上 下
27 / 32

23.いつか、別れを言わなければいけない運命だから

しおりを挟む

 ――すべての願いが叶った時、全てが終わりを告げる。

 わかっていた事なのに、正直気持ちが受け入れなかった。
 これは、この世界に来て、願いを叶えてもらって、それで終わりのはずだったのに、僕には一つだけ、やり残してしまった事が出来てしまった。
 それは、クロさんの事。
 彼は僕の事を好きだと言ってくれて、愛してると言ってくれて、僕もいつの間にかそんなクロさんの事を好きになっていたのだと思う。姉とはまた違う、何かの『依存』のような存在になっていた。
 僕の『愛』は歪んでいる。
 昔から、それは変わらない。
 誰かに『依存』していかなければ、僕にとってそれは『愛』とは言わない。
 姉の時も、僕は周りの人間を受け入れるフリをして、姉の事しか考えていなかった。
 だから姉が結婚した男に殺された時は、簡単に殺すことが出来た。
 地獄に堕とさなければ意味がなかったのだから。
 僕は善人ではないし、自分の『世界』を守るためならどんな事でもする。包丁を持って殺すことが出来るし、僕は『店長』として、『仮面』を被っているのだから。
「……」
 ジッと、僕は洗い物をする為のお皿を見つめている。
 今は客は誰も居ないので、一人だ。クロさんもまだ来ていない。
 ――怖い。
 不思議と、『終わり』を考えると、怖くてたまらない。
 終わってしまったら、僕はもう二度と、クロさんに会うことが出来なくなってしまう。
「……それなら、せめて」
 僕は今きっと、よからぬ事を考えている。
 刃物に手を伸ばし、野菜も肉も、切るものなどはない。
 強く握りしめながら、ジッと刃の先を眺めながら、静かに呟いた。
「……これで、ブスっといけるかな」
 以前、クロさんとラティさんの戦いを見た事がある。本当にファンタジーの世界なんだなと思いながら、僕の目の前で『魔法』と言うモノを見せてくれた。
 因みに僕はそんなモノ使えない。
 唯一使えるのは、この店を満月の、月の力で具現化し、店を出す事だけ。そんな僕があんな攻撃するような魔法を作れるはずがない。
 包丁でブスっとさす事なんて、絶対に出来ない。ましてやクロさんに。
「……絶対に嫌われるな、うん」
 蔑んだ目をするクロさんがちょっと想像出来ないなと思いながら、僕は包丁を閉まった後、冷蔵庫から取り出したのは大きなアイスクリーム――ブラットオレンジの味がするアイスクリームだ。
 カップを開けて、お皿に簡単に盛り付ける。
 頭を冷やすならアイスクリームだと、僕の頭はそのように結論付けたのだ。
「何より、実はちょっと気になっていたんだよね、ブラットオレンジの味のアイスクリーム」
 普通のオレンジでもよかったのだが、今回はあえてブラットオレンジにしてみたのだ。しかも、大人のアイスクリーム、と言う感じだ。
 少しだけなのだが、このアイスクリームお酒が入っている。ほんの少しなので、実は僕は昔からアルコールと言うモノが苦手でお酒を飲んだことはないのだが、少量は大丈夫だ。
 アイスクリーム用のスプーンで軽く掬って一口、下に乗せた瞬間、味が広がってくる。
 ちょっとだけ酸っぱく、オレンジの味がして美味しい。僕は思わず口を押えながら肩をあげ、堪能する。
「んー……美味しい……酸味があって、いいなぁ」
 僕は昔から、こういう系のモノが好きだ。今でも好きだと、思いたい。
 ただ、最近食べていなかったなと思いつつ、もう一口と、口の中に入れてみる。オレンジの味がしっかりしていて、美味しい。
 自分で作ったアイスクリームではないからこそ、美味しく作られているからこそ、美味しいと思えるのではないだろうかと、何度も考えてしまうが、今はそんな事どうでも良い話だ。
 僕は誰も居ない『場所』で一つ、冷たい物を食す。
 人の話し声すら聞こえない店内の中で、僕はもう一度月の神様の――ルナの事を思い出していた。
 願った願いは、一度しか叶えられない。もう、これは決められた事なのだ。
「……はぁ、ダメだなぁ、欲張りで」
 クロさんの隣に居たいなんて――そんな願いを考えてはいけないと、わかっているはずなのに、頭で否定してしまう。
 本当の願いは――。

『明典』

「……姉さん」

 笑顔で手を振っている姉の姿を思い出した僕は、思わずその言葉を口にしてしまった事で、目の前でジッと見つめているクロさんに気がつく事はなかった。
 ジッと自分の顔を見ているクロさんに気づいたのは、それから数十秒後。
 思わず持っていたスプーンを放り投げそうになってしまった。
「うぉぉおッ!?」
「面白い叫び声を出したな、店主」
「え、えっと……いらっしゃいませクロさん、いつの間に?」
「店主が『姉さん』と呼ぶ前から来ていたぞ……何か深く考えていたから声をかけづらかった」
「す、すみません……あ、いつものパンケーキ、用意しますね」
「アキノリ」
「は、い?」
 名前を呼ばれた事に一瞬驚いてしまったが、クロさんは僕に視線を向けている。
 まるで、何かを言いたげなように。
 クロさんが僕の名前を呼ぶのは珍しく、変な声で返事をしてしまった。
 しかし、クロさんは何も言わず、静かにため息を吐きながら口を開いた。
「……うん、いつものぱんけぇきを頂こう」
「はい、クロさん」
「……」
 きっと、クロさんは聞きたいのであろう――姉の事、自分の事、僕の全てを、聞きたいのに決まっている。
 本来ならば、言わなければならないはずなのだが、僕は言えなかった。

 ――せめて、それまでは。

 僕は唇を噛みしめながら、クロさんにパンケーキを用意するために、調理を開始するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

美形×平凡のBLゲームに転生した平凡騎士の俺?!

元森
BL
 「嘘…俺、平凡受け…?!」 ある日、ソーシード王国の騎士であるアレク・シールド 28歳は、前世の記憶を思い出す。それはここがBLゲーム『ナイトオブナイト』で美形×平凡しか存在しない世界であること―――。そして自分は主人公の友人であるモブであるということを。そしてゲームのマスコットキャラクター:セーブたんが出てきて『キミを最強の受けにする』と言い出して―――?! 隠し攻略キャラ(俺様ヤンデレ美形攻め)×気高い平凡騎士受けのハチャメチャ転生騎士ライフ!

無自覚主人公の物語

裏道
BL
トラックにひかれて異世界転生!無自覚主人公の話

悪役令嬢に転生したが弟が可愛すぎた!

ルカ
BL
悪役令嬢に転生したが男だった! ヒロインそっちのけで物語が進みゲームにはいなかった弟まで登場(弟は可愛い) 僕はいったいどうなるのー!

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

処理中です...