誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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 とはいったものの、どこからどう説明すればいいのかわからない。パソコンとは? ゲームとは? といったところから解説しなければ伝わらないだろう。
 
「えっと、パソコンっていう機械があって……あっ、機械っていうのは……」

 と、しどろもどろで話し始めたリトに、ダレンはあっさりと言った。

「パソコンですね。わかりますよ」
「わかるの?! なんで……?!」

 リトは本当に驚いたのだが、対するダレンは淡々と答えた。

「リトさまと同じように、地球での記憶を持ったまま転生してくる者が稀にいるんです。わたしの末の弟がそうなんですけど」
「ダレンって、弟いたんだ……」
「すご~くたくさんいます。その末の弟が、前世は地球人で、趣味でえっちなマンガっていうものを描いてたらしいです」
「趣味で、えっちな漫画を……」

 思わず復唱してしまった。

「でもエナドリガンギメのヨンテツしてイベント前日にゴクドウニュウコウした直後に倒れて死んでしまったんですって。まだ若かったのに」
「弟さん……!」
「そんなわけで、地球のことは弟からよく聞いていました。だいたいのことはわかると思います」

 力強いダレンの言葉に励まされて、リトはどうにか『マグナルク』について説明することができた。この世界に実際に生きているひとたちのことなので、アダルト版があることや、自分がアデルにガチ恋していることはさすがに話せなかった。レヴィが主人公の恋愛ゲームである、ということを、当たり障りなく伝えただけだ。

 ダレンは顎に手を当てながら、リトの話を興味深げに聞いていた。

「だからおれ、最初はゲームの世界に転生しちゃったのかなって思ってたんです。でも、ゲームとはやっぱりいろいろ違うし、けどおんなじところもあるし、あのゲームってなんだったんだろうって気になっちゃって……」
「そうですねえ……まず、わたしたちのこの世界と地球とは、確かに隔絶されていますが、まったく干渉がないというわけではないんです。末の弟の話では、地球で読んだマンガに出てきた人物が、人間界に実際にいた偉人と名前から生い立ちまでそっくり同じだったんですって。たぶん、そういったことが他にもたくさんあるんじゃないかなあ」
「えっと……つまり、こっち側のことが、なんらかの形で地球に伝わってる……?」
「逆に、地球で起きたことが、こちら側へ影響している、ということもあるのでしょうね。知らず知らずのうちに、よその世界のことをジュシンしているのかもしれない、って弟は言ってました」

(ジュシン……受信ってことかな)

 輪廻の海という謎のうねりが各世界のあいだをぐるぐると巡っているのだとしたら、その波のようなものに乗ってなにかを受信してしまうようなこともあるのかもしれない。

「でも、リトさまが仰るとおり、必ずしもそっくりそのまま伝わるというわけでもないみたいですね」
「そうですね……けっこう設定ちがうとこあります。ゲームだと、ヴォルフを召喚したのはダレンになってたし」
「レヴィが誰からも愛される主人公だってところは、すごく納得しましたけど。実際、あの子はモテモテですし……
 あ、でも、そのゲームの攻略対象の中に、王国騎士団の団長さんがいるって言ってたじゃないですか」
「はい」

 王国騎士団団長、ギルバート・ワーナー。
 プレイヤーからは、筋肉担当として愛されていた。雄々しい相貌のイケメンで、つがいだった副団長を任務中に亡くしてしまった心の傷を抱えている。
 一見すると地味なキャラクターなのだが、攻略ルートのシナリオがとにかく泣けるとあってとても人気だった。

「団長さんには、ずうっと昔から番がいるんです。同じ王国騎士団の副団長さんなんですけど、仲睦まじいことで有名ですよ。団長さんは番ひとすじの清廉な方ですから、レヴィにどうこう……ということはまずないですね」
「そうなんですか」

 それはなんというか、ほっとする話だ。現実では幸せに生きているというなら、それに越したことはない。
 そう思ったところで、リトははたと気が付いた。

(……もしかしたら、ここにいるアデルも、レヴィのこと好きじゃない可能性が、ある?)

