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第2章 自由の意味

17.悲しみから産まれるは ①/神685-5(Imt)-3

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 国境都市インルーのとある大通り。
 昼過ぎの都市内には大勢の人が往来していて、忙しなく動いている。
 その人波から少し離れたところに私たちがいた。

「相変わらず凄いですね、この人波は。未だに慣れそうにありません」

「慣れで言ったら、私はこっちが慣れてるかな。好きにはなれないけど」

 いつも持っている本の後ろに口を隠しているエリア。
 マントで顔と耳を隠しているので詳しくは見えないが、人混みの酔ったのだろう。
 それを見てると、今は別行動をしている二人が心配になってくる。

 昨日は夜遅くまで教会でお世話になっていたため、そのまま一晩を過ごした。
 あの神官――ウィナーも快く教会の部屋を提供したし、問題はない。
 彼は未だ信用できないが、自分の職務には忠実というのだけは伝わってたし。

 そして一晩を過ごしての早朝、レインが教会へ顔を出した。
 どうやら私が降神の場に居る時、ジャスティンが状況を見に来てたらしい。
 色々心配していたので、教会での出来事を一通り説明した。
 約束の件とかは恥ずかしかったので誤魔化したが。

 その後はレインからも昨日、レインの方でわかった情報を教えてもらったのだが。
 それが今、エレミア達と別行動を取ってる理由となる。

「姉さん達は大丈夫でしょうか……レミア姉さん辺りは本当に心配です」

「レインも一緒だし、大丈夫だろう。それより、君こそ私と一緒で良かったのか?」

「あそこは情報の確認作業ですし、こっちは人探しです。
 私としてもこっちが得るものは多い、あなたも一人に出来ませんしね」

「それは、そうかもだが」

 レインが持ってきた情報は二つ。
 一つは私が探してるあの商人の家族が、どこに住んでるかがわかったということ。
 もう一つは最近、この辺りでエルフの情報を集めている人間がいるという噂だ。
 
 後者の場合、私たちでなく監視団で調査するべきものではある。
 でも前者は伝言を伝えることで、大人数でやるものでもない。
 というか、その遺族たちに合う際は私一人のほうが良いだろう。
 そこで人数を半分に分けて、私はエリアと行動を共にすることとなったのだ。

 私と別行動を取るのに対し、エレミアが少し渋ったのは言うまでもない。
 村長の娘としても、元跡継ぎとしても、自分が行くべきだと。
 でも、だからこそ今回、二人とは別行動を取っていた。
 真実を伝えるつもりなら尚更、彼女らを連れていきたくはなかった。
 ――ただ、正直なところ、どっちが気になると言ったら後者のほうが気になる。

 このタイミングでエルフのことを調べてるのが偶然とは思えない。
 あの商人も、あそこまでしてでもエルフを欲した理由がきっとあるはず。
 もしかしたら、本来の取引先かもしれない。
 レイン達を信じないわけではないけど。

「――そんなに心配なら、こっちの用事を早めに済ませましょう」

「そう、だな。ぐだぐだ言っても始まらないか」

 こちらも、大事な役目だ。
 私が奪った命に対する精一杯の誠意でもある、蔑ろにはできない。
 あの商人の家族がこの近くに住んでるというのは、昨日聞いている。
 簡単な地図も描いてもらったから、見て訪れるだけでいい。

 エリアの方も落ち着いたみたいだし、歩くのを再開した。
 そして気を紛らわす意味も兼ねて、エリアに質問を投げる。

「そういや、エリア。昨日は何でこっちに来なかったんだ?」

「――自分は敢えて、降神の場でイミテー神との会話を楽しんでたのですよ。
 エルフの身で探求の神と会話できる機会なんて、滅多にありませんし」

「そういうことを言いたいのではない。君も知ってるだろう?」

「……私たちの間に解かないといけないわだかまりはなかったと思いますが」

 少しバツが悪そうに顔を背けるエリア。
 私が気にしているのがそんなことではないのは、エリアもわかってるはずだ。
 それに、まあ、わだかまりと言えなくもないことは一つだけある。

