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16.再会後はパンケーキを
しおりを挟むクロさんが現れなくなって6日目の夜――僕にとってはそれはある意味長い月日でもある。毎日のように通ってくれたはずのクロさんの姿がない事に、きっと今の僕はつまらなそうな顔をしているに違いないだろう。
満月の夜、今日も来てしまった。
そもそもどうしてクロさんが僕のお店に来る事がなくなってしまったのか、もしかしたら何か粗相な事でもしてしまったのだろうかと考えてしまう。
原因は絶対に僕の中にあるのではないだろうかと不安が過りながら、満月の夜を迎えた6回目、来るかどうかわからないのに、僕はどうやらパンケーキをぼうっとしながら作ってしまったらしい。
クリームましましで。
「あ……」
無意識にどうやら作ってしまったらしく、僕はため息を吐きながら両手で顔を抑えた。どうやら本当に僕は寂しいらしい。クロさんが来なくなってしまった事で。
満月の夜に必ず現れては僕は男なのに同性でも構わないと言う事で口説いてくるクロさんを簡単にあしらいながら、笑顔でパンケーキを作っていた、はずなのに。
今では僕は、クロさんに依存してしまっているような形で、彼が来るのを待っている。
「……はぁ、重症すぎる。これじゃあ姉さんの時と同じじゃん」
僕には姉が『いた』。
大切な姉が、笑いながら声をかけてくれて、毎日僕を心配しながら会ってくれた、姉が。
けど、もう二度と、その姉に会えるはずがない。
そして僕は、クロさんを想い続けてはいけない。
「……いつかは、消えるんだからなー」
再度ため息を吐いた僕は、目の前のパンケーキをどうすれば良いだろうかと考えていた時、店の扉が開く音が聞こえたので、僕は顔を出した。
「いらっしゃいま――」
「――やぁ、店主。今日も可愛らしいな」
目の前に現れた真っ黒い姿をした人物の姿を見た瞬間、僕の体は硬直する。
どうやら目の前の男は、僕の想像を簡単に裏切ってしまう存在だったらしい。
笑顔で挨拶をしてきた男性――クロさんはいつものように愛らしいと声をかけ、台所から顔を出した僕に近づき、手を伸ばして、頬に触れてきた。
息が微かに上がっているように見えたので、もしかしたら走ってここまで来てくれたのかもしれないと考えてしまったが、クロさんは相変わらず何かを考えているような不敵な笑みで、僕を見つめていた。
声が、出なかった。
会いたいなーなんて思っていた人物が、今目の前に立っているのだから。
呆けた顔をしていたから、いつもの挨拶をしてくれたクロさんは驚いていたのかもしれない。しかし、そんな事僕にとっては構うものか、なのだ。
どうして会いに来てくれなかったのか、毎日口説きたいぐらいと言っていたはずなのにと何か憎まれ口でも答えてやろうか、と思っていたはずなのに。
僕は、どうしようもなく、臆病者だったのかもしれない。
『また』、失ってしまうのではないだろうかと言う恐怖が蘇ってしまったのかもしれない。
「ぐろざぁぁぁあああんばぁぁぁぁかぁぁぁぁあああぁぁッ‼」
僕は顔面崩壊したと同時に、大量の涙を出しながら、クロさんに馬鹿と罵っていた。
流石に泣かれるとはクロさんも思っていなかったのかもしれない。僕が泣くと同時に暴言を吐いた事で流石に目を見開き、きょとんっとした顔でその場に立ち尽くしていた。
どんな顔をしても、どんな行動にでても、僕は絶対にあきらめるつもりはなく、目が崩壊した状態で僕はクロさんに近づき、拳を握りしめながら胸に向かってパンチをした。
強く叩いたつもりだったのだが、クロさんには効いていないらしい。それでも僕は何度もクロさんの胸や手を叩いたりしながら泣き続けた。
「な、なんでぇこなきゃっだんですがぁぁあッ‼」
「て、店主……わ、悪い。悪かったから泣き止め。俺はお前の泣く顔……いや、これもうなくって言うより叫んでるのか?」
「ばぁぁぁかぁぁぁッ!まぬけぇぇええッ!」
「お、馬鹿にされてるなきっと」
「ぁぁああああぁああああああああッ!」
「……ついに叫ぶだけになったか」
クロさんは泣き続ける僕の顔を見ながら、楽しむように笑っている。対し、僕は許しているつもりはなく、何度も何度も叫びながらクロさんを叩いた。しかし、クロさんは叩く所か笑っているだけだ。
