上 下
28 / 32

24.考えた事なかったけど、思わず聞いてみたら距離が近かった。

しおりを挟む
「くりぃむましまし、だ」
「ま、ましまし、ですか?」
「ああ、ましましだ!」
「……何かありました?」
「…………」
 僕の言葉に対し、クロさんはそっぽを向いた状態で目線を合わせようとはしなかった。
 いつものようにパンケーキを用意したのだが、クロさんは生クリームを追加してほしいと言ってきたので、もしかしたら何かあったのではないだろうかと声をかけてみたのだが、それを言うたびに目線をそらしている。
 もしかしたら、嫌な事でもあったのか、それとも何か放棄してここに来たのか――良い事なのか悪い事なのかはわからないが、十中八九悪い事なのだろうとすぐさま理解した。
 静かにため息を吐きながら、僕はクロさんに用意したパンケーキに生クリームを追加する。
 かなりの量をかけたあと、ちょうどサクランボがあったので可愛くのせておいた。
「そんなに甘いものが食べたかったんですか?」
「……疲れたり、考え事をするときには甘いものだと、以前店主が言っていたからない」
「ああ、そんな事以前言いましたね……確かに疲れた時とかには糖分は大事ですね。流石にこれ以上の生クリームは食べ好きだと思いますが……おかわりはないですよ、クロさん」
「なぜ!?」
「食べすぎはいけないからです」
 糖分の取りすぎもよくないとクロさんに説明した後、クロさんはきっと生クリームを追加したことを後悔しているのかもしれない。
 少し涙目になりながら、一口パンケーキを口の中に入れながら、おいしそうに食べている姿を、僕は静かに見つめる。
 クロさんはこの店に来る時は必ずパンケーキを二食分食べて、朝になるまで一緒に過ごすようになっている。
 仕事は大丈夫なのかと時々聞くこともあるのだが、その時はなぜか目線をそらして笑っているので、多分抜け出しているのではないだろうかと思ってしまった。
 そもそも、クロさんの仕事っていったいどんな仕事なのだろうかと、ふと考えてしまった。
 聞くつもりはなかったのだが、思わず今日はその言葉を口にしてしまったのである。
「クロさん。気にはしていたのですが……クロさんは一体どんなお仕事をしているのですか?」
「…………」
 三口目のパンケーキを口の中に入れたと同時に、僕の言葉を聞いたクロさんはそのまま静かに持っていたフォークを落としかける。
 そして目を見開き、僕の方に視線を向けていた。
「…………て、店主よ……」
「は、はい?」
「……俺の職業、聞きたいか?」
「え?」
 真剣な瞳でそのような言葉を口に出してきたので、一瞬ものすごく気になるので聞きたいなとも思ってしまったのだが、同時に、本当に聞いてもいいのだろうかと言う言葉が頭の中に過る。
 深くまでクロさんの事を知りたい、と思ったことはあるのだが、きっとこの先クロさんの事を聞いてしまったら、戻れなくなるような気がした。
 まっすぐな瞳で見つめてくるクロさんに対し、僕は思わず目をそらしてしまう。
 別に何かを企んでいるわけでもなく、静かに見つめるその瞳が少しだけ純粋な目に見えて、くすぐったい。
 そんな目で自分を見ないでほしいなと思いながら、どのように返事をすればいいのかわからないでいると、半分ほど食べ終わったクロさんはその場から立ち上がり、徐々に近づいてくる。
 いつの間にか壁側の方に追い込まれてしまったのは、僕の方で、再度目線を向けてみると、子供が悪戯をするような顔をしているように見えた。
 これは間違いなく何か企んでいる顔だ――と、同時に、からかってしまおうと思っている顔に違いないと理解した僕は、少しだけ恥ずかしそうな顔をしているのだと自覚しながら、クロさんの頬を片手で軽く叩く。
「もう、そうやって僕の事をからかわないで――」
「からかっていないぞ、店主」
 低い声が、耳元で聞こえる。
 その時見たクロさんの表情はどこか真剣で、先ほどの顔がどこに行ったのかわからないほど、いつもと違うクロさんの表情だった。
 叩いた手を優しく掴み、そのままクロさんは僕に顔を近づける。
 クロさんの瞳はどこか純粋で、同時に少しだけ濁っているように見えてしまったんは、僕の気のせいだと思いたい。
「く、クロさ……」
「店主」
 耳元でささやかれた声が、とてもひどく、もどかしい。
 くすぐったく感じてしまった僕は、いつの間にかこの男に捕らわれたまま。
(でも、それはいけないことだ)
 何度も理解している。
 僕は絶対に、この人のモノになってはいけないのだから。
 そんな胸に秘めている事など知らず、クロさんは口元を動かし、笑う動作をしながら答えた。

「――俺が何をしているのか、気になるのか?」

 どこか妖艶で、強く、胸が締め付けられる感覚を覚えた。
 こんなクロさん、僕は知らないのだから。
 目を見開き、驚いた顔をしていると、クロさんは満足したのかそのまま手を放し、僕から離れていく。
 先ほどの席に座り、パンケーキの残り半分を食べるために、フォークを手に取った。
「実は仕事をルギウスに押し付けてきたから、これを食べたら今日は帰らせてもらう」
「え、そ、そうなんですね……」
「……さみしい?」
「さ、さみしくないです!!」
「クク、店主の反応は本当に面白いな」
 多分、いや、間違いなくからかわれたのであろうと理解した僕は顔を真っ赤にしながら急いで厨房に引っ込んでいく。
 僕の背中を見て、クロさんが静かに何かを呟いていたことなんて、僕には聞こえなかった。

「……お前が俺の事に少し興味を持ってくれたことは、とても嬉しかったんだよ……ただ、俺がまさか『魔王』だとしたら、店主……アキノリは俺の事をどう思うだろうな」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

無自覚主人公の物語

裏道
BL
トラックにひかれて異世界転生!無自覚主人公の話

前世は救国の騎士だが、今世は平民として生きる!はずが囲われてます!?

BL
前世、自分の命を使い国全土に防護魔法をかけた救国の騎士……が、今世は普通の平民として生まれた!? 普通に生きていこうとしているのに、前世の知識が邪魔をする!そして、なぜか前世で縁のあった王公貴族達に溺愛される!! もし、生まれ変わりがバレたらとんでもないことになる……平民として生きるために普通を目指す!! 総愛されです。でも、固定。 R18は後半になります。 *をつけます。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...