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第26.5話、ベリーフはいつも彼女たちを想っている。
しおりを挟むそれは、ベリーフと言う悪魔がアリシアの前に姿を見せる前日。
ベリーフは少し特殊な悪魔であった。
悪魔と言う存在はこの世界から嫌われているので、受肉する事も出来ず、誰かの魔力を持ってしないと生きられない存在を、悪魔と言う。つまり、召喚術で人間と契約できなければ、意味のない存在。
しかし、ベリーフだけは違った。彼は、昔から、いや、この世界から悪魔が嫌われる前からこの世界に居続けた存在である。
人を嫌い、他社を嫌い、一匹狼のように生き続けてきた彼が唯一心を開いたのは、一人の人間の女性だった。
アリス・カトレンヌ――氷の魔術師として有名な、ある国の王宮魔術師である。
ベリーフが初めてその人間の興味を持ったのは、彼女の心を見たからである。何人、何十人、何百人と人間の欲深い心を見てきたのだが、アリスはそれ以上に心が清らかで、本当に人間なのかと言うぐらい、欲がない存在だった。
初めて見た欲のない人物に、ベリーフは心が躍り、初めて興味と言うモノを示し、彼女に近づいた――のだが、彼女は数年後にはこの世からいなくなってしまう。
人間と言うモノは脆いと聞いていたからこそ、もう少し生きても良かったのではないだろうかと言う事を考えながら、それからベリーフは時々、アリスの家族を見守っていた。
アリシア・カトレンヌと言う少女が居た。
彼女はアリスと瓜二つまでとはいかないが、同じような心の持ち主であり、同時に不思議な魂の持ち主だった。
どうしてそのように思ったのかわからないが、複雑な魂にある意味興味を引かれたベリーフは彼女が母親と同じ王宮魔術師になるまで待ち、接触を図った。
やはり最初はアリスのように嫌そうな顔で見つめられたが、その後は少しずつ、声をかけてくれることもあったし、反応してくれることもあった。何故かいつの間にか隣に居るレンディスと言う男は気に入らなかったのだが。アリシアの前に立ち、簡単に話をしようとするたびに、突然現れるレンディスの事を、ベリーフは好ましく思わなかった。
同時に、すぐにわかった。この男はアリシアに恋愛感情を抱いていると言う事に。
幼い頃から興味を抱いていたアリシアをこの男に簡単に取られるつもりはないと思いながら、ある意味父親目線でアリシアを見ているベリーフはレンディスに何回も妨害、攻撃を行う事があった。
しかし、ベリーフは決して味方ではない。
敵にもなれば仲間にもなる――ベリーフはアリシア達にとっては、中立の立場にいる存在だった。
アリシア達の所で何か騒動が起きたと風の噂で耳にしたのだが、ベリーフは別に興味もなかったし、静かにいつもの場所で横になりながら鼻歌を歌っていた時だった。同族の匂いがしたので思わず体を起こすと、そこには見慣れている悪魔の女性が一人、息を吐きながら立っている。
「……こんにちわ、ベリーフ様」
「やぁリリス。久しぶりだね」
リリス――彼はアリシアとレンディスの同僚であり、この国の第一王子であるファルマ・リーフガルトと召喚獣であり、上級と言っていいほどの悪魔だ。まさかリリスが自分の前に現れるとは少しだけ驚きつつ、彼女が自分の所に来るには絶対に何か理由があるのだろうと認識してるので、いつもの笑顔で出迎えると、リリスは一礼しながら話始める。
「突然現れた事、平にお許し下さいませ」
「大丈夫大丈夫。僕は気にしていないから……何かよからぬ事でもあった?」
「ただいま王宮が少し荒れておりまして、我が主の命により参上いたしました。少しだけお時間いただけないでしょうか?」
「君の主のご命令と言う事は……アリシアに関わっている件かな?」
「はい」
「じゃあ聞こう」
ベリーフにとって他の人間たちはどうでも良いのだが、アリシアに関しては別だ。彼は今でもアリスの事を心から思っているし、その娘であるアリシアの事も可愛いと思っている。彼女が関わっているのであれば耳を通しておかなければならないと考えたベリーフはいつもの笑顔を見せる。
「正妃である、ラフレシア様が自分で毒を飲んでお亡くなりになりました」
「……え、マジで言ってる?」
「はい、マジです」
