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第30話、闇が、迫っている。

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「――こんにちわ、ルーナさん」

 気まずそうに笑顔で挨拶をしてきた男性――ルフトにルーナはいつものように笑みを零しながらお辞儀をする。
 背後には機嫌が悪そうな男が睨みつけるようにルフトに視線を向けていたなど、知らないフリをしつつ。

「こんにちわ、ルフト様。今日もおばあちゃんの所ですか?」
「まぁ、毎日呼び出されているんだよね……色々な魔術を見せてくれるから、楽しいけど」
「コキ使われてますねぇ……」

 あれからルフトはカルーナの所でケガが治るまで居候と言う形で一緒に暮らしているらしく、家の手伝いのようなことをやらされているらしい。現に挨拶をしてきた時にはルフトの右手には箒が装備されているのだ。
 可愛らしいエプロンを装備しながら、入り口の掃除をしているらしく、笑いながら話しかけてきてくれる。
 あの日以降、ルフトは以前より穏やかな表情を見せるようになっていた。気まずそうな顔を見せる事もあるが、それ以上に何処か楽しんでカルーナの家の手伝いをしている。
 ルフトとクラウスの関係は相変わらずだが。

 トワイライト王国で『魅了』にかかってしまったルフトはクラウスを突き放した。友人と言う形だったはずなのに、彼はクラウスよりも聖女である人物を選んだ。
 例えそれが、『魅了』されていたとしても。
 この森に来て、この村に来て、どうやら『魅了』と言うモノは解けたらしいのだが、それでも相変わらず二人は平行線と言う感じになっている。
 ルーナもはっきりと、ルフトの味方はしないと言っているのだが。

「やっぱ男手は助かるねぇ、ヒヒッ」
「あ、カルーナおばあちゃん」
「クソ孫、今日もデートかい?」
「デートじゃないですよクソババアーアシュレイの所に行きつつ、狩りをしてました」

 そのように言いながら狩って解体してきた野兎を一つ、カルーナに渡す。

「相変わらず手際が良いねェー……魔力があれば、わしの魔術片っ端から叩き込んでやるのに」
「遠慮しておきますー」

 ルーナは魔力がないから魔術師と言うモノにはなれない。正直昔少しだけ憧れてしまった、と言うのはあるのだが、現実的には今はそう言うのは考えられない。
 寧ろ、絶対に厳しく、魔術を教わる光景が目に浮かぶので、それだけは勘弁してもらいたいと思いつつ、野兎を受け取った事を確認し、その場から離れようとしたのだが。

「ルーナ」
「ん?」

 カルーナがルーナの名を呼んだので、振り向くと、先ほどの笑っている顔ではなかった。
 少し思いつめたかのような顔をしているカルーナの姿が異常だと感じたルーナは真剣な顔でカルーナに近づいた。

「どうしたの、おばあちゃん……いつも以上に真剣な顔して」
「わしだって真剣な顔をするわ……前、お前に『勇者』の話をしたことあるな?」
「あ、うん……大罪を犯した勇者の話、だよね?」

 突然どうしてその話が出てくるのか、ルーナにはわからない。
 しかしカルーナは少し考えた素振りを見せた後、家の中に入って行ったので、ルーナ、そしてクラウスの二人はカルーナの後を追うようにしながら家の中に入る。
 家の中に入ると、カルーナの私物があふれ出るようにしながら置かれており、小さな机の真ん中に水晶のようなモノが置かれていた。

「気まぐれに、占いをしてみたんじゃよ」
「天気占い?」
「それもあるがの……」

 ルーナとクラウス、そしてルフトの三人は近くに無造作に置いてあった古い椅子に手を伸ばし、その場に座る。
 カルーナも自分専用の椅子に座り、机に置かれている水晶に指先を一つ、置いた後静かにため息を吐く。

「今朝、少し嫌な予感がして、天気を予測すると同時に、お前の事を占ったんじゃ」
「ボ……私の事?」
「ああ……わしの占いは当たるか当たらないかわからん……ただ――」

 不安そうな顔をしながら言葉を閉ざすカルーナの姿。
 このような姿を、ルーナはあまり見た事がなかったのだが、そこまで言っておいて言わないと言うのは理解出来ない。

「おばあちゃん、大丈夫だから話して」
「……」

 ルーナはカルーナの手に自分の手を重ね合わせ、真剣な眼差しでカルーナを見る。
 その視線に気づきながらも、カルーナは再度息を静かに吐き、そして重い口をゆっくりと動かした。

「お前に、闇が迫っておる」
「闇?」
「以前も同じようなモノを一度だけ見た事がある。わしはこの森に来る前、戦いの肴に見た、『闇』だ……その闇は、一人の少年だった」
「ひとりの、少年?」

「イチヤ・ミネクラ……嘗て、『勇者』と呼ばれ、今は『魔王』と呼ばれておる犯罪者じゃ」

 ルーナはその時、その名を言われた瞬間、胸に激しい痛みを覚えた。
 まるで、心臓に何かが刺さるかのような、強い痛みが。
 目を見開くと同時に、ルーナはそのまま胸を抑えながら蹲る。

「ルーナッ!」

 クラウスが急いでルーナの身体を支えるかのように、手を伸ばしてきた時には彼女の意識は混乱し、手放した後だった。
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