52 / 65
ファーストキス
しおりを挟む
「『はじめて』は大切なひとに捧げるものだと言うなら、俺は、あなたに捧げたいです」
真摯な眼差しをした美貌の騎士が、リトを壁ドンしながらそんなことを言ってくる。
(どうしよう)
リトは茫然とレヴィを見上げて、回らない頭でどうにか打開策を考えようとした。
「リト様……」
レヴィはほとんど泣きだしそうな顔でひとみを揺らめかせ、リトを見つめている。
(うぅ……)
馬車の中で泣き落とされたときのことを思い出し、リトはぐっと腹に力を入れた。今度こそ負けない。主らしい毅然とした態度で要求を跳ね除けてみせる。
「剣以外でも、あなたのお役に立ちたいのです。リト様、どうか……」
空色のひとみから涙の雫が落ちて、とうとうその頬を濡らした。
相変わらず絵画かのようなうつくしいその泣き顔に、リトは結局「わかった」とうなずいてしまったのだった。
大きな窓から差し込んでくる傾いた西日の光で、学習室の中はほの暗い橙色をしていた。
ところどころ剣だこのあるレヴィの手のひらが、そっとリトの頬へ添えられた。リトは胸に抱えたままの本を両腕で抱きしめて、きゅっと目を閉じた。
レヴィが身を屈める気配がして、唇にやわらかな感触が触れた。
(あ……レヴィの、ファーストキス……)
リトが奪ってしまった。誰からも愛される騎士の、はじめてのキスを。
ただ触れただけのキスに、うるさいほど心臓が暴れている。
いちど離れたそれが、またすぐに重なった。リトはそっと唇を開いて、レヴィを促すようにやさしく啄み返した。
(これは、マナの供給だから、キスだけじゃだめ、だから……)
そう自分に言い聞かせながら、レヴィの唇のあわいへ舌先を差し込む。触れ合っているレヴィの唇が、驚いた様子で緊張するのがわかった。
(自分でえっちなキスおねだりするの、恥ずかしい……っ)
ダレンもノアも、フェリックスもハロルドも、普段リトにマナの供給をしてくれている者たちはみな、色事に慣れた様子でリトをリードしてくれる。しかし、レヴィはそうではない。そもそもこれがファーストキスなのだ。
(レヴィにとっては、はじめてのキスなのに……大丈夫かな、気持ち悪くないかな……)
万が一トラウマにでもなったら、あまりにも申し訳なさすぎる。恐る恐る差し入れた舌を動かしてみると、レヴィの歯列がゆるく開いて、彼の舌先が触れた。
「ん……っ」
お互い、探り合うように舌先を絡めた。ぬるぬるとしてあたたかい粘膜同士が触れ合う。レヴィがふと唇を離して、はあ、と息を継いだ。
「リト様の舌……ちいさくて、やわらかい……」
「ぁ、ん……っ」
かすれたささやき声のあと、両手で頬を挟まれたと思ったら、深く唇が重なった。
(あ、うそ……っ、きもちい……っ♡)
勘がいいのか、リトの様子をよく観察しているのか、そのどちらもかもしれないが、レヴィの舌先は探り当てたリトの感じるところをやさしく丁寧に愛撫してくれた。
「ん、んぅ……っ♡ ん、っ♡」
「ふ……っ、ん、ん」
水音に混じるレヴィの甘い吐息が色っぽくて、頭がくらくらしてくる。こちらからリードしてあげなければ、と思っていたのに、いつの間にかレヴィにされるがまま、からだをふるわせて感じてしまっていた。
「ん……っ♡ ん、……っ、♡」
込み上げてきたあわい絶頂に背が反って、寄りかかっている本棚がガタガタと音を立てた。胸に本を抱えていてよかった、と思う。そうでなかったら、レヴィの背に両腕を回してはしたなく縋りついていたかもしれない。
「っは、ぁ、♡ はあ……♡」
レヴィの唇が、ゆっくりと離れていく。甘くイってしまった余韻にふるえながら目を開けると、熱を孕んだ空色がじっとリトを見下ろしていた。いつだって清廉な百合のような彼の、その濡れた唇が、妙に艶めかしい。
「やっと、あなたのお役に立てた……」
うれしいです、と幸福そうにほほ笑んだ己の護衛騎士に、リトはちいさな声で礼を言うことしかできなかった。
真摯な眼差しをした美貌の騎士が、リトを壁ドンしながらそんなことを言ってくる。
(どうしよう)
リトは茫然とレヴィを見上げて、回らない頭でどうにか打開策を考えようとした。
「リト様……」
レヴィはほとんど泣きだしそうな顔でひとみを揺らめかせ、リトを見つめている。
(うぅ……)
