14 / 69
第1章 異なる現実
9.どちらに進んでも地獄なら ②/神685-4(Pri)-19
しおりを挟む
「――公開、処刑!?」
その言葉の意味に驚愕し、それを口にした人物を見ては開いた口が塞がらない。
それにこの衝撃は、私だけのものでもなかった。
「そこで、お前にはその処刑の執行人になってもらう」
「す、少し待ってください、村長!」
エルフの口で出たとは思えないくらいの過剰な単語に、頭の整理が追いつかない。
その言葉に異議を申し出てのは今まで何も言わず聞いていたレミアさんだった。
彼女は信じられないもの見るような目で村長を見ていた。
「公開処刑って……そんな非道な行為を、我々エルフが行うというのですか!?」
「非道? 非道とは、一体どこが非道なのだ?」
「我々エルフは争いを嫌い、自然を愛する誓約の種族です。
そんな我々が、他人の尊厳を踏みにじり、それを見せしめるような行為を――」
「他人? 何を言ってるのだ、レミアよ。
あれは人ではない、ただの怨敵だ」
「そんな詭弁を、神の前でも仰るつもりですか!?」
「――それに執行するのは我々ではありません、レミア殿。
あそこにいる人間です」
その顔には普段の穏やかな表情はどこにもなく。
村長さんを問い詰めるレミアさんに答えたのは、警備隊長さんだった。
私への視線はそのままにして、あくまでも平然とした声でレミアさんに答える。
「我々エルフがそのような野蛮な行為をするはずがありません。
執行するのはあくまで人間ですから」
「こんな行為に人間もエルフもあるわけないでしょう?!
そもそも主導しているのが我々という時点でその罪は消えない!
なぜ、それがわからないんですか?!」
「――それに、これは若いエルフ達への警告にもなる」
そして今回は村長さんが、先程までも少しだけ浮かんでいた笑みを完全に消す。
怒りすら込められているその表情で、ここでない遠くを睨みながら続いた。
「若いエルフ達は人間への好奇心が強く、それは年が重なるほど濃厚になっている。
それは何故か、奴らがどういう連中なのかを知らないからだ。
前回のエレミアの一件は全てそれが原因だ。
人間を恐れず、憎しまずに、ただ好奇心の対象として見たためだ。
ならば二度と同じことを起こさせないためにも、その認識は改善せねばならない」
「それは――!」
「何も言うなレミアよ、これは決定事項だ。
今回の一件はこの人間への試し以外にも一つ。
人間がどんな種族なのかを見せしめるためのものなのだ」
――その言葉を聞いて、一気に頭が冷えていく。
こいつらの狙いが何なのか、全てわかった。
そうか、結局、そうなってしまうのか。
体中の力も、気力も抜けていく。
せめての意地として、外側にはそれを見せず、なるべく淡々と言葉を発した。
「時間は?」
「明日の朝、朝食前の早朝になる。レインを迎えに出そう」
「了解しました――それで? 私への用件はそれだけですか?」
「そうだ」
「なら、先に失礼します――レミアさん、行きましょう」
「ですが――っ……わかり、ました」
レミアさんは何か言おうとしては、私の顔を見て結局静かに頷いてくれた。
――自分の顔を見れないということが、こんなに救いになるとは思わなかった。
なるべく外には出さないつもりでいるが、今の自分の顔は見たくない。
レミアさんを連れて会議室を出る時、誰も私たちを止めなかった。
レインさんだけはもどかしそうにしていたが、それだけだ。
あの雰囲気では何も喋れないのが当然だろう、寂しいとは思わない。
教会に帰る途中も、一言も喋らずそのまま帰ってきた。
そして村外れにある協会の前まで来た時、私はレミアさんを先に入らせた。
レミアさんはそんな私を見て何も言わない、いや、言えなかった。
「結局、これかよ」
足から力が抜けて、そのまま膝をつく。
もう、立ちたくもなかった。
私の、俺の今までの行動は、全てが無駄になった。
今回のこの試練という名の実態は結局こういうことだ。
若いエルフは人間がどういう連中なのかを知らないから。
人間がどんな種族なのかを見せしめるため。
人間が自分のために人間を殺す様を見せるということだ。
完璧だ、実に完璧なチェックメイトだ。
策士策に溺れるとはこういうことか。
いや、違うな。
俺の浅はかな考えは策ですらなかった。
ここで俺がこの話を受けなかったのならそれっきり。
自分でチャンスを蹴った俺が、この村で認められることは永遠にない。
当然だ、俺が殺さずともあの商人は死ぬ。
それもありとあらゆることを言われながら、最低最悪の人間として死ぬだろう。
そんな人間と同じ人間である俺を認める?
