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第1章 異なる現実

7.分岐点はすぐそこまで ②/神685-4(Pri)-17

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「と、いうことだ。わかったか?」

 教会の一室。
 いつものように私とレミアさん。
 最近よく顔を出すようになったエリアの三人が集まっている部屋へ、先程の会議で決まったらしい案件を持って団長さんが訪ねて来た。

 因みに今勉強しているのは、ファンタジーの代名詞とも言える魔法だ。
 一番待ち焦がれていた魔法のことをエリアから学んでる。
 そして、それが原因で色々と凹んでいる最中だった。
 だけど今の団長さんの知らせで、その憂鬱だった気分は一気に晴れた。

「アユム様、嬉しそうですね」

「やっとここまで来たんですよ、嬉しくないわけないじゃないですか」

「アユムさんの戦略勝ち――
 いえ、まだ結果はわからないから勝ちとは言えませんが。
 とりあえず上手く行ったって感じですね」

「そうだね、エリアのおかげだ、ありがとう」

「いいえ、自分は特に何も」

「まるで、こうなることがわかっていたように見えるのだが……。
 それを私の前で言って良いのか?」

「え? 全然構いませんよ」

 私達の反応を見て何か面白くなさそうに言ってくる団長さん。
 気のせいか二週間前のあの時と今を比べてみると少し柔らかく見える。
 まあ、どっちにしろ構わないのは事実だ。
 他ならわからないけど、団長さんなら問題ないだろう。

「ほう、じゃあ聞かせてもらおうか。構わないのなら教えてくれでも良いだろう?」

「今からですか――まあ、良いですよ。どうせ暇だし」

「ほほう? 私との勉強の時間を暇と申しますか」

 私の軽はずみな発言にエリアが突っかかる。
 流石に暇と言ったのは言いすぎたか。
 ……言い訳にしかならないけど、とりあえず取り繕っておこう。

「まともに魔法を使えないんじゃ、どうしても優先順位が下がるからね。
 エリアとの勉強は普通に楽しいよ」

「そ、そうですか」

「あらあら、まあまあ♪」

「――?」

 何故か頬を赤めるエリアと、どっかで聞いたような台詞をするレミアさん。
 自分の言葉と、今の状況を噛みしめて見ると理由が一つだけ思い浮かんだ。
 けど敢えてバツマークして頭の隅っこにすっこんでおく。

 流石にそんな夢物語メルヘンな状況があるはずない。
 私は無駄な期待はしないことにしているんだ。
 だって、会って1週間だぞ?
 いくら何でも考えすぎだ。
 そもそも一体私のどこにそんな魅力があるってんだ。

「すみません、それで聞きたいのは私達の――いや、私の狙いですね?」

「ああ、そうだ。
 もしかして良からぬことを企んで――はいないだろうけど、言ってもらおうか」

「そうですね、そうだったら団長さんには言わないでしょうし。
 それに狙いと言ってもすごく単純なことです。
 単に村長さんに教会まで来ていただきたかっただけですから」

「教会まで――そうか、お前は村長に会いたかったわけか」

「そりゃそうですよ。
 エレミアとレミアさんの父でもありますし、何よりもこの村の村長です。
 この状況を打破するには避けて通れないでしょう」

 こっちから行けないのなら、あっちから来てもらう。
 考え方としてはすごく単純なことだ。
 何か似たようなことで最近怒ったような気もするが、気にしないことにする。

 ――というか、あれはそもそも怒る対象が違ってた。
 結局、元凶とは会えなかったし、私の怒りも収まったわけではない。
 余計な人……いや、神に当ててしまったから逆に申し訳ない気持ちだ。
 その意味でも、蓄積され続けていると言ったほうがいいだろう。
 まあとにかく、自分の説明の続きをしよう、と思い口を開こうとした。

「――なのにアユム様は教会から出られない。なら村長が直接会いに来ないと何も始まりません」

「だから、エレミア姉さんではない他のエルフで、村で自由に動ける人が必要だったのです」

 そして、レミアさんとエリアに先を越されてしまう。
 ――話すことがなくなっちゃったよ。
 まあ、別に良いけどね。

 ただ、この計画の具体的な内容はエリアにまだ話していないけど……。
 でも説明に割って入ったことを見るともう全貌をわかっているようだ。
 やっぱり本物には敵わない。

 使えるものは頭しかないのに、エリアより上手いところと言ったら汚いことも知ってるのと経験が少し多いのだけだ。
 どちらもすぐ追い越されると思うと、悲しくなるのは人間の性だろうか。

 ――いや、下らない感傷は後だ。
 とりあえず残りの説明を済まそう。

「まあ、ただもう少し後……具体的にいうと今月末ぐらいに動く予定でした。
 自分にも準備が要りますし、急かすとエリアが余計な誤解をするかもしれない。
 そんなことにならないように、わざと間を開けたかったのです」

 そでうも他生たしょうえん、ということわざがある。
 袖が触れ合うようなちょっとした出会いも前世からの因縁という。
 まあ、つまるところちょっとしたすれ違いもまた縁であり絆ということわざだ。
 ただこういう言葉は裏を返してもそのまま使える。
 つまりはということだ。