馬車の中で泣き落とされたときのことを思い出し、リトはぐっと腹に力を入れた。今度こそ負けない。主らしい毅然とした態度で要求を跳ね除けてみせる。
「剣以外でも、あなたのお役に立ちたいのです。リト様、どうか……」
空色のひとみから涙の雫が落ちて、とうとうその頬を濡らした。
相変わらず絵画かのようなうつくしいその泣き顔に、リトは結局「わかった」とうなずいてしまったのだった。
大きな窓から差し込んでくる傾いた西日の光で、学習室の中はほの暗い橙色をしていた。
ところどころ剣だこのあるレヴィの手のひらが、そっとリトの頬へ添えられた。リトは胸に抱えたままの本を両腕で抱きしめて、きゅっと目を閉じた。
レヴィが身を屈める気配がして、唇にやわらかな感触が触れた。
(あ……レヴィの、ファーストキス……)
リトが奪ってしまった。誰からも愛される騎士の、はじめてのキスを。
ただ触れただけのキスに、うるさいほど心臓が暴れている。
いちど離れたそれが、またすぐに重なった。リトはそっと唇を開いて、レヴィを促すようにやさしく啄み返した。
(これは、マナの供給だから、キスだけじゃだめ、だから……)
そう自分に言い聞かせながら、レヴィの唇のあわいへ舌先を差し込む。触れ合っているレヴィの唇が、驚いた様子で緊張するのがわかった。
(自分でえっちなキスおねだりするの、恥ずかしい……っ)
ダレンもノアも、フェリックスもハロルドも、普段リトにマナの供給をしてくれている者たちはみな、色事に慣れた様子でリトをリードしてくれる。しかし、レヴィはそうではない。そもそもこれがファーストキスなのだ。
(レヴィにとっては、はじめてのキスなのに……大丈夫かな、気持ち悪くないかな……)
万が一トラウマにでもなったら、あまりにも申し訳なさすぎる。恐る恐る差し入れた舌を動かしてみると、レヴィの歯列がゆるく開いて、彼の舌先が触れた。
「ん……っ」
お互い、探り合うように舌先を絡めた。ぬるぬるとしてあたたかい粘膜同士が触れ合う。レヴィがふと唇を離して、はあ、と息を継いだ。
「リト様の舌……ちいさくて、やわらかい……」
「ぁ、ん……っ」
かすれたささやき声のあと、両手で頬を挟まれたと思ったら、深く唇が重なった。
(あ、うそ……っ、きもちい……っ♡)
勘がいいのか、リトの様子をよく観察しているのか、そのどちらもかもしれないが、レヴィの舌先は探り当てたリトの感じるところをやさしく丁寧に愛撫してくれた。
「ん、んぅ……っ♡ ん、っ♡」
「ふ……っ、ん、ん」
水音に混じるレヴィの甘い吐息が色っぽくて、頭がくらくらしてくる。こちらからリードしてあげなければ、と思っていたのに、いつの間にかレヴィにされるがまま、からだをふるわせて感じてしまっていた。
「ん……っ♡ ん、……っ、♡」
込み上げてきたあわい絶頂に背が反って、寄りかかっている本棚がガタガタと音を立てた。胸に本を抱えていてよかった、と思う。そうでなかったら、レヴィの背に両腕を回してはしたなく縋りついていたかもしれない。
「っは、ぁ、♡ はあ……♡」
レヴィの唇が、ゆっくりと離れていく。甘くイってしまった余韻にふるえながら目を開けると、熱を孕んだ空色がじっとリトを見下ろしていた。いつだって清廉な百合のような彼の、その濡れた唇が、妙に艶めかしい。
「やっと、あなたのお役に立てた……」
うれしいです、と幸福そうにほほ笑んだ己の護衛騎士に、リトはちいさな声で礼を言うことしかできなかった。
158
お気に入りに追加
2,198
あなたにおすすめの小説
無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました
かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。
↓↓↓
無愛想な彼。
でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。
それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。
「私から離れるなんて許さないよ」
見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。
需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる