上 下
64 / 65

泥酔

しおりを挟む
 人間だったらこういうとき、神に祈ったりするのだろうか、とレヴィは思った。
 神を持たない魔族や天族が祈りを捧げる対象は、すべてのいのちの源である世界樹だ。魔族においては、世界樹と並んで聖獣もその対象になる。
 目下の問題は、祈りを捧げるべき聖獣こそが、いま正にレヴィを苦しめている元凶であるというところだった。

「レヴィ……♡」

 ベッドに仰向けになっているレヴィの身体の上に寝そべるようにして、愛らしい顔が迫ってくる。

(どうしてこんなことに……)

 数分前、いっしょに寝よ♡というあるじの衝撃的な発言に一瞬意識を飛ばしたレヴィだったが、持ち前の精神力でどうにか正気を取り戻し、ひとまず泥酔している主人をベッドへ寝かせようとした。
 王宮にあるリトの邸のベッドと比べると小さく思えてしまうその寝台へ、うやうやしく抱き上げた身体を横たえさせた……まではよかったのだ。いざ身体を離そうとしたら、首に回されていたリトの両腕が、唐突にレヴィを引き寄せてきた。突然のことに身体のバランスを崩し、このままではリトを潰してしまうと察して咄嗟に受け身を取ったところ、ベッドに転がったその瞬間にリトが乗り上げてきたのである。

「レヴィ、あったかい」

 酒で正気を失っている主人は、どうやら本気でレヴィといっしょに寝ようとしているらしい。

「リ、リト様……っ」

 華奢なリトの重みは決して苦しくはなかったが、やわらかく、あたたかで、いい匂いがした。

(当たっ……)

 リトが着ている夜着は、丈の長いリネンのシャツだ。シャツの下は素足で、下着だけを身につけている。リトはレヴィの左の太ももに跨がっているため、やわらかな膨らみが布地越しに触れていた。

「レヴィ、ほっぺた赤いよ。酔っ払っちゃった?」

 顔を覗き込んできたリトが、いとけない仕草で首をかしげる。酒を呑んでもいないのに酔うはずがないし、首元まで赤くして酔っ払っているのはリトのほうである。

「かわいいねえ」

 にこにこと機嫌よく笑いながら、リトがぺたぺたとレヴィの頬へ触れてくる。リト様のほうがかわいいです!!と大音量で叫びたかったが、レヴィはこの状況においては不幸なことに素面だった。

「リト様……お許しください……っ」

 レヴィはとうとう、泣きそうな顔で許しを乞うた。無礼を承知で、きょとんとしているリトの脇へ両手を入れる。強引に退かしてしまおうと力を入れてリトの上体を持ち上げた瞬間、ゆるく膝を立てていたレヴィの脚に、リトの下着越しの股間がこすれた。

「あんっ♡」

 目の前のくちびるからこぼれた甘い声にびくりとして、レヴィはその体勢のまま固まってしまった。アルコールでとろんとしていた鳶色のひとみが、情慾を孕んで潤みだす。

「ん……♡」

 つい数秒前まであどけない幼児のようだったレヴィのあるじは、跨ったレヴィの太ももの上で自ら腰をゆすりはじめた。やわらかな感触だったそこが、あっという間に硬くなって湿り気を帯びてくる。

「っは、はぁ、きもちい……♡」

 己のからだを使って、あるじが自慰をしている。想像もしなかった光景に、レヴィはうろたえてじっとしていることしかできなかった。
 リトが淫らに腰をくねらせるたび、ぐちゅぐちゅと湿った水音が聞こえてくる。快楽に耽り、とろけた顔で甘い声をもらす己のあるじを、レヴィは固唾を飲んで見守った。頬が熱い。なぜか喉が渇く。リトの上半身を支えたままの両手のひらには、じっとりと汗をかいていた。

「リト様……」

 思わず、なまえを呼んでしまった。かすれて、上擦った声だった。リトがふと視線を持ち上げて、レヴィを見るとにこりと笑った。淫猥な自慰の最中とは思えない、純真な笑みだった。

「レヴィ、ちゅうしよ……♡」

 リトが言って、子どもが甘えるように両手を伸ばしてきた。レヴィの心臓がどくんと跳ねたが、そういう意味ではないとすぐに察した。彼の内にある聖獣の魂が、レヴィのマナを欲しがっているのだ。
 レヴィは倒れ込んでこようとするリトの身体を抱き留めて、その唇を受け入れた。

「ん……♡」

 リトのちいさな舌が、普段の慎ましさなど嘘のように強引に歯列を割って侵入してくる。マナを込めた舌先を素直に差し出すと、すぐに絡めとられた。

「んんっ、ん、ん、っ♡」

 互いに舌先を絡め合いながら、レヴィは無意識のうちに、リトを乗せている左脚を彼のそこへ擦り付けるように動かしていた。腕の中の華奢なからだが、びくびくとふるえるのが愛らしい。吐息ごと唇を貪って、愛おしさに突き動かされるまま献身的にマナを与えた。

「んあっ、あ、~っ♡」

 リトの腰ががくんと跳ねて、唐突に背が反った。弾みで離れた唇から、艶めかしい悲鳴が漏れる。かく、かく、と本能的に腰を揺らめかせながら、リトは下着越しに射精した。

「はっ、は、は……」

 レヴィの身体にくったりと身を預けたまま、リトはしばらく余韻にふるえていた。レヴィはじっとその背を抱いていたが、やがて、唐突に力の抜けた身体から健やかな寝息が聞こえ始めた。

(……着替え、を)

 濡れた下着のまま寝かせるわけにはいかない。レヴィは身体の上のリトを起こさないよう、慎重に身を起こした。リトのからだを仰向けで横たえさせ、ベッドを降りる。レヴィの騎士服のボトムも布越しに沁みてきたリトの体液で湿っていたが、自分のことは後回しだ。
 バスルームの洗面台でタオルを濡らし、荷解きされた荷物の中から替えの下着を探してベッドへ戻った。

 夜着の裾をめくると、白い素足が目に眩しかった。緊張しながら濡れた下着を脱がせ、つま先から引き抜く。
 薄い下生えと、精液に濡れてくたりとしている淡い色の性器を見下ろして、レヴィはぐっと眉間に力を入れた。これは仕事だ。汚れたあるじの身体を清める、ただそれだけのことだ。
 レヴィは鋼の理性でもって、リトの股ぐらを淡々と拭った。

(……濡れてる……)

 性器だけでなく、尻のあわいも濡れていることにレヴィはふと気付いた。魔族や天族がそこを濡らすのは、抱かれることを望んだときだけだ。聖獣であるリトは身体のつくりが違うことはわかっているが、不意打ちに目の当たりにしたせいでかあっと頬が熱くなった。

(っ、なにを考えてる)

 レヴィはふるふると頭を振って、淫らな邪念を追いやった。そっと尻も拭ってやり、清潔な下着を履かせて夜着の裾を戻す。
 大仕事をやってのけたような達成感に息を吐き、レヴィは立ち上がった。気持ちよさそうに寝息を立てているリトのからだへ、肩まで掛布をかけてやる。

 そうしてレヴィは、心に教訓を刻み付けた。

 ――リトを、決して酔わせてはいけない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...