「いやいやいや、それは絶対にない!ラフレシア・リーフガルトの事言ってるんだよね?影武者が実は飲んじゃいましたーって言う話じゃないよね?」
「間違いなく、ラフレシア・リーフガルト様です」
「……いやいや、あの欲丸出しの女が自殺するわけないでしょう」
アリスとアリシアの事を観察していたからこそよく知っている。ラフレシア・リーフガルトと言う女は一番、欲深い、毒婦と言っていいほどの女だ。そんな女が簡単に、しかも自分の手で死ぬはずがないと真っ向から否定するベリーフにリリスは少しだけ困った顔をする。
しかし、同時に――。
「……そう言えば最近、ラフレシアの所から変な感じがしていたのを思い出す。近くで見なかったからそこまで気配は感じ取れなかったんだけど」
「はい、聞いた話だと最近『占い師』と言う男性が出入りしていたとの事です。それと、実は王妃が亡くなる時に、彼女の部屋から微かに『同族』の匂いが致しました」
「……あーなるほど、簡単に考えられると、その『同族』が何かと偽って飲ませた、とリリスは考えているんだね?」
「単純なお話ですが」
「……」
そのままベリーフは何かを考えこむような体制を数分整えた後、再度リリスに視線を向ける。突然視線を向けられた事で少しだけ驚いてしまったリリスだが、すぐさま平然さを取り戻す。
「誰かがアリシアをハメようとしてる?」
「……我が主はそのようにお考えです」
「うん、僕もそう思った」
アリシア・カトレンヌはラフレシアが嫌いだという事は周りの人物たちが噂するぐらい知っている。同時に今回、婚約破棄の件でアリシアは息子をぶん殴っている。
もし、最初からこれが仕組まれていたとしたら――誰かが、アリシアを狙っていると言う可能性が高い。
アリシアは考える事よりも手を動かす事の方が好んでいるのは、昔から見てきているから知っている――それを考えながら、ベリーフは笑った。
笑った瞬間、真顔になった。
「……うん、これはちょっとお仕置きしないといけないよねぇ」
フフっと笑うベリーフの姿に恐怖を覚えながら、静かに汗を流す。
「……ベリーフ様」
「ん?」
「我が主からの伝言です。アリシア様の所に行って、伝えてほしいと」
「あれ、君のご主人様は今無理な感じ?」
「王宮が荒れ始めてきたのでそちらに対応しないといけないと、涙ながら訴えておりました。申し訳ございませんが……」
「ああ、別に良いよ全然。アリシアに久々に顔を見に行こうと思っていたし……それに、風の噂から聞いたんだけど」
「はい……ッ!」
「――レンディスがアリシアに求婚したって、本当?」
笑いながら答えるベリーフの姿に、リリスは何も答えられなかった。リリスにとって、ベリーフと言う存在は、主であるファルマ以上の存在だ。リリスですら、このベリーフと言う悪魔には勝てない。
そして彼は、アリシアの事を娘のように、大事に思っていると言う事は知っている。
つまり、求婚話を聞いた彼にとっては、レンディスはもはや憎しみの対象でしかないのだろうと考えながら、静かに頷いた。
頷いたことはつまり肯定、本当の事だろうと理解したベリーフは再度笑いながら、指先をボキっとならす。
「うん、レンディスの気配がアリシアの所にあるね。ついでだからちょっとからかって、可能性があればサクっと殺しちゃおうかな?」
「流石にそれはやめてください」
「冗談だよ冗談~」
「には聞こえません」
「……しかし、うーん。黒幕かぁ……」
ベリーフは再度、リリスの背後に視線を向ける。その先にあるのは、ただいま荒れていると噂の王宮だ――『同族』の気配は感じられないが、それでもアリシアに対してよからぬ事を考えているモノが居ると言うのは理解できる。
ただでさえ、アリシアの妹、カトリーヌを傷つけた、婚約破棄をした第二王子をどうしようか考えていたのに。
(……ラフレシアの事も、いつか痛い目みせてやろうと思ったんだけどなぁ)
ベリーフはそのように考えながら伝言を受け取り、そのままアリシア達の下に向かうため消えていった。
残されたリリスはため息を吐きながら、胸を抑える。
「……生きた心地がしないなぁ……流石は、『魔王』と噂されるだけの事はあるわ……はぁ」
役目を終えたリリスはすぐにファルマの所に行こうと静かに消えるのだった。
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