「一応、初対面の件はあるけどな」

「はあ? あれは私が悪かったことで結論が出たはずでは?」

「いや、私も思い返してみると、やはり大人気なかったと思ってな。
 今からでもちゃんと謝罪したい……というか、それを言いたかったのも――」

「止めてください、あの時、子供扱いされなかったのは逆に嬉しかったのです。
 それに、私を呼びたかったのは仲間外れにしたくなかったからでしょう?」

「そうだけど――」

「じゃあ良いです。こっちはこっちで有意義な時間を過ごせました。
 アユムさんとも解くべき蟠りはありませんし、万々歳です。
 それより、二柱の神に貰った祝福はちゃんと使いこなせてますか?」

「うん、まあ……使いこなすまでもない祝福だけどね」

 イミテーとプリエからいつの間にか貰ってた祝福。
 何でもフォレストが二人からもぎ取ったものらしいが、どうも納得いかない。
 祝福って、そんなホイホイ渡して良いものなのか?
 ぶっちゃけ、フォレストの腕輪まで含めると三つ目だぞ?
 ――その割には、別に強くはならなかったけど。

 イミテーの祝福は《見えないものの可視化》、プリエの祝福は《光源》だ。
 《見えないものの可視化》とは、通常では目に見えないものを見ることができる。
 別に練習が必要なものではなく、受け取った瞬間から常に発動しているもの。
 実際に、エレミアと約束を交わす際に緑色の光が見えたのは祝福のお陰だ。
 本来の私の目には映らなかったはずのものが見えた結果である。

 そして、《光源》とは言葉通りただの光を作り出す能力だ。
 使い方次第だろうけど、基本的には相手に危害を加えられるものではない。
 闇を照らす能力、それだけだ。

 もちろん、どちらもありがたい能力ではある。
 特に《可視化》は、今の私には凄くありがたい祝福だ。
 これがあればマナーを見れるし、魔術も次のステップへと進められる。
 魔術関係でもしかしたらのワンチャンがあるかもしれない。

 ただ、それは私だけの話だ。
 この世界では誰もがマナーを感じられるんだろう?
 そのことと、今まで私が手に入れた三つの祝福を少し顧みると――

「祝福って――いいや、何でもない」

「言いたいことはわかりますが、そんなものですよ。
 祝福と言っても劇的な変化を与えるものではありません。
 その神が司る物、それに関わる対象に少しの助力をしてくれるのが祝福です。
 《統一言語》だけ見てもそうでしょう」

「《統一言語》は……少しの助力では済まない祝福だと思うけどね」

「うん? どうしてですか?
 同じ村に済むのに、祝福なしでも会話は普通にできるのでは?」

「それはそうだろうけど――いや、そうか、そうだよね」

 頭にはてなを浮かべるエリアを見ながら、思い違いに一つ気づいた。
 そうか、《統一言語》があるこの世界では、この不便さが伝わらないんだな。
 言葉が通じなくて会話ができないことが、どういうものかを知らない。
 当たり前のことは、失う前にはそれがどんなに大きな物か分かりづらいものだ。

 それで一瞬、そのもしもの事態を思い浮かんではすぐさま消した。
 今はそんなことを悩むべきものではないし、私が悩んで何とかなるものでもない。
 結局のところ、少しの助力をしてくれるのが祝福というのは間違ってないんだ。
 ただ、それが計り知れないほどの影響を、この世界に及ばしているというだけ。
 この世界の人たちすらもそのことを判断しそこねるくらいには。

