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21.オムライスって、大好物なんですよね?【後編】
しおりを挟むチキンライスを包む、卵を用意する。
再度フライパンにバターを塗って、かきまぜて置いた卵を流し込み、今回は固めのオムライスを作る為に少しだけ時間をかけて卵を焼く。
少し固まってきた事がわかると、火を止め、チキンライスをのせて包んでいき――終わった時には昔ながらのオムライスの完成だ。
本当は僕一人分の予定だったのだが、クロさんが食べたいと言うのであればと言う事でそのまま半分に分け、再度同じ工程をする。
お皿に盛り付けて、ケチャップをかけようとしたのだが、ふと以前テレビを見たメイド喫茶の事を思い出す。
「クロさん」
「なんだ、店主?」
「ケチャップに何か書いてほしい言葉とかありますか?」
「……」
「……」
昔、テレビでメイドさんがオムライスに何かを描いて提供すると言うモノがあった。
もし、何か書いてほしい言葉があるのであれば、書いてみようと思ったのだが、クロさんは僕の顔を見て数十秒、見つめ続けた後に答えを出した。
簡単な一言。
「『好き』」
「え?」
「『クロさん、好き』で」
「…………マニアック、ですね?」
「俺は店主に好き、愛してるって言って居るのに、店主は言ってくれないじゃないか?」
「そ、それは……」
そんな事、言えるはずがない。
僕にとって、この異世界に来られるのは月の魔力の力、月の神からもらったモノでしか、ここで『存在』出来ないのに。
不思議そうに、愛おしそうに、見つめてくるクロさんを直視する事が出来ず、何も言えない僕は、とりあえずクロさんの言う通りにした。
『クロさん、好きです♡』をつけて。
書いていた瞬間、ものすごく恥ずかしくなってしまった自分が居た。
自分のまかないの為のオムライスと、クロさん用のオムライスを近くまでもっていき、そのまま目の前に行く。
クロさんは書いてある文字を見て、キラキラと輝いているように見えてきたのは気のせいだと思いたいし、それ以上何も言わないようにする。
真正面の席に座り、両手を合わせ、いつもの呪文を口にする。
「いただきます」
「……イタダキマス」
クロさんも僕の真似をするように、両手を合わせてその呪文を唱えた。
まずは一口、と僕はオムライスを一口サイズに切り、ゆっくりと口の中に放り込んで――目を見開いた。
卵の味とケチャップで作ったチキンライスが合わさって、同時にふわふわした触感もなく、まぎれもなく昔ながらのオムライス、と言うような味だった。
「んー……美味しい」
「……」
「……クロさん、どうしました?」
「……いや、食べてしまったら、せっかく店主が書いてくれた文字が消えてしまいそうで……」
「いや、冷めちゃうから食べてくださいね。作ってくれって言ったの、クロさんですよ?」
「むむ……」
嫌そうな顔をしているクロさんの姿は面白い。
思わず笑ってしまったが、クロさんはそんな事を気にせず、オムライスを一口サイズに分け、口の中に入れる。
いつもならばパンケーキを食べているクロさんの姿があるのだが、卵とチキンライスの味が口の中に広がり、いつもと違う味を堪能しているのであろう。
クロさんは目を見開き、僕の方を見た後、そのまま無言でオムライスを食べ始めた。まるで子供のように食べ始めたクロさんを見て、思わず笑ってしまった。
『明典、落ち着いて食べなさいよ』
ふと、姉の姿を思い出した。
クロさんみたいに、子供の用に僕も食べていたのだろうかと思うと、きっと今僕はクロさんに姉のような目線を送っていたのかもしれない。
僕にとって、オムライスと言うモノは『好物』だった。
姉が昔、良く作ってくれたことを思い出し、僕も姉のように作れるようになりたいと思って、一生懸命作った。
最初は不格好なオムライスで、少し卵が焦げてしまったのだが、それでも姉と一緒に食べながら何とか誤魔化していた。