 一度も会わずに相手を説得するとすれば、それなりの力技を使う必要がある。
 風評というか、印象も大事だ。
 しかし、風のうわさにより印象は最悪。
 人間性も最悪だと決めつけられた場合はそれすらも上手く通じない。
 だからこそ、村長にはこちらの教会まで来てもらって、一度話をしたいと思っだ。

 それと余計な誤解とは、エリアが《私とは結局、自分の利益のためだけに会っただけ》と考えることだ。
 そう思われても仕方ないけど、そう思われないくらいの時間を置きたかった。

「しかし、それなら君自身の準備は終わってないのではないか?」

 説明後に聞かれた団長さんのこの言葉は的を射ている。
 確かに、元の計画だと後二週間は余裕があったのだ。
 明日だとわかっていれば今から魔法の勉強とか流石にしなかっただろう。
 ――――でも。

「――でも、まだ時間はあります」

「そうですね、私も手伝います。
 予想される質問などを推測して、関連情報を絞りましょう」

「じゃあ、私はその情報の説明と対策担当ですね。
 アユムさん、全部叩き込めるまで寝かせませんから覚悟してください」

「ははは……頼もしい限りだ。
 ありがとう、煮るなり焼くなり好きにやらされることにするよ」

 やれることは一通りやった。
 限られた条件で地道に確実に一歩を踏み出してきた。
 時間も余裕がないだけでないわけではない。

 ――何より私は今一人じゃない。
 今この瞬間に、ここまで軽い気持ちでいられるのはきっとこれが理由なのだろう。

 そこでちらっと団長さんに視線を向ける。
 団長さんは今のこの姿を見てどういう反応をするのだろう。
 気になったその答えは――何故かため息だった。

「はあ――まあ、意地張っても何もならないか、薄々わかってはいたし」

「??」

「――おい、

「……! はい、何でしょうか」

「私の名前はレイン――いや、だ。
 ――これからは肩書でなく名前で呼べ」

 レティーア……もしかして、レインの方が偽名だったのか。
 いや、そんなのは些細なことだ、それより大事なのは……。

「呼んでも、良いんですね」

「くどい」

 何が原因かはわからない。
 でも、認めてもらったということだろう。
 それが何よりも嬉しかった。
 つい、目の前が霞んでしまいそうな気さえするほどに。
 ――だから、いつものように返すことにした。

「わかりました――レティーア

「おまっ、ちゃん付けするな!?
 それとレインと呼べ! そっちは基本、隠す名前だ!」

「良いではありませんか、レティーア
 この神聖な教会で誰かが聞き耳を立てるはずもありませんし」

「そうです。
 私も久しぶりに姉さんの名前をちゃんと呼びたかったですし……。
 レ、レティーア

「そこ乗るな! エリアも無理して乗らなくてもいい!」

 やっぱり団長さんいじめは楽しい。
 いや、もう団長と呼ぶ理由はないけどすっかり馴染んでしまった。
 まあ、団長さんいじめだけはそのまま行くだろうけど名称は気にするとしようか。
 それと嬉しいのは事実だし、ふざけるのは最初の一回だけにしておこう。

「まあ、冗談はさておき。
 ――ありがとうございますさん。
 これで肩の荷が一つ下りました」

「ふん、むしろここからが正念場だろう。
 私も手伝う、精々頑張って付いてこい」

「はい……!」

 ああ、今日はいい日だ。
 明日はそれこそ今後の全てが決まる決戦の日とも言えるのに何の不安も沸かない。
 それは何故だろうか。
 最悪、このままここに閉じ込められたままになるかもしれないのに。

 ――いや、それでも良いと思ってるからか。
 どこにも行けないまま、ここに幽閉されたままでも。
 こんな生活が続くのならそれも悪くない。

 ああ、確かに、それは良い。
 すごく魅力的だ。
 自由は無くなるけど、どうせ自由にやれることなんてない世の中だ。
 異世界に憧れたのだって、今が辛いからだ。
 今が辛くないなら別に異世界ゆめなんていらないかもしれない。

 でも、それじゃ駄目だよね。
 惰性だせいに溺れては、このままでも良いと思ってしまったら全部止まってしまう。

 自分で言ったはずだ。閉じ込められたままは嫌だと。
 牢の中の生活なんてまっぴらごめんだと。
 舌の根の乾かぬうちにそれを自分から裏切っては駄目だ。

 まだ何も終わってない。
 いや、始まってすらいない。
 だったら、始めるために頑張らないと。
 私という存在を証明するためにも、この分岐点で決めないといけない。

――――――パシ!

 私は両手で自分の頬を力いっぱい叩く。
 頬と両手にじわじわと痛みが染みる。
 そして、驚いた表情で私を見る他の人達に微笑んで見せた。

「今日が過ぎるまでは終わらせます、皆さん、力を貸してください!」

 それぞれの反応で肯定して見せるみんなを見て、
 覚悟を決め自分も準備を進める。
 そして一度だけ、教会の外に視線を置いた。

 エレミアにも多分この知らせは届くのだろう。
 彼女はどう思っているんだろうか。
 それが少しだけ、気になった。
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