誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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王子たちの茶会

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「それは……理由をお訊きしても、いいですか?」

 ダレンは、椅子に座っているリトの足元にひざまずき、下からすくい上げるようにしてリトを見つめた。
 丸めがねの向こうのアメジストが、心配そうに揺れている。

 リトはすうっと息を吸って、眉間にぎゅっと力を入れてから言った。

「おれが……っ、おれが、レヴィのこと、きらいだからです」

 『きらい』と口にすると、胸の内がちくちく痛む。鼻の奥がツンとするのを耐えて、リトは睨むようにダレンを見返した。

「リトさま……」

 ダレンはかすかに目を見張り、それから真面目な顔つきになった。

「レヴィが、なにかご無礼を?」

 ダレンの問いに、リトは首を横に振った。レヴィを悪者にしたいわけではない。

 くちびるを引き結んで身体を強ばらせるリトを見つめ、ダレンは膝の上で握り締められているリトの手をそっと握った。

「……わかりました。ですが、聖獣の護衛を任せられる後任を選定するのに、すこし時間がかかります」

 それでもいい。これで、レヴィをリトから解放してあげられる。
 リトはようやくほっとして、「ありがとうございます」、と頭を下げた。




 ダレンが授業を休みにしてくれたので、リトは自室に戻って午前を過ごした。
 ソファでぼんやりしているリトの手を、ノアが保湿クリームでマッサージしてくれた。ゆうべもよく寝つけるように足を揉んでくれて、リトが満足して眠たくなるまでからだを慰めてくれた。みっともなく泣いているところを見られてしまったあの日から、際限なく甘やかされている。
 ノアの母が作ったという保湿クリームは爽やかないい香りがして、さらさらとした質感でリトも好きだった。親指の膨らみをぐりぐりと揉みこまれると、気持ちがよくてほうっとため息が出る。指の一本一本まで丁寧に保湿クリームを塗り込めたあと、爪にやすりがけしてからピカピカにしてくれた。

「ありがとう」

 前世でもネイルまではしていなかったから知らなかったけれど、爪がきれいだとなんとなくうれしい。

「午後のお茶会はどうされますか?」

 道具を片付けながらノアが訊いてくる。第二王子のダーヴィドからお茶会の招待を受けていたのだ。
 双子の兄である第一王子のシャロームと正式に婚姻関係にあるダーヴィドは、対外的にも対内的にも、王太子の妃として公務に当たっている。ダーヴィドの主催で定期的に開催されるサロンもそのひとつだ。
 しかし、今回の茶会は親しい身内だけが集まるごく小規模なものだと聞いた。

「行けるよ。大丈夫」

 第二王子がサロンにリトを誘うのは、リトの交友関係を広げようとしてくれているからだ。リトの交友関係が広がれば、そのぶんマナの供給をお願いできるひとが増えるかもしれない。
 リトが聖獣の力に目覚めるかどうかに、マグナルク王国の未来がかかっているのだ。執政を担っている第二王子としては、何もせずいることはできないのだろう。
 とはいえリトは人見知りなので、初めてサロンに招ばれたときにはいろんなひとに挨拶をするだけで終わったし、前回も貴族の令息たちの高尚な会話をぼんやり聞くだけで終わった。バイト先の飲み会に強制参加させられたときとなにも変わらない。

(ちゃんとしなきゃ……)

 皆がリトによくしてくれるのは、リトが魔界の未来を背負っているからだ。リトが弱っていたら、みんな不安になる。
 護衛の件が解決すれば、アデルとレヴィを見かけることもそうそうなくなるだろう。心を乱されることがなくなったら、リトはもっとちゃんと己の責務に向き合える。

(……大丈夫。がんばろう)

 ちくりと痛んだ胃のあたりを無意識に押さえながら、リトは拳を握りしめた。




 迎えに来てくれた馬車に乗り込んで王城へ向かうと、案内役の従僕が出迎えてくれた。
 当然レヴィも同行している。馬車で移動するときは、護衛はキャビンの外にある後方のシートへ立ったまま乗り込むので、移動中は顔を合わせずに済んだ。
 いつものように己の数歩後ろを歩いているレヴィの気配を、どうしても意識してしまう。護衛解任の話は、この週末にダレンが第一、第二王子と騎士団長も交えて話をすると言っていたから、本人にはまだ知らされていないはずだ。

(おれから離れられるって知ったら、喜んでくれるかな)

 それとも、リトにクビにされたことを知って怒るだろうか。
 どちらでも構わなかったが、少なくとも、このままリトの護衛に縛り付けられているよりは、騎士団に戻ったほうが本人のためにもいいはずだ。王国一の剣の腕を活かせる場所は、他にいくらだってあるだろう。


 王城の広い敷地内の一角にある、ジェミニと名付けられたふたつ並びのガゼボが茶会の会場だった。その名の通り、双子である第一王子と第二王子のために作られた庭園だ。
 地球で言うところの四月に入ったばかりの王宮は、まだ肌寒い日もあるが徐々に春めいてきている。優美な造りのこの庭園にも、様々な花の香りが漂っていた。

「やあリト、よく来てくれたね」
「こんにちは、ダーヴィド殿下。お招き頂きありがとうございます」
「ふふ、困った子だ。敬語も敬称も要らないと言っているのに」

 出迎えてくれた第二王子に形式通りの挨拶をすると、いつも通りの苦笑が返ってきた。わかってはいるのだが、実行に移すのはだいぶ難しい。

「やあ、リト」
「あ……ハリー」

 ガゼボに続く階段を上ると、すでにセッティングされた茶会の席にはハロルドがついていた。椅子から立ち上がった第三王子は、リトが名を呼ぶとうれしそうに目をほそめてこちらの肩を抱いた。こめかみにちいさくキスが降ってくる。

「今日もかわいいね。わざわざ着替えてきたのか? とてもよく似合ってる」

 いつものことだが、出会い頭からものすごく流暢に口説いてくる。
 王城での茶会に普段着のまま来るわけにはいかないので、当然それなりにきちんと見える服装をしている。といっても選んでくれたのはノアなので、リトは着せ替え人形よろしくされるがまま身支度を整えられ、「とてもすてきです」と満足気にほほ笑んだノアに送り出されてきただけだ。
 正直なところ、フリルがたくさんついたブラウスも大きな宝石のついたリボンタイも身体の線がよくわかるジャケットもあまりリトの好みではない。ボトムは細身のほうが好きだが、トップスはシンプルかつオーバーサイズでゆるっと着たい派なのだ。

「あとで邸へ行くよ。その格好のままの君を抱きたいな」

 耳元でささやいてきたハロルドを、リトは頬を染めて見上げた。

「だっ、抱くのは、だめです」
「はは、冗談だよ」

 どこまでが冗談なのかわからない。リトが困惑していると、使用人たちに細々と指示をしていた第二王子が戻ってきて助けてくれた。

「ハロルド。リトをいじめないように」
「心外だな、兄上。こんなにかわいがってるのに」
「いいからほら、席について。もうひとりもすぐに来るだろう」

 今日は本当に、ごく少数の茶会らしい。

(あとひとりって、第一王子かな)

 そう思いながら席についたところで、ガゼボの外から低く冴えた声がした。

「兄上、遅れて申し訳ありません――」

(え?)

 リトは、弾かれたように顔を上げた。
 階段に足をかけた状態で硬直しているそのひと――、
 第十一王子のアデル・ベル・マグナルクと、目が、合った。




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