそこまで冷たい人ではなさそうだ。
印象としてはクールで仕事の出来る女性。
エリアが大きくなったらこんな感じになるのか?
そしてもう一人は黄色い髪をした活発そうに見える女性。
あの大男が言った魔術師たちとはこの二人のことだとは思うけど……。
正直なところ、こっちの女性は魔術師には見えなかった。
偏見だろうけど、どうも落ち着きがないところがそう思わせる。
「――お二人は、あの大男さんの仲間、なんですよね?」
「そう、私とこっちのライムと、リーダーのバースト。
さっき一緒に出たリューネに別行動中のマルス。
全部で五人いて、名前を《燃ゆる栄光》って言うんだぜ。
このギルドでは一番実力があるパーティーだと自負している。
迷惑掛けたからな、何かあれば相談に乗ってやるぜ!」
「こらカリン、安請け合いは駄目ですよ。
それと今ではそんなに手も回らないでしょうに」
「ああ、そうだった。でも私はこんな書類仕事は嫌なんだけどなー」
頭を掻きながら赤い方は困ったようにつぶやく。
まあ、そう見える。
率直で付き合うには明るくいい人だけど、頭より体で動くタイプ。
――人付き合いとかは上手そうだし、そういう意味では受付も大丈夫なのか。
「仕方ないでしょう、受付のセレさんが倒れちゃったんだから」
「それはそうなんだけどー」
「……やはり、何か大変そうですね」
「大変も大変、いきなり二十人が行方不明だからね」
二十人の行方不明、か。
村へ攻め入ろうとした冒険者の人数もそのくらいだったはず。
ただ、行方不明扱い……それならギルドでも調査はしてそうだ。
「ギルドで調査とかはしないんですか?」
「もちろんやりました、ギルドのほぼ四割に近い人数が一日で消えたんです。
ただ、結果としては自業自得という結論になりました」
「自業自得、ですか」
「そいつら全員がギルドを通さずに依頼を受け、そのまま消えたんだ。
そうなれば自業自得、遺族を把握してれば最小限の説明義務は果たすけど、それ以上は何もしない。
報酬がうまかったのだろうね、そういう話には必ず裏があるってのに」
黄色い方が言いながら小さく舌打ちする。
馬鹿にしてるようで残念がってるのが見えていた。
先程の人もそうだが、こういう仕事をしてる割にみんないい顔をしている。
そんな見当違いの考えをしてる内に、ルイラちゃんが話を受け継ぐ。
「ただ、人数が一気に減ったせいで依頼が貯まりっぱなしです。
原因調査後の細かい書類仕事も冗談じゃすまない量でした。
追加で依頼の確認・再依頼、既に依頼を出した方々からの苦情。
元受付のセレさんも倒れ、見習いの自分が書類仕事と受付を同時にしてます。
《燃ゆる栄光》の皆さんにも、ご迷惑をおかけしていますし」
「良いって良いって! ルイラちゃんが気にしなくてもいいの!」
「こういう時こそお互いに助け合わないと。
それが私たち、《燃ゆる栄光》だからね」
目の前の会話を黙々と聞きながらそっと胸を撫でおろす。
ギルド内に私やエルフに対しての悪感情が広まっているのも想定したけど。
入った瞬間、後ろから攻撃されてどっかに運ばれるかもと思っていた。
こんな人たちがいればとりあえず、ギルド内は大丈夫と思っていいだろう。
そう安心した上で先程までの情報を整理した時、一つ気になることがあった。
それは依頼が溜まりっぱなしという事。
いや、確かに人が一気に減ってしまったんだ。
そうなるのは頷けるし、仕方のないことだとは思う。
でも、それならこのギルド内には受付以外の人が居ないか、あるいは忙しくしているべきだ。
なのに、そういう割にここは人が多すぎる。
どこか顔に影がある人もちらほら見えるけど、暇そうに駄弁ってる者までいた。
忙しいという言葉とは掛け離れすぎてるその姿に面食らってる私を見て、後ろからため息が聞こえた。
「因みに、何も言わなくていいわよ。知ってるし半分は聞かせてるんだから」
「――理由を聞いてもいいですか?」
「……行方不明とは言っても、事実上は死んでも同然ですからね。
それで悲しんでるのが半分です」
「じゃあ、残りの半分は?」
「仕事が無いってぼやく救いようのないゴ……人たちです」
途中で言い換える青い方、でもその軽蔑する目だけは隠してない。
しかし、向こうは気にもしてないように見えた。
――ちょっとだけ居心地が悪くなった気分はしたが。
この雰囲気ならこのまま聞いたらすんなり教えてくれそうだ――が。
ここから先はエルフの一件とは関係ない、ギルドの闇に関わる。
知っておいて損はないだろうけど、流石にこの場に長居したくはない。
軌道修正しようか。
ギルドと関わるのは良いが、先ずは目的を優先しよう。
「なんか、込み入った話のようですね。
――ちょっと後ろがチクチクし始めました」
「あ、悪い! お客様にする話じゃなかったね流石に。
それで、今日はどのようなご用件で?」
「そんな大したことじゃないんですが、都市内の情報ならこっちが早いと思って」
「都市内の情報なら確かに扱ってますが、どのような情報を?」
青い方の質問に、そっと深呼吸をする。
今回のこのギルド訪問で一番やっかいな案件は正しくこの理由作りだった。
ただの街案内を頼めるのは意味がない。
私が欲しい情報は人間がエルフをどう思ってるのか。
人間がどれほどエルフを知ってるのかに限る。
ルニーさんたちと出会い、会話したことで人間が持つエルフの認識を知った。
でもそれはあくまでも一般人の、個人の認識になる。
この都市内の戦力として数えられる二つの勢力、ギルドと兵士。
そういう組織の人間が持っているエルフの認識が知りたかった。
それを知るために、どんな質問を投げれば疑われずに聞き出せるか。
相当悩んでたけど、昨日の時点でやっと条件がクリアした。
「実は、私はこの都市の人間ではないのです。
観光がてら来たのですが、都市内で明らかに浮いている建物が一つあってですね」
「浮いている――ああ、もしかして宿屋のこと?」
「……宿屋かはわかりませんが、看板には《宿り木》って書かれてました」
「やはり、そこですか」
都市内で何故か未だに存在しているエルフの建物。
街道沿いにある使われてない宿屋、立地条件も悪くない場所だ。
商売で一番大事なのは位置取りだと聞いた覚えもある。
それを踏まえると、人間たちが未だエルフの所有権を認めてるのが謎だ。
このギルドで、冒険者の彼女らがそんな建物を知らないはずがない。
今までの会話で、彼女らがここでそれなりの位置にあることもわかったんだ。
この会話で、ギルドの冒険者たちが持ってるエルフの印象を知れるはず。
こちらの事情を少し知っているルイラちゃんは、不安な顔で私をちら見している。
妙な静寂が場を支配している、そんな中――
「へっ、何をためらってんだ。
エルフ共が汚い手口で占拠している建物と言っちゃえば良いだろう!」
それをぶち破ったのは、横から飛んできた皮肉交りの男の声だった。
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※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
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御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
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