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12.大切にしている思い出のおすすめメニューは?【後編】
しおりを挟む思い出のメニューと言われた瞬間、僕は呆然としながらクロさんを見つめることしか出来ない。そもそも、僕にはそのようなメニューはないからだ。
目を見開き、目の前のクロさんを見つめながら時間がゆっくりと進んでくる感覚が来た。
「……どうして、突然そんなことを言ったんですかクロさん?」
「別に、対した理由じゃない」
「対した理由じゃないんだ……」
「俺は店主が好きだ。愛してる」
「ふぇ?」
いつものようにその言葉が出てくる。クロさんは突然僕に愛の告白をするし、迫ってくる時もある。しかし今回だけはその告白は突然で、あっさりと答えたのだ。
思わず変な声を出してしまったのだが、対しクロさんは僕の細い手を掴み、握りしめた。
「好きだからこそ、俺は店主の好みを知りたい」
「こ、好み、ですか?」
「ああ。好きだの愛してるだの言ってるが、俺は全然店主の事を知らないんだ」
「え、えー……」
真剣な眼差しでそのように答えられ、流石の僕もその言葉を聞いて引いてしまう。全く何も知らない人間に対してこの男は愛してるだの、愛の告白をしていたのだろうかと思ってしまったからである。
「引くな、店主」
少しだけ後ろに下がってしまったことに感づいたのか、クロさんは次にその言葉を口にする。
しかし、僕もその言葉を聞いて思わず答えてしまった。
「でもクロさん」
「なんだ?」
「僕も結構クロさんの事知らないですよ?何をやっているのか、どこに住んでいるのか、どんな人物なのか、全く全然知らないんですけど」
「……」
多分、きっと今の僕は首をかしげながら子供のような瞳でクロさんを見ていたのではないだろうかと思った。
クロさんは僕の言葉を聞いたと同時、動きを止めたまま目をそらしている。絶対に自分の事はどうやら話さないつもりなのだろうと、頭の中で理解する。
なんか、理不尽のように感じてしまったのだが。
「……まぁ、いいです。僕のおすすめ、ですよね?」
「あ、ああ」
「……」
確かに僕は満月の夜だけ、飲食店を経営している。客も数少ないが通ってくれる人もいるのだが、元々この店のメニューはある意味定番と言えるものしかない。
頭の中で考えながら、僕は窓の外に見える満月の月に視線を向けて――。
『姉さん、お菓子料理は得意だけど、それ以外は全然できないよね?』
『ちょ、それは言わない約束!』
『何そのダークマター?』
『……た、たまご、やき……』
『……玉子焼きってこんなに黒くなるものだっけ?』
僕の姉はお菓子作りは得意だった。
しかし、お菓子作り『は』である。それ以外は全くダメで、僕がまだ学生だった頃、一番印象的だったのがその玉子焼きだった。
涙目になりながら机に並べられている玉子焼きっぽいものを僕は頑張って食したことを思い出す。今でも思い出すあの炭っぽい味は忘れられず、味を思い出したと同時、僕は手で口を塞いだ。
「んんッ……」
「ッ……ど、どうした?」
「い、いや……思い出の味が炭だったので……」
「す、すみ?」
青ざめた顔をしながら答える僕に対し、クロさんは本当に心配している様子がある。そして僕はすぐさま近くにある冷蔵庫を開けた。
数々の材料が揃っている中、卵が入っているを確認すると、クロさんに視線を向けた。
「えっと、じゃあおすすめ作りますので、クロさん席についていてもらってもいいですか?」
「ああ構わないが……本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。苦い味を思い出したので……」
笑いながら答える僕を見て、クロさんも少し安心したのか厨房から出ていき、いつも座っている場所に席についた。クロさんが席に座ったのを確認した僕は卵を三つ取り出し、割って用意したボールの中に入れる。
よくかきまぜた後、めんつゆを大さじ一、みりん大さじ一を入れて再度かきまぜた後、玉子焼き用のフライパンを取り出し、コンロで温める。
温まったのを確認した後、油を少し入れ全体に広げた後、溶いた卵を少し入れ、平らに伸ばし、半熟状態になったら奥から手前に巻き、奥に移動させ、それを三回繰り返す。
全ての卵を入れ終わり、焼き終わったらお皿に盛り付けを行い、完成。
ついでに炊いている白いご飯、味噌汁などをセットして、お盆に乗せた後、クロさんの所に持って行った。
「お待たせいたしました!」
「ん……」