一体どうやって?
今でもこんななのにどうやってそれを埋めろと?
受けて殺したとしても同じだ。
どの道、あの商人がやったことは消えないし、私が殺した事実も変わらない。
その代償として俺は名ばかりの滞在権を得る。
ただし、俺には自分の利益のために同族を殺した人間というレッテルが貼られる。
正確には《自分のためなら同族すら殺す》人間か。
状況がどうのこうのは関係ない。
どんな事実も目の前で起きたショックな現実より説得力があるのものはない。
つまりコウモリの逸話と同じだ。
居座ることになっても、信頼は得られない。
いつか裏切るかもしれない相手を信じることは出来ないのだ。
商人と同族ということもある。
そのまま思考が進めばもっと最悪の方向に考えが至っても不思議ではない。
「くそっ――くそっ、くそっ、このくそったれが!」
怒鳴りながら地面を殴る。
誰に対してかもわからない怒りが、ただただ込み上がってくる。
他にやりようはあったのか?
こんな状況に陥らず済む方法はあったのか?
わからない、もう、何もかもがわからない。
「俺は……俺にっ! 何をどうしろと言うんだ……っ!」
「――アユムっ!」
その時、後ろから呼び声と共に、誰かが抱きついてきた。
この声は、知っている。
そもそも、私をただの名前で呼ぶのはこの村で一人しかいない。
彼女の顔は見えなかったが、濡れ始めた自分の背中から全てを察した。
そのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「……なんで、来たんだ。謹慎中のはずだろ」
「バカ! そんなことどうでも良いわよ!」
「よくはないだろ。
私なんかのために、お前まで不幸になることは――」
「私が、あんたを連れてきたの!
どこか寂しそうなあんたに居場所を与えてあげたくて連れてきたの!
こんな、こんな道化のような見世物にするために呼んだんじゃない!」
聞く人の胸が痛くなるような悲鳴が聞こえる。
この悲鳴は私のものだ。
私のために、彼女が泣き叫んでいる。
私の代わりに泣いてくれる彼女を見て――救われた気持ちになった。
ああ、何だ。
そうか。
結局、私はそれが気がかりだったのか。
こんな、わけもわからない異世界に呼ばれて、
何とかこの村でやっていくんだって躍起になって。
そこから逃げようともしなかった理由は何だったのか。
俺はそもそも、そんなにプライドが高い人間だったか?
何が《自分自身を曲げない》だ。
結局現実では曲げっぱなしだったじゃないか。
曲げたのはなぜだったか?
両親が、私が幸せになることを願ったからだ。
だから私なりの幸せを求めた過程で、余分なプライドを投げ捨てたんだ。
幸せなんて、そんな大したものじゃない。
ある程度苦労しながらお金稼いで、それで趣味とか楽しみながら老いていく。
隣で一緒に老いてくれる人が居たならもっと良いかも知れない。
でも、そこまでは望まなかった。
ただ小さな幸せを得たくて、役に立たないプライドを投げ捨てた。
プライドなんか捨てたほうが生きやすいと言われたから。
実際に生きていく分にはそっちがずっと楽だった。
ストレスは溜まったけど、外には何の影響もない。
そうやって、精一杯頑張って生きてきたんだ。
こんな異世界に来てしまったことで全てが無駄になったけど、私が頑張ってたという事実は、他の誰でもなく私が知っている。
そう、要は今も昔も期待に応えたかっただけだ。
彼女が望んだように、私もこの場所を居場所にしたくて頑張ったんだ。
誰かに期待されることのない人生だ、応えたくなるのもおかしくはない。
自分自身を曲げたくないと頑張ったのだって、恩人に見せた最初の姿が見栄っ張りの姿だったからだ。
それを演じきりたかっただけだったんだ。
そういうことだったんだと、今やっと気づいた。
「悪い、そしてありがとう。おかげで、少し楽になった」
「何がよ! こんなこと、もうやる必要もない!
