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第36話、留学したある一人の王子の話【トワイライト王国第一王子】

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 目の前に現れたのは、美しい『魔物』だった。

『こんにちわ~』
「……こ、こんにちわ……」

 目の前に現れた人物に、とりあえず挨拶をする事しかできなかった青年は、その場で固まり、笑顔を作った。

 トワイライト王国から隣国に留学して一年、変わりなく隣国の学園で勉学に励んでいた。
 今日も相変わらず、変わらない一日を過ごして、夜は護衛であり、同級生である男と一緒に話をしながら食事を楽しもうとしていた矢先、美しい魔物が自分に挨拶してきたのだから驚くことしかできない。
 この国に魔物が出るのか、それともこんな綺麗な魔物が。
 女性は笑いながら自分に手を振って現れ、そして静かに一礼しながら話しかける。

『突然話しかけてしまってごめんなさい。あなた、トワイライト王国の第一王子、で大丈夫かしら?』
「あ……俺の素性を知っているのか?」
『ええ、あなたを求めてこの国に忍び込んだのよ。この隣国すごいわね、魔術にかけているって感じ……魔物除けの結界があった時はどうしようと思ってたわ。カルーナのお守りを頂いておいて正解ね』
「カルーナ……何処かで聞いた名前だなぁ……その、あなたは何者?」
『紹介が遅れたわ。私はサーシャ。あ、この名前は私の友人が付けてくれた名前だから貶したら許さないわ。トワイライト王国とこの隣国の間にある『森』を管理しているドライアドよ』
「それって……」

 青年はその言葉を聞いて驚いた。
 自分の国とその隣国の間にある森は、魔物の巣窟と呼ばれており、自分たちの世界では通称、『死の森』とも言われ恐れられている場所だ。普通の人間ならその森の中に入る事はない。
 その森を管理しているドライアドとなれば、かなり油断が出来ない相手でもある。もしかしたら自分を殺しに来たのではないだろうかと疑ってしまう程、思わず警戒してしまった男に対し、サーシャと名乗ったドライアドは両手を広げながら慌てる。

『ちょっと、勘違いしないで!私はあなたを殺しにきた刺客でもなんでもないのよ……はぁ、クラウスって言う男を知っていたら、答えてほしいわ』
「クラウス……クラウス・エーデルハット……『血濡れの狂騎士』か?」
『そう、その狂騎士さんの事で。彼、あなたに会いたくてこの国を目指していたんだけど、大怪我を負って今うちの森の中にある村に居るのよ。うちの村にはケガを見てくれる子がいるから今は元気よ』
「俺の所に……?」

 青年はクラウス・エーデルハットとは少ししか面識はないのだが、クラウスには弟と姉がいる。
 その二人とは仲良くしており、肝心のクラウスの弟については――。

「陛下、あの……」
「……ああ、ガイル、すまない気がつかなかった」
「いえ、それより魔物――」
「いや、大丈夫だ。剣を収めてくれ」

 クラウスの名前で気配に気づいていなかったことに失念していたが、ガイルと呼ばれた男を見て、サーシャは驚いた顔をしてガイルに目を向けている。

『あれ、あれれ?この子、狂騎士によく似ているわ……目元がそっくり!』
「狂騎士って……クラウス・エーデルハット……兄の事ですか?」
『ええそうよ……王子様、この子クラウスのご家族?』
「ああ、実の弟で私と一緒に留学している。護衛としてな……だからなのかもしれない。クラウスがこちらに向かおうとしていた理由がわかる」
『なるほどね、弟さんに会う為でもあったと……もう、まだまだ秘密がありそうね、クラウスって』
「ちょ、ま、待ってください陛下!何が何だが……」
「とりあえずえっと、サーシャ殿。一から説明してくれるとありがたい」
『そうね。じゃあよく聞いてね――』

 サーシャは笑顔でフフっと笑いながら内容を話し始めた。

 クラウスが大けがを負って、村に来て、ケガを治すまで村の中に居る事。
 トワイライト王国の現状と報告。
 このままではトワイライト王国が滅びてしまうと言う事。
 その話を全て聞いた後、二人は青ざめた顔をしながらお互い見つめた後、青年である王子が静かに息を吐いた。

「……最近、父や母から連絡がなかったのは、そのせいだったのか。私が居ない間に『聖女召喚』を行い、その『聖女』が魅了を使って国を意のままに操っていると……」
「……兄や姉、父や母たちに連絡が取れないからおかしいと思っておりました。まさか、兄がそのような目に……父たちはどうなったのでしょうか!?」
『それは私にもわからないわ。ただ、クラウスが言うには家族の助けもあって逃げ出す事が出来たって話よ』
「父上、母上、姉上……」
「……クラリス」

 クラリス・エーデルハット。
 ガイルとクラウスの姉であり、王子にとっては大切な友人であり、相談相手でもあり、そして大切な人でもある。
 そんな彼女にすら連絡が取れなくなってしまった事は気にしていたのだが、そのような出来事があったなんて、知る由もなかった。
 サーシャは静かに息を吐きながら、話を続ける。

『クラウスの方のケガがもう少しで完治するのだけど、それからの事はどうするのか私は聞いてないの。ただ、連絡を取るためにあなたたちに会いに来ただけだから……あなたたちはどうしたい?』
「……陛下、俺は兄と会って話をしたいのですが……ですが俺はあなたの護衛騎士です。あなたから離れる事は許されません。俺は、あなたの命令で動きます」
「そうか……サーシャ殿」
『なぁに?』
「私たちをあなたの管理する森の中に入る事は可能だろうか?」
『大丈夫よ、魔物たちは私と一緒に居れば襲う事はないから……それに、あなたの護衛騎士の少年君、強そうだしね』

 フフっと笑いながら答えるサーシャに対し、心を決めた二人はお互い顔を見合わせ静かに頷く。

「では行くか、その村へ」

 拳を握りしめながら、そのように答える王子に対し、ガイルは笑顔で頷いた。
 
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