「当店おススメメニュー、『玉子焼き定食』です」
僕は笑いながら、出来上がった玉子焼き定食をクロさんの前に置いた。クロさんは珍しそうな顔をしながら目の前に置かれているものに視線を向けている。
「店主、これは?」
「卵を使った料理です。クロさんの世界にもありますよね、卵?」
「ああ、あるが……流石店主だな。俺の知らない料理を作ってくれる」
「まぁ、僕の世界では定番メニューなんです」
クロさんの世界ではどのような卵料理があるのか全く分からないが、僕の世界では普通にある料理である。
珍しそうに眺めているクロさんに、僕はフォークをクロさんに渡す。
「お箸は使えないと思いますので、フォークで召し上がってください。あ、柔らかいので簡単に切れるから大丈夫ですよ?」
「ああ」
「ついでに、この醤油をかけて食べることをおすすめしますね。玉子焼きに味、あんまりついていないと思いますから」
「し、しょうゆ?」
クロさんに醤油を見せるのは初めてだ。これも珍しいのか黒い液体をジッと見つめている姿があり、思わず笑ってしまった。
醤油を隣に置いておくと、すかさずクロさんは玉子焼きに少しだけ醤油をかけて、フォークで一口サイズ切り、口の中に入れる。
固くなく、柔らかい玉子焼きに対し、クロさんは何も言わず食べ続け、そして――。
「……うまい、なぁ」
「本当ですか?」
「ああ、うまい、美味しい……卵料理はあまり食べないが、これなら永遠に食べていられる……」
「クロさん、流石に永遠は無理ですよ」
「いや、店主が俺のところに永久就職すればいい」
「どこで覚えたんですか、それ……」
第二弾の告白を言ってきたクロさんに思わずため息がこぼれてしまったのだが、その姿を見ていた瞬間、思わず重なってしまった。
初めて玉子焼きを作った時。
『美味しい、流石私の弟!』
「……ッ」
笑いたい、笑っていたいはずなのに、その時の僕の顔はきっと酷い顔をしていたのかもしれない。玉子焼き二切れを食べ終えたクロさんが僕に視線を向けた時、驚いた顔をしながら僕を見てきたのだ。
フォークを置き、すぐさまクロさんは僕の顔に手を伸ばし、頬に触れる。
「どうした、店主?」
「……クロ、さん?」
「なぜそんな顔をするんだ。俺、お前に何かしたか?」
「いや、別にそんな事は……ただ、姉を、姉を思い出しただけです」
「姉……ルギウスが言っていたな。お前に姉がいると」
「はい……もう、いませんが……」
ハハッと笑いながら、僕はクロさんを見る。
これ以上何もしゃべる事もないし、話すつもりもない。いつものように笑顔を見せながら目線をそらし、そして厨房に戻ろうとしたのだが、クロさんはそのまま僕の手首に触れ、握る。
まるで二度と手放すつもりがないように、強く握りしめる。
「あの、クロさん、痛いです」
「店主、好きだ」
「フフ、今日は多いですね告白」
「俺はいつも本気だぞ?」
「僕は毎回断っているじゃないですか」
「俺は諦めると言う言葉がないんだぞ店主。欲しいものは何でも手に入れる性格なんだ」
「うわ、ジャイアンですねクロさん」
フンっと鼻を鳴らしながら答えるクロさんの姿は、何処か輝いているように見えてしまったのは気のせいなのだろうか?
だからこそ、クロさんはすごい。僕を笑わせてくれる。
多分これからも、ずっとクロさんは僕を愛してくれると言う言葉をかけてくれるだろう。
だからこそ、僕はその言葉を受け取ってはいけない。
「気持ちはすごく嬉しいですが――」
「アキノリ」
「え?」
突然、クロさんが僕の名前を呼んだ。
いつもならば僕の名前を呼ぶことがないのに、珍しく名前で呼ばれてしまった僕は、変な返事をしてしまったのかもしれない。
視線の先には、真っ黒い姿のクロさんが静かに目を向けている。指先が静かに僕の頬に触れ、なぞるように唇に向かっている。
指先が唇に触れた時、クロさんは静かに笑いながら答えた。
「何度も言うが、俺は諦めが悪い。どんな手を使っても、俺はお前を手に入れる」
「クロさ――」
「だから俺のモノになれよ、アキノリ」
その言葉を言った瞬間、クロさんの笑った顔が忘れられない。いつもならば穏やかで何かを企んでいる顔をしているはずなのに、その時のクロさんはいつもと違い、何処かつらそうな顔をしていたなんて、言えるはずがなかった。
僕は何も知らない、クロさんの事を。
クロさんも僕の事は知らない。
僕が、私怨で人を殺めたことも、何も知らない。
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