アユム、私と一緒にこの村を出よう! もう準備は――」
「――駄目だよ、私はお前を村から追われる身にしたくはない」
「でもそれじゃ!」
「……けじめは、つけるさ。全てはそこからだ」
自分を抱いている手をやさしく解いて、後ろにいる彼女を見た。
泣き顔ではあったけど、あの牢獄の時よりはよっぽど良い。
どうせ、私には彼女の笑顔を守れるだけの力はないのだから。
満足の行く結果ではないが、合格点を出そう。
「明日、エレミアも来るのか?」
「う、うん、一応は……でも、アユムが望むなら!」
「駄目だ、こんな形で終わらせては何も変わらない」
「もう変わりっこないよ! それはアユムだって――」
「いや――変わりはするさ」
そのまま立ち上がって、エレミアの手を取りそのまま立ち上がらせる。
そこで、自分の右手の表から血が出てるのを確認した。
エレミアが気づかないようにそっと後ろに隠して、言葉をかける。
「とりあえず、今日はもう帰ったほうが良い。全ては明日から決めよう」
「明日、から?」
「そう、明日無事に試練を終えれば滞在は認められるんだ。
少し出かけるとか、悪くないでしょう?」
「そう……だね。そうなれば、やっと約束通り一緒にいられるし」
涙を止めて少しだけ明るくなった彼女を見る。
それを壊さないため、私も何とか笑顔を作って、彼女を宥める。
「そうそう、悪いことばかりじゃないからさ。
他のエルフ達だって、まあ、今は悪くても時間が経てば何とかなるかも知れない。
君の自慢の場所なんでしょう、もう少し信じてあげようよ」
「そうか……そうよね!
アユムがいい人だって、一緒に過ごせばきっと皆わかるようになるはずだもの!」
「ああ、だから、明日の試練が終わったら改めて決めよう、色々とな」
「わかった……内容的に頑張れとは言いたくないけど。
もし何があったら、アユムの好きなようにしてね? 私は味方だから」
「ああ、わかった――それだけは約束するよ」
そう言って、エレミアを帰らせる。
帰りながら何度も後ろを振り向いたけど、私は何も言わずに見送るだけにした。
そして、彼女が完全に視野から消えてから教会の中に入る。
当然のように、そこでは一部始終を全部見ていたレミアさんが厳しい表情で私を待っていた。
「……何を、なさるおつもりですか」
誤魔化すのは許さないという形相で私を見つめる彼女を見て、
私は、明日やるべきことの協力を求めるため、こう答えた。
「私という存在を刻みたいと、思ってます。
――協力していただけませんか?」
与えられた選択肢は二つ。
受けるか、受けないか。
選ばないなんて選択肢は存在しない。
そもそも人生に選ばないは存在しない。
時間は待ってはくれないし、生きていく以上は結局何かを選びながら生きていく。
それが自分の意思でなくとも、結果は何も変わらず、世間の目も変わらない。
最善の道は既に消えて、残るのは最悪と最低の二つのみ。
後悔しない道を選ぶのは不可能だ。
どちらを選んだとしても私はきっと後悔するだろう。
こんな時、一番に考えないといけないのは何か。
決まっている、一番大切な一つだけだ。
それさえ見失わなければ、答えなんて自ずと決まっている。
そこから先は、出来るか、出来ないかだけだ。
――――お前らが道化を欲しがるのな、なってやろう。
私の今までの人生で、恐らく最初で最大の道化っぷりを披露するとしよう。
私を、種族じゃない個人として刻むために。
その言葉の意味に驚愕し、それを口にした人物を見ては開いた口が塞がらない。
それにこの衝撃は、私だけのものでもなかった。
「そこで、お前にはその処刑の執行人になってもらう」
「す、少し待ってください、村長!」
エルフの口で出たとは思えないくらいの過剰な単語に、頭の整理が追いつかない。
その言葉に異議を申し出てのは今まで何も言わず聞いていたレミアさんだった。
彼女は信じられないもの見るような目で村長を見ていた。
