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第39話、ある騎士の話③【血塗れの狂騎士】

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「クラウス様、こんにちわ」
「こんばんわクラウス様、お仕事ですか?」
「クラウス様ー」

「……」

 そのような笑顔を向けられても、クラウスにとっては恐怖でしかない。
 あれから毎日のように聖女であるミレイはクラウスに近づいてきては腕に触ってきたり、胸を押し付けようとしてきたり、と言う行動が続いている。
 クラウスは積極的な女性は正直苦手なのだ。どうせなら自分から攻め込んで自分の色に染めるのが一番好きだと言うのに、あの女はことごとく自分の前に現れては挨拶をしてその場に居座ろうとしている。
 周りの男たちに目を向けられたとしても。

「大丈夫なのクラウス」
「……大丈夫ではないかもしれない」
「ついにクラウスに狙いを定めたのね……けど、あなたの事だから拒否ってるんでしょう。聖女様、あなたの好みではないものね」
「流石姉さん、わかってる」

 姉のクラリスはクラウスの好みなど十分承知であるからこそ、そのような発言が出来る。
 わかっている姉に感謝しながら、クラウスは青ざめた顔をしながら、今日も王宮に向かう為に重い腰を上げる。

「クラウス」

 外に出ると、クラウスを追いかけるようにしながらクラリスが声をかけてくる。
 振り向くと、いつもより顔が強張っている姉の姿だったので、様子がおかしいと感じたクラウスはクラリスに声をかける。

「どうした、姉さん」
「その……」

 何かを言おうとしているのだが、うまく言葉が出てこないらしい。
 何回かつっかえるような言葉が出たのだが、クラリスは息を飲み、いつもの笑顔を見せながらクラウスに声をかける。
 いつもと変わらない、笑顔で。

「仕事頑張ってね、クラウス」
「ああ、行ってくる」

 変わらない顔で答えるクラリスに安堵しながら、いつものようにクラウスは騎士団の仕事の為歩いていく。
 彼のその後姿を、何処か追い詰めたかのような顔をしながら見つめている姉の姿に気が付かないまま。

 それがまさか、自分の運命を変える日だとは全く思わなかった。

 いつものように騎士団の稽古をはじめ、昼食の時間だったので軽く何かを食べようかと動き出したとき、聖女のミレイがクラウスに気づいてこちらに向かってきていた。

「クラウス様!」
「……」

 多分、ものすごい顔をしていたのかもしれない。自分でもわかるような、引きつった顔をしていたのだろう。隣に居た一人の同僚が驚いた顔をしてクラウスに目を向けていた。

「く、クラウス様、僕は先に戻っています」
「ああ、そうしてくれ」

 隣に居た同僚は後輩であり、騎士団に入ってきた人物だったため、まだ聖女と目を合わせていないからなのか、聖女の『魅了』にかかっていない人物である。
 外した方がいいのではないだろうかと思ったらしく、青ざめた顔をした同僚は急いでその場を後にした。
 とにかくこの場をやり過ごさなければならないなと思いながら、殺意を胸の中にしまい、近づいてきたミレイに軽く一礼する。
 笑顔を見せる琴なく、いつも通りの無表情な顔で。

「こんにちわクラウス様、良いお天気ですね」
「……どうも聖女様、今日は俺に何かご用でしょうか?」
「あの、その、ですね、えっと……」
「?」

 何かを言おうとしている様子も見えるのだが、クラウスにとっては今でもその『眼』はどす黒く、目を背けたくなってしまうほど。
 しかし、目を背けてしまったら、きっと何をされるかわからない。それを考えながら、クラウスはミレイに視線を合わせるようなそぶりを見せながら、目の前の少女の返答を待つ。
 もしかしたら、無茶なことを言われるのではないだろうかと考えていた時、ミレイは信じられない言葉を口にしたのだ。

「あの、実は私、ずっと前から言おうとしていたことがあるんです」
「……俺に、ですか?」
「はい、すごく、言いたくてたまらなかったんです。クラウス様に」

 自分に言いたいことと言うのは何なのだろうかと首をかしげた瞬間、その言葉を聞かなければ良かったと、後悔する事になる。

「す、好きですクラウス様!」

「……は?」

 目の前の少女は自分にめがけて何を言っているのであろうかと驚いた顔をしてしまった。
 それと同時に、ミレイの瞳からあふれ出す『モノ』が強く、闇深く感じるほど、強いモノとなった。
 これは、見てはいけない『モノ』である。

「クラウス様、私と結婚前提にお付き合いしてください!」

 ――殺してしまえば、どんなに楽なのだろうか?

 クラウスはその時、無意識に腰に下げている剣を静かに伸ばし、握りしめたのだった。


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