 アデルが人間嫌いであることは覆しようのない事実だが、ゲームの中のアデルとは、取り巻く状況が変わっているかもしれない。
 一瞬、ほのかな期待のようなものがリトの胸に湧いた。愚かにも、そうだったらいいな、と思ってしまったのだ。

「おや、アデル殿下だ」

 ふと、ダレンが言った。一瞬こころを読まれたのかと思ってしまうようなタイミングだったが、跳ね上がるように顔を上げたリトは、彼の視線の先を追ってハッと息を呑んだ。
 学習室の南側の壁は、全面が大きな窓になっている。カーテンが開けられ、午前中の明るい光を取り込んでいる硝子窓の向こう、庭の片隅に、漆黒の装束を身に纏ったその姿があった。傍らにいるのは、鍛錬の最中だったのだろうレヴィだ。

(アデル)

 いちど見てしまったら、もう目を離せなくなった。
 つややかな黒髪に、鮮やかな柘榴色のひとみ。何度となく見惚れた完璧な美貌に、リトの唇からひとりでに吐息が漏れた。
 今日もかっこいい。だれよりもすてきだ。
 どんなに嫌われても、どんなに貶されても、リトはアデルのことがどうしようもなく好きだった。

 ここから見ても、わかる。アデルのおだやかな眼差し、やさしげなほほ笑み。きっとレヴィにしか見せないのだろう、その顔。

「こんなところまで会いに来るなんて、相変わらず……」

 なにかを言いかけたダレンが、リトの様子に気が付いてふと言葉を途切れさせた。

「……あのふたりは、幼なじみなんですよ。確かひとつ違いだったかな、年が近いんです。子どもの頃、同じ剣の師に師事していて、いつも一緒にいました」

 ――知っている。
 最愛の母を亡くし、失意と絶望の中にいた孤独な王子のこころをあたためてくれた、やさしくておおらかで、太陽のような少年。
 ゲームの中の設定と同じだった。こういうところはそっくり同じなのだな、と思うと、うれしいような、なんでだよ、と思ってしまうような、複雑な気持ちがした。

「もしかして、アデル殿下もゲームの中に出てきました?」
「えっ?」
「レヴィが主人公なら、殿下が出てこないほうがおかしいかな、と」

 ダレンにそう思われるほど、アデルとレヴィとは切り離せない存在なのだ。
 庭の片隅で話している彼らの様子を見れば、リトにだってわかってしまう。
 アデルは、レヴィのことを愛している。
 ここに生きているアデルは、リトが恋したゲームの中のアデルと、なんら変わらなかった。

(泣きそう)

 失恋したことを、もう一度まざまざと突き付けられたような気分だ。一方で、アデルがレヴィを愛していることに、ほっとしてもいた。リトが好きになったアデルは、やっぱり、一途にレヴィを想う彼だったから。

 リトの視線の先で、アデルがレヴィの肩をそっと抱いた。耳元で何事か話し、去っていく。レヴィはいつも通りの顔をしていたから、きっと別れの挨拶だったのだろう。親密な、幼なじみの空気。

 アデルが視界から消えてようやく、リトはそっと息をついた。ダレンを無視してしまっていたことにいまさら気が付いたが、彼はおだやかにほほ笑んでいるだけだった。

「リトさまのお話を聞く限り、どうも弟の前世と同じニホンジンのようですね」

 あえて話題を変えてくれたのだとわかった。ずるいことはわかっていて、リトはその話題に乗った。

「弟さん、やっぱり日本人だったんですね」
「ええ。弟は、いまはまだ両親と一緒に天界で暮らしているんですけど、近いうちにここへ来るんです。十二歳になったら、わたしのもとで魔術を学ぶことになっていましたから」

(まだ十二歳なんだ……)

 ダレンとはほとんど三百歳近い年の差がある。すごくたくさん弟がいると言っていたし、長命種の場合は、こういうこともよくあることなのかもしれない。

「聡明で、とてもいい子なんですよ。リトさまにもご紹介しますね」
「はい! おれも、会ってみたいです」

 人見知りのリトだが、この世界で同じ(元)日本人に会えるというのは単純にうれしかった。それにたぶん、十中八九向こうもオタクだ。

(なんのジャンルだったんだろ……創作かな? そういえば、かずきお兄ちゃんも漫画を描くのが好きだったな)

 凛斗の初恋のあのひとも、この世界のどこかへ転生して、生きているのだろうか。

(おれのこと忘れててもいいから、もしどこかで会えるなら、会ってみたいな)

 ――りとのこと、わすれないでね。
 ――ぜったいに忘れないよ。

 頬に触れたやさしいキスを思い出して、リトはいまだに切なく痛む胸にそっと手を当てた。
 


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