僕は平然としているクロさんが許せなかった。もう一発叩いてやろうと力を強く込めて――同時にクロさんの大きな手が僕の頭を優しく撫でた。
温かい、大きな手。
『明典』
いつもそばに居てくれた『姉』と同じように、クロさんは僕の頭を撫でてくれる。優しく、宥めてくれるように。
「悪かったな、アキノリ」
クロさんは僕の名を呼びながら、優しく頭を撫でた。
泣く事も、怒る事も、何もかもすっ飛んで行ってしまったかのように、僕は止まった。そして同時に僕は握りしめていた手を、下ろす。
「……クロさん、僕の事嫌いになっちゃったかと思いました。僕の事、好きなんですよね?」
「ああ、好きだ、愛してる」
「……好きなら今度からはちゃんと来てください。僕、クロさんが来ないから無意識にパンケーキ作っちゃいました」
「アキノリのパンケーキは好きだ。もちろん可愛らしくて、優しいアキノリも好きだ」
「…………好きなら――」
僕は、それ以上言葉にするのをやめた。
これ以上が、望んではいけないと、わかっているからである。
歯を噛み、唇を閉じ、僕は静かにクロさんを見つめ――ふいに、唇に軽く柔らかい感触が、刺激した。
一瞬、クロさんの顔が近くにあったので油断してしまったのかもしれない。クロさんの唇と僕の唇が軽く当たり、どうやら僕はクロさんにキスをされたらしい。
「……」
「店主?」
「……きすは、ゆるしてないです」
「そうか、かわいらしくてつい手が出てしまった。店主……アキノリに会っていなかったからかな?」
「そう、ですか……くろさん、ずるいです」
「何がずるいのかわからないが……今度はする前にはちゃんと言おう」
「……これからは、ないです」
心臓の音が、破裂しそうな勢いで動いているのかもしれない。けど、これは絶対にクロさんに悟られてはいけない、いつも通りにしなければならないと、演技をして。
僕は顔を見られないように、向きを変えた。
※
クリームましましのパンケーキは好評だった。
「今日のくりーむと言うもの、味が濃いな……いつものと違う」
「製品をちょっとお高いものに変えてみたんですよー……もしかしたら自分で食べる事になるかもしれないと思って」
いつもより少し高めの製品を買ったので、クリームの味が違うのであろう。流石ここに来るときには必ずパンケーキを注文してくれるクロさんだ。味の違いも簡単にわかってしまう。
美味しそうにイケメンの顔を崩しながら、クロさんは口の中に自分で切ったパンケーキを放り投げる。楽しそうに、嬉しそうに食べてくれるクロさんの姿を見た僕は用意していた温かいコーヒーをクロさんの隣に置いた。
甘味を味わうように食べ、飲み込んだ後にブラックコーヒーを一口、喉に通す。
「このこーひぃと言うやつも美味しいな。苦みがある」
「クロさんが先ほど食べたクリームを乗せたやつもありますし、あとはミルクと砂糖を入れたりして甘味を出したり、と結構飲み方色々あるんですよ。僕はブラックコーヒーが好きです」
「そう言えば店主は甘いもの作る割にはあまり食べた所は見たことないが……」
「……そうですね、実はちょっと苦手なんです。甘いモノ」
そう言いながら答える僕は、ちゃんと笑っていられているだろうかと時々思ってしまう。対し、クロさんは聞こうとはしなかった。
クロさんはこれからも僕の事を聞こうとはしないだろう。僕はクロさんが何者なのか、どんなことをしているのか、聞かない。
聞いたところで、意味がないのだから。
コーヒーを飲んでいるクロさんを見つめながら、僕は空になったお皿を片付けようしていると。
「店主」
「はい、なんですか?」
「……これからはちゃんと来る。だからまた、作ってくれないか?」
「え?」
「俺は店主のパンケーキがないと、生きていけないんだ」
ジッと見つめてくるクロさんの姿を見た僕はクスっと笑いながら頷いた。
その時見せてくれたクロさんの顔は本当に子供のように可愛らしかった。
そして、これからまたクロさんが来てくれる事を楽しみにしながら、僕は食器の片づけをするのだった。
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