「アユムさんからしたら、《統一言語》はそんなに凄い祝福なんですか?」

「そうだね、この世界ではその凄さを説明しにくいのが困ったところだ」

「ふむ……《統一言語》ですか」

 私の言葉に歩きを止めずに考えにふけるエリア。
 前の人とぶつかりそうになったところを、手を取ってぶつからないよう誘導する。
 女性特有の柔らかい感触が感じられたが、エリア本人は気にもしていない。
 ただ導かれるままに歩くだけだった。

――――これは別の意味で心配だな。

 まあ、良い。
 とりあえず、商人の家族たちと会う時はエリアは置いて一人で入る予定だ。
 この調子だと少し心配だけど、とりあえず到着するまではこのまま行くとしよう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 商人の家族の家は大通りからは少し外れた、少し入り込んだどころにあった。
 地図通りに来ても見つけられなかったので、村の人に尋ねながらやっと着いた家。
 特別なことは何もない普通の家だ。
 その近くまで来ては、私はエリアと離れ一人で近づく。
 エリアは物陰に隠れて、こちらを見守ることにした。

 角を曲がり家の近くまで来ると、そこにはまだ幼い少女がこちらを見ていた。
 家の壁から背を離し、期待に満ちた目でこちらを見るも、すぐがっかりする。

 小学校五年、という感じか。
 一癖ありそうな顔立ちからは、どこかプリエを思い出させるところがあった。
 でも、プリエよりは商人の父から自然に学んだものだと思う。
 そんな少女を見ていきなり騒ぎ出す胸を敢えて無視しながら、そのまま進む。

 私が近づいてくるのを見ては、少女は私を警戒し始めた。
 しかし、それでも目を背けず私の目を真っ直ぐ見つめる少女。
 その視線を敢えて少しズラしなから話しかける

「こんにちは……ここで何をしているの?」

「――自分の家で座ってるのに、何か問題でも?」

「そういうわけではないが、こちらをずっと見てたからね」

「勘違いです、変な言いがかりは止めてください」

 そう言って、あくまでも私の言葉を否定し関わろうとしない少女。
 その姿からは動揺している素振りすら見せない。
 突っぱねるその姿は中々様になっていた。
 エリアとはまた別の意味で、子供らしくない姿だ。

 でも、ここまでしっかりしているとあの商人も気が楽だったかもしれない。
 ――いや、これには環境の影響も大きいか。

 ここまで来る道中で通り過ぎる人たちを見たけど、子供はあまり居なかった。
 兵士や冒険者のような人々や店の従業員のような人。
 普通の主婦さんとかも居るにはいたんだけど、そう数は多くなかった。

 そりゃ、安全とはいえども国境都市だ。
 他のところがどうなのかはわからないけど、魔獣もこの辺りは多いというし。
 子供を育てる環境でないことは確かであり、子供がこうなるのも頷ける。
 エリアもそうだが、もしかしてこの世界の子供たちはみんなこうなのだろうか。
 そうだとすれば、これもまた悲しいことだ。
 子供は子供らしいのが一番、早く大人になっても良いことなんてない。

 それと、この子が今ここにいる理由なんて聞かなくてもわかる。
 その理由が、胸の重りを更に重くしていた。
 ――でも、だからと言ってここで退ける問題でもない。
 遠回しはせずに、本論に入ろう。

「……一つ確認だが、君がルイラで合ってるね?」

「私の名前はどこで知ったんですか? もしかして――父さんの?」

「まあ、そんなところだ。中にお母さんはいらっしゃるか?」

「――ちょっと待ってください」

 そう言ってこっちには目も向けず、すぐさま家の中に入っていた。
 そんな少女を待ちながら、今度は私が先まで少女が居た場所に立った。
 家の壁に背をもたせて、先程私が通ったであろう道に視線を向ける。

 静寂が場を支配した。
 元々、少し入り込んだ場所にいる家なのもあって、基本は誰も通らない。
 私もここまで来る時、道を聞く人を探すのも一苦労だった。
 そんな誰も通らない道を子供がただ一人で、一人を待つ。
 その健気な努力を終わらせるのが、今日の私の義務となる。