「公開処刑って……そんな非道な行為を、我々エルフが行うというのですか!?」
「非道? 非道とは、一体どこが非道なのだ?」
「我々エルフは争いを嫌い、自然を愛する誓約の種族です。
そんな我々が、他人の尊厳を踏みにじり、それを見せしめるような行為を――」
「他人? 何を言ってるのだ、レミアよ。
あれは人ではない、ただの怨敵だ」
「そんな詭弁を、神の前でも仰るつもりですか!?」
「――それに執行するのは我々ではありません、レミア殿。
あそこにいる人間です」
その顔には普段の穏やかな表情はどこにもなく。
村長さんを問い詰めるレミアさんに答えたのは、警備隊長さんだった。
私への視線はそのままにして、あくまでも平然とした声でレミアさんに答える。
「我々エルフがそのような野蛮な行為をするはずがありません。
執行するのはあくまで人間ですから」
「こんな行為に人間もエルフもあるわけないでしょう?!
そもそも主導しているのが我々という時点でその罪は消えない!
なぜ、それがわからないんですか?!」
「――それに、これは若いエルフ達への警告にもなる」
そして今回は村長さんが、先程までも少しだけ浮かんでいた笑みを完全に消す。
怒りすら込められているその表情で、ここでない遠くを睨みながら続いた。
「若いエルフ達は人間への好奇心が強く、それは年が重なるほど濃厚になっている。
それは何故か、奴らがどういう連中なのかを知らないからだ。
前回のエレミアの一件は全てそれが原因だ。
人間を恐れず、憎しまずに、ただ好奇心の対象として見たためだ。
ならば二度と同じことを起こさせないためにも、その認識は改善せねばならない」
「それは――!」
「何も言うなレミアよ、これは決定事項だ。
今回の一件はこの人間への試し以外にも一つ。
人間がどんな種族なのかを見せしめるためのものなのだ」
――その言葉を聞いて、一気に頭が冷えていく。
こいつらの狙いが何なのか、全てわかった。
そうか、結局、そうなってしまうのか。
体中の力も、気力も抜けていく。
せめての意地として、外側にはそれを見せず、なるべく淡々と言葉を発した。
「時間は?」
「明日の朝、朝食前の早朝になる。レインを迎えに出そう」
「了解しました――それで? 私への用件はそれだけですか?」
「そうだ」
「なら、先に失礼します――レミアさん、行きましょう」
「ですが――っ……わかり、ました」
レミアさんは何か言おうとしては、私の顔を見て結局静かに頷いてくれた。
――自分の顔を見れないということが、こんなに救いになるとは思わなかった。
なるべく外には出さないつもりでいるが、今の自分の顔は見たくない。
レミアさんを連れて会議室を出る時、誰も私たちを止めなかった。
レインさんだけはもどかしそうにしていたが、それだけだ。
あの雰囲気では何も喋れないのが当然だろう、寂しいとは思わない。
教会に帰る途中も、一言も喋らずそのまま帰ってきた。
そして村外れにある協会の前まで来た時、私はレミアさんを先に入らせた。
レミアさんはそんな私を見て何も言わない、いや、言えなかった。
「結局、これかよ」
足から力が抜けて、そのまま膝をつく。
もう、立ちたくもなかった。
私の、俺の今までの行動は、全てが無駄になった。
今回のこの試練という名の実態は結局こういうことだ。
若いエルフは人間がどういう連中なのかを知らないから。
人間がどんな種族なのかを見せしめるため。
人間が自分のために人間を殺す様を見せるということだ。
完璧だ、実に完璧なチェックメイトだ。
策士策に溺れるとはこういうことか。
いや、違うな。
俺の浅はかな考えは策ですらなかった。
ここで俺がこの話を受けなかったのならそれっきり。
自分でチャンスを蹴った俺が、この村で認められることは永遠にない。
当然だ、俺が殺さずともあの商人は死ぬ。
それもありとあらゆることを言われながら、最低最悪の人間として死ぬだろう。
そんな人間と同じ人間である俺を認める?
一体どうやって?
今でもこんななのにどうやってそれを埋めろと?
受けて殺したとしても同じだ。
どの道、あの商人がやったことは消えないし、私が殺した事実も変わらない。
その代償として俺は名ばかりの滞在権を得る。
ただし、俺には自分の利益のために同族を殺した人間というレッテルが貼られる。
正確には《自分のためなら同族すら殺す》人間か。
状況がどうのこうのは関係ない。
どんな事実も目の前で起きたショックな現実より説得力があるのものはない。
つまりコウモリの逸話と同じだ。
居座ることになっても、信頼は得られない。
いつか裏切るかもしれない相手を信じることは出来ないのだ。
商人と同族ということもある。
そのまま思考が進めばもっと最悪の方向に考えが至っても不思議ではない。
「くそっ――くそっ、くそっ、このくそったれが!」
怒鳴りながら地面を殴る。
誰に対してかもわからない怒りが、ただただ込み上がってくる。
他にやりようはあったのか?
こんな状況に陥らず済む方法はあったのか?
わからない、もう、何もかもがわからない。
「俺は……俺にっ! 何をどうしろと言うんだ……っ!」
「――アユムっ!」
その時、後ろから呼び声と共に、誰かが抱きついてきた。
この声は、知っている。
そもそも、私をただの名前で呼ぶのはこの村で一人しかいない。
彼女の顔は見えなかったが、濡れ始めた自分の背中から全てを察した。
そのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「……なんで、来たんだ。謹慎中のはずだろ」
「バカ! そんなことどうでも良いわよ!」
「よくはないだろ。
私なんかのために、お前まで不幸になることは――」
「私が、あんたを連れてきたの!
どこか寂しそうなあんたに居場所を与えてあげたくて連れてきたの!
こんな、こんな道化のような見世物にするために呼んだんじゃない!」
聞く人の胸が痛くなるような悲鳴が聞こえる。
この悲鳴は私のものだ。
私のために、彼女が泣き叫んでいる。
私の代わりに泣いてくれる彼女を見て――救われた気持ちになった。
ああ、何だ。
そうか。
結局、私はそれが気がかりだったのか。
こんな、わけもわからない異世界に呼ばれて、
何とかこの村でやっていくんだって躍起になって。
そこから逃げようともしなかった理由は何だったのか。
俺はそもそも、そんなにプライドが高い人間だったか?
何が《自分自身を曲げない》だ。
結局現実では曲げっぱなしだったじゃないか。
曲げたのはなぜだったか?
両親が、私が幸せになることを願ったからだ。
だから私なりの幸せを求めた過程で、余分なプライドを投げ捨てたんだ。
幸せなんて、そんな大したものじゃない。
ある程度苦労しながらお金稼いで、それで趣味とか楽しみながら老いていく。
隣で一緒に老いてくれる人が居たならもっと良いかも知れない。
でも、そこまでは望まなかった。
ただ小さな幸せを得たくて、役に立たないプライドを投げ捨てた。
プライドなんか捨てたほうが生きやすいと言われたから。
実際に生きていく分にはそっちがずっと楽だった。
ストレスは溜まったけど、外には何の影響もない。
そうやって、精一杯頑張って生きてきたんだ。
こんな異世界に来てしまったことで全てが無駄になったけど、私が頑張ってたという事実は、他の誰でもなく私が知っている。
そう、要は今も昔も期待に応えたかっただけだ。
彼女が望んだように、私もこの場所を居場所にしたくて頑張ったんだ。
誰かに期待されることのない人生だ、応えたくなるのもおかしくはない。
自分自身を曲げたくないと頑張ったのだって、恩人に見せた最初の姿が見栄っ張りの姿だったからだ。
それを演じきりたかっただけだったんだ。
そういうことだったんだと、今やっと気づいた。
「悪い、そしてありがとう。おかげで、少し楽になった」
「何がよ! こんなこと、もうやる必要もない!
アユム、私と一緒にこの村を出よう! もう準備は――」
「――駄目だよ、私はお前を村から追われる身にしたくはない」
「でもそれじゃ!」
「……けじめは、つけるさ。全てはそこからだ」
自分を抱いている手をやさしく解いて、後ろにいる彼女を見た。
泣き顔ではあったけど、あの牢獄の時よりはよっぽど良い。
どうせ、私には彼女の笑顔を守れるだけの力はないのだから。
満足の行く結果ではないが、合格点を出そう。
「明日、エレミアも来るのか?」
「う、うん、一応は……でも、アユムが望むなら!」
「駄目だ、こんな形で終わらせては何も変わらない」
「もう変わりっこないよ! それはアユムだって――」
「いや――変わりはするさ」
そのまま立ち上がって、エレミアの手を取りそのまま立ち上がらせる。
そこで、自分の右手の表から血が出てるのを確認した。
エレミアが気づかないようにそっと後ろに隠して、言葉をかける。
「とりあえず、今日はもう帰ったほうが良い。全ては明日から決めよう」
「明日、から?」
「そう、明日無事に試練を終えれば滞在は認められるんだ。
少し出かけるとか、悪くないでしょう?」
「そう……だね。そうなれば、やっと約束通り一緒にいられるし」
涙を止めて少しだけ明るくなった彼女を見る。
それを壊さないため、私も何とか笑顔を作って、彼女を宥める。
「そうそう、悪いことばかりじゃないからさ。
他のエルフ達だって、まあ、今は悪くても時間が経てば何とかなるかも知れない。
君の自慢の場所なんでしょう、もう少し信じてあげようよ」
「そうか……そうよね!
アユムがいい人だって、一緒に過ごせばきっと皆わかるようになるはずだもの!」
「ああ、だから、明日の試練が終わったら改めて決めよう、色々とな」
「わかった……内容的に頑張れとは言いたくないけど。
もし何があったら、アユムの好きなようにしてね? 私は味方だから」
「ああ、わかった――それだけは約束するよ」
そう言って、エレミアを帰らせる。
帰りながら何度も後ろを振り向いたけど、私は何も言わずに見送るだけにした。
そして、彼女が完全に視野から消えてから教会の中に入る。
当然のように、そこでは一部始終を全部見ていたレミアさんが厳しい表情で私を待っていた。
「……何を、なさるおつもりですか」
誤魔化すのは許さないという形相で私を見つめる彼女を見て、
私は、明日やるべきことの協力を求めるため、こう答えた。
「私という存在を刻みたいと、思ってます。
――協力していただけませんか?」
与えられた選択肢は二つ。
受けるか、受けないか。
選ばないなんて選択肢は存在しない。
そもそも人生に選ばないは存在しない。
時間は待ってはくれないし、生きていく以上は結局何かを選びながら生きていく。
それが自分の意思でなくとも、結果は何も変わらず、世間の目も変わらない。
最善の道は既に消えて、残るのは最悪と最低の二つのみ。
後悔しない道を選ぶのは不可能だ。
どちらを選んだとしても私はきっと後悔するだろう。
こんな時、一番に考えないといけないのは何か。
決まっている、一番大切な一つだけだ。
それさえ見失わなければ、答えなんて自ずと決まっている。
そこから先は、出来るか、出来ないかだけだ。
――――お前らが道化を欲しがるのな、なってやろう。
私の今までの人生で、恐らく最初で最大の道化っぷりを披露するとしよう。
私を、種族じゃない個人として刻むために。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
クーパー伯爵夫人の離縁
桃井すもも
恋愛
クーパー伯爵夫人コレットは離縁を待つ身である。
子を成せず夫からの愛も無い。
夫には既に愛を覚える女性がいる。
離縁された後、独り身になっても生家との縁は切れており戻る場所は無い。
これからどう生きようか。
コレットは思案する。
❇相変わらずの100%妄想の産物です。
❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。
疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。
❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。
❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。
「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる