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誰からも愛される清廉な騎士なのに、あるじにだけ嫌われています①

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 レヴィ・グリフィスは、今年二十五になる。
 二百歳を超える団長や副団長に比べればまだまだ若輩だが、魔族の成人は十八歳だから、当然もう大人だ。
 大人であるのに、同年代も多くいる同僚たちは「レヴィにはまだ早い」とよく口にする。兵舎で休憩しているときや、討伐任務での野営地、城下町の酒場。団員たちがいわゆる猥談で盛り上がっているとき、レヴィが近くにやってくるとみな一様に口をつぐむのだ。そうして言う。
 レヴィにはまだ早い。
 
 確かに、レヴィは下ネタがよくわからない。恋愛の経験も性交の経験もない。けれども、レヴィも侯爵家の嫡男として、しっかりと閨教育は受けている。もちろん座学だけだが、なにも知らない子どもというわけではないのだ。

「ん、ん……っ♡」
「んー♡ リト、かわいいね……♡」

 今日も今日とて、レヴィは己のあるじが客人に押し倒されている様をじっと見ている。フェリックス・エスター・ロクアニスは、レヴィにとって最も警戒しなければならない人物だ。
 レヴィのあるじは、魔界にとって他に代わる者のない尊い聖獣である。とある事情によって他者からマナを分け与えてもらう必要があるが、純潔を守るため性交以外の方法で供給を受けている。
 レヴィの任務は、リトの身の安全を護ることだ。そうしてもうひとつ、フェリックスの毒牙から彼の純潔を護る命も受けている。

 リトとフェリックスが客間のソファで絡み合っているあいだ、レヴィはとにかく真剣だ。外からの万一の襲撃にも警戒せねばならないし、フェリックスの言動も注視しなければならない。リトの様子を伺い見ることも大事だ。本当に嫌がって泣いたりしていたら、一言でも「助けて」と声にすることがあったら、レヴィは躊躇いなくリトを助け出すと決めている。

 レヴィの目には、リトはとても不安定な青年に見える。彼がレヴィを見るときの、あの怯えたような、苦しげに揺れる視線。こちらのことをまるで無視しているのに、全身で意識していることがありありとわかる強ばった肢体。
 それでいて、レヴィ以外の者のまえでは、いっそいとけないほどあどけなく素直な表情を見せる。

(俺、嫌われてるのか)

 レヴィがそう気付いたときの衝撃を、言葉にするのは難しい。なにせ、はじめての経験だったのだ。
 レヴィはこれまで、ひとに嫌われたことがなかった。よほど鈍感で気付いていなかった可能性もあるが、少なくとも、リトのようにあからさまな態度で接せられたことは一度もない。
 思えば、リトは初対面から一貫して同じ態度だった。なにをしたわけでもないのに、はじめから嫌われていたのである。いわゆる「生理的にムリ」というやつなのかもしれない。
 
「っん、ぁ、~っ♡」

 フェリックスのからだの下で、リトがびくんとふるえた。弾みで離れたふたりの舌先から、唾液が糸を引いて垂れる。白い頬を真っ赤に染めたあるじが、ひとみを潤ませながらせつなげに身をよじる様を、レヴィは黙って見守った。

「キスで上手にイけてえらいね♡」

 フェリックスの白くたおやかな指が、リトの亜麻色の髪をやさしく撫でる。まだ絶頂のただなかにいるのだろうリトは、フェリックスの声と指先に恍惚ととろけた顔つきになった。
 フェリックスに限らず、リトはマナの供給を受けている時しきりに「だめ」と言う。「だめ」なのにこういう顔をしてしまうのだ。純潔を保とうとしているリトが自身の情慾に翻弄されている姿を見るたび、レヴィは憐れみに似た感情を抱いてしまう。けして蔑んでいるわけではなくて、このか弱いひとを己が護ってやらねばならない、という強い情動が込み上げてくるのだ。




 幼い頃から、レヴィには剣しかなかった。
 グリフィス侯爵家は武門の家柄だ。領地に騎士団を有し、当主は代々その団長を務める。幼少期に騎士見習いとして王宮に入り、いまでは王国騎士団の一員として任務に当たっているレヴィも、父が現役を退くときには領地へ戻って爵位を継ぐことになっている。
 リトの護衛は、彼が聖獣としての力に目覚めるまでの限定的な任務だ。それでも、大変に重い責任と栄誉ある仕事だった。

「レヴィ」

 一心不乱に剣を振るっていたレヴィの背後から、親しんだ気配が声をかけてきた。
 もう長い付き合いだ。振り向かずとも誰だかわかる。

「アデル殿下。こんにちは」

 マグナルク王国の第十一王子、アデル・ベル・マグナルクが、いつものように黒一色の出で立ちでそこに立っていた。

「またこんなところまでお散歩ですか?」
「王宮は私の家だぞ。自分の家の中をどう歩こうが私の自由だろう」

 すんとした顔でアデルは言った。それはそうだが、ここ聖獣リトの住まう邸は、アデルの執務室がある王城からはだいぶ離れている。用もないのにわざわざ来るような場所ではない。

(まったく、しょうがないひとだな)

 なぜ毎日のように、しかもレヴィが庭で鍛錬をしている時間を狙い澄ましたようにアデルがやってくるのか、その理由をレヴィはわかっていた。




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