今となっては懐かしい思い出で――僕は半分以上食べ終えたクロさんを見つめながら、再度オムライスを食べ始める。
「……店主」
「ん、なんですか?」
「これは、店主の大好物、なのか?」
「そう、ですね……大好物です。昔、姉が良く作ってくれたんですよ……美味しかったなぁ、あのオムライス」
「……」
フフっと笑いながら答える僕の姿を見たクロさんは何も言わず、視線が強く向けられているのが分かった。
突然言葉がなくなってしまったクロさんに気づいた僕も、クロさんに目を向けてみると、そのまま静かに見つめたまま。
「えっと、クロさん?」
「……店主、ルギウスには姉が居るとは聞いていたが……初めて、だな」
「え?」
「――店主は自分の事は話さなかったからな」
「あ……」
クロさんの言葉に、僕は目を見開く。
僕はクロさんに家族の事は話していない。
そもそも、僕がどのような状態なのか、どうして異世界に居るのかすら、何も話していない。
クロさんが僕の事を知らないように、僕もクロさんの事をよく知らない。
驚いた僕はその場で固まってしまい、言葉が出なくなってしまった事に対し、クロさんはゆっくりと僕に手を伸ばし、右頬に触れる。
「だが、嬉しいぞ店主」
「なにが、ですか?」
「少しだけ、店主の事を……アキノリの事を知れた」
「ッ!!」
クロさんはそう言いながら、笑う。
綺麗な笑顔に、きっと今僕の顔は真っ赤に染まっていたのかもしれない。
同時に座っていた椅子と一緒に後ずさりをしてしまい、その様子を見たクロさんはククっと笑っている。
前回不意打ちにキスをされてしまった事を思い出したので、流石に警戒をしなければいけないと思っての行動だ。
対し、クロさんは笑いながら僕に再度手を伸ばす。
「どうした店主、そんな顔をして」
「……クロさんなんて、嫌いです」
「嫌いにならないでくれ、好きになってくれると嬉しい」
「……絶対、好きにならないです……好きに、なっちゃいけないんですよクロさん」
「……店主?」
最後に呟いた言葉は流石に聞こえていなかったらしく、クロさんは顔を隠している僕に視線を向けながら首を傾げている。
好きになってはいけない――僕は自分の気持ちは理解している。
理解しているからこそ、この気持ちは伝えてはいけないのだ。
僕は、クロさんに『依存』し始めている――恋愛的な意味でクロさんの事を好きだと分かっている。
わかっているからこそ、質が悪い。
僕は、普通の恋愛なんて出来ないし、姉の事で嫉妬深いし、もしかしたらゲームをするならば監禁ルートに行ってしまうぐらい、重いと思っている。
そして――僕は今、月の力があるからこそ、この異世界に、この空間に居られるのだ。
これを言ったのは、クロさんではなく、シオンさんのみ。
シオンさんの事を思い出した時、僕はふと呟いてしまった。
「あ、そう言えば僕に告白してきた方なんですけど、ちょっとクロさんに似てるなー口説き方がちょっと」
「……店主、その話、詳しく聞かせてくれ?」
「やば、声に出てた?」
心の中で言ったと思っていたら、どうやら口に出ていたらしくすぐさま両手で口を押えたのだが、クロさんの表情が一瞬にして変わる。
まるで、漫画に出てくるような魔王の顔をしながら、クロさんは僕を見ている。
多分、シオンさんの事を言ったら絶対に殺しに行くだろうなと感じながら、僕は口を閉ざす事を決め。
「ノーコメントで」
「あ、ずるいぞ店主!好きなのか!その男の方が好きなのか!!」
「ノーコメントで」
好きなのはあなたなんですよ、クロさん――と言う言葉が言えない僕は、大好物だと思っているオムライスを一口食べ、味を堪能するのだった。
「ふえっくしゅん!んー……風邪、かな?」
シオンさんがその時くしゃみをしていたなんて、知る由もない。
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