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領主の館

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 祭りの前日ということもあり、ハロルドはまた慌ただしく邸を出て行ってしまった。会場の最終チェックがあるらしい。
 リトに与えられた客室は、中庭に面した角部屋だった。いわゆるカントリー風の、素朴で可愛らしい部屋だ。王宮にあるリトの邸より全体的にこじんまりとしていて、とても居心地がよかった。

(このくらいの広さで充分なんだよなあ)

 王宮にあるリトの邸は、聖獣の大きさに合わせて作られているので、リトには広すぎたり大きすぎたりする。召喚されてそろそろ四ヶ月になるが、寝室のむだに大きなベッドにはいまだに慣れない。

「長旅、お疲れ様でございました」

 同じ行程で忙しく立ち働いていたノアのほうが絶対に疲れているのに、ちょうどいい大きさのベッドが懐かしくてつい寝転がってしまったらそのままマッサージが始まってしまった。
 うつ伏せているリトの背中を、ノアの大きな両手が程よい力加減で摩ってくれる。長時間の移動でそれなりに強張っていたのか、緊張がほぐされて呼吸が楽になった。

「きもちい……寝ちゃいそう……」
「夕食まではまだ時間がありますから、おやすみになられても大丈夫ですよ」
「ん~……」

 肩と首元を丹念に揉んでくれた手が、背骨に沿っておりてくる。両手の親指でぐりぐりと指圧されると、気持ちが良くて鳥肌が立った。
 眠気にぼんやりとしたまま、リトは「そういえば」と口を開いた。

「エレイン様と、仲良しなんだね」

 列車の中でのやり取りを見聞きするに、随分と親しげだった。エレインは基本的にだれに対しても無遠慮だが、ノアに対しては特に気を許しているような気配があった。ノアのほうも、エレインのあしらい方が堂に入っていたように思う。

「仲良し、というか……わたくしがいちばん最初に仕えたのが、エレイン様の宮であるセタス宮だったのです」
「えっ、そうなんだ」

 マルガリータ宮に仕える前の話だろうか。

「使用人として、いろいろと鍛えて頂きました」

 そう、懐かしむようにノアは言った。『いろいろ』のところが気にはなったが、やさしい両手に揉みほぐされて、そのうち眠気にさらわれてしまった。




 気持ちよくお昼寝をしてすっきり目覚めると、もう夕食の時間だった。
 階下にある食堂へ向かう途中、リトが休んでいるあいだに到着していたらしい五の妃のセルマと六の妃のシャロンにばったり会った。

「リト。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
「こんばんは」

 さくら色の髪を長く伸ばしてハーフアップにしているほうがセルマで、露草色の髪を肩のあたりで切り揃えているほうがシャロンだ。相変わらず仲睦まじい様子で寄り添って、つないだ指先を絡めている。
 ふたりは王妃たちの中でも特殊で、同じ宮に住み、常に共にいる。悲恋の恋人同士であったふたりを、国王がまとめて召し上げたからだ。そんなのありなんだ、とリトは思ったが、セルマもシャロンもひとりずつ国王の子を産んでいるので、妃としての役目もきちんと果たしている。

「リリスたちと同じ列車だったんですってね? 僕たちもリトとゆっくりおしゃべりしたかったな」
「セルマの支度が終わっていれば、みんなと同じ列車に乗れたんだよ?」
「だって、シャロンが『どっちの髪飾りも似合うよ』なんて言って、選んでくれなかったから……!」
「ふふ、だって本当にどちらもすてきだったんだもの」

 イチャイチャの波動がすごい。ふたりとはサロンで何度か顔を合わせたことがあるが、いつもこういうかんじである。

 行き先は同じ食堂なので、自然と連れ立って歩くことになった。ところが、ふたりがつないでいた手を離したと思ったら、なぜかリトの右手をセルマが、左手をシャロンがつないで歩き出したのだ。

(な、なんで?)

 どういう状況だ。ふたりはにこにことしているし、周囲のだれも突っ込んでくれない。肩越しにノアを振り向いたら、困った顔でほほ笑まれてしまった。

「さっき聞いたのだけれど、今年の品評会には人間界のワインも出品されるんですって」
「人間界の?」

 セルマがふつうに話しかけてくるので、リトも手をつながれたまま顔を向けた。

「クルトゥラの酒造組合が、わざわざ買い付けてきたらしいですよ。今回が初めてだそうです」
「へえ、そうなんですね」

 答えてくれたのはシャロンだったので、そちらを向いて相槌を打つ。交互に話されると忙しい。
 人間界と魔界とは表立った国交はないが、こういうごく狭い範囲での物品のやり取りなどは昔からあるらしい。リトの邸にも、ダレンが持ってきてくれた人間界の出版物がたくさんある。

「お祭り、楽しみですね?」
「はいっ」

 セルマにそう笑みかけられて、思わず勢いよく返事をしてしまった。にこにことしたふたりに、なぜか左右から頭を撫でられた。




 夕食は、地のものを使った素朴な郷土料理が中心で、とてもおいしかった。
 エレインはワインを水のように飲んでいたが、リトはりんごジュースにしておいた。リリスの言っていた通り、甘くてとてもおいしい。リトが感動していたら、執事が気を遣って部屋まで届けると言ってくれた。
 領主が座るべき上座の席に、ハロルドの姿はなかった。まだ街から帰ってこられないらしい。先程会ったときの様子がおかしかったこともあって、リトはつい心配になってしまった。

(無理してないといいけど)



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