「ままならないな……」

 手には未だあの時の感触が残っている。
 耳が千切れるほどに響いたあの悲鳴も、その顔も。
 そしてその体を貫いた時の手の感触すらも。
 いっそ忘れられたら良かったものを。
 でも、忘れられるはずがないし、忘れてはならない。
 これが、私の罪であり、一生背負いながら逝きていくべきだ。

 もう一度、深呼吸をして心を落ち着かせる。
 心の片隅で疑問が浮かぶのを無視しながら。
 他人を殺して、その家族にそれを教える役目を何で私が。
 そんな風に自分の現状を嘆くのは、いい加減やめよう。
 嘆いたところで今が変わらないのなら、心の中でのみに留める。

 そうやってあれこれ考えてる内に、家の扉が開く音が聞こえた。
 ふと視線を向けると、そこには柔らくも悲しく見える笑みを浮かべた女性が一人。
 背もたれしている私に視線が向けられ、慌てて姿勢を正す。
 そんな私を見て、彼女は少し笑いをこぼしながら聞いてきた。

「ふふっ、始めまして。私はルニーと申します。
 ご存じかと思いますが、ライの妻になります」

「始めまして、アユムと申します」

 全てを包んでくれそうな優しい声色。
 その顔と相まってどこか儚くも守ってあげたくなる雰囲気の女性だ。
 あの商人もこの雰囲気に惹かれたのだと用意に想像できた。

「夫の知り合いでしょうか。彼が家の場所を教えるなんて、珍しいことですね」

「知り合い――と言えるかはわかりませんが、そんなところです」

「まあ……それは、夫の仕事関係で?」

「はい、そうなります」

「そう、ですか」

 私の答えから何を思ったのか、一度目を瞑る彼女……ルニーさん。
 そして、家の扉近くに身を隠しこちらを見張るようにしている少女――
 ルイラちゃんへ視線を向けた。

「ルイラ、大丈夫だから、この方と二人きりで話をさせてくれないかしら?」

「本当に?」

「本当に。お母さんの目は確かなのは知ってるでしょう?」

「母さんは誰にでもそう言うから信じられないよ……」

 ルイラちゃんは文句を言いながらも、そのまま家を出る。
 軽々と走っていき、曲がる寸前に一度だけこちらを見た。
 相変わらず警戒心が混ざっているのを見て、私はただ頭を下げる。
 それを見ても表情一つ変えず、そのまま走っていってしまった。

「とりあえず、中で話しましょう。何もない家ですが、どうぞ」

「……お邪魔します」

 その一部始終を見ていたルニーさんからの誘いに、私は家の中へと入ってきた。
 お茶を飲んでらしたのか、テーブルの上には茶器が未だ残っている。

 その茶器の向かいになる席を案内され、そのまま座った。
 ルニーさんは棚からもう一つコップを出して、私の前に置いてはポットに入ってるお茶を注ぐ。
 注がれたお茶は未だにその暖かさを失っていなかった。

「どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとうございます」

 そして、勧められたままお茶を少し飲む。
 そのちょうど良い暖かさのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

 コップを置き、目の前に座ったルニーさんを見る。
 相変わらず、どこか悲しさを感じさせる笑みを浮かべている彼女。
 その笑顔は今、私に向けられている。
 今から自分が言うべきことを考えると、とても言える勇気が出なかった。

 置いたコップから手を完全に離せず、少しだけ焦りが産まれる。
 どこから話を始めれば良いのか迷ってる最中。
 先に静寂を壊したのは、結局ルニーさんだった。
 しかし――その内容は、私が想像も出来なかった内容だった

「最後に、夫は何と言いましたか?」

「――え?」

 そして、思い知った。
 彼女の悲しそうな笑みは、何の理由もなく浮かべてたのではなかった事を。
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