誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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とろとろのキス

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 叫んでしまってから、リトはハッとして口を押さえた。

「違う! いや違わないけど、言い方をまちがえた」

 羞恥でかあっと頬が熱くなる。ひとりで慌てて混乱しているリトを、ノアは目をほそめて見やった。

「マナの供給の件、ですか?」
「えっ? あ、そう、そうだけど、なんで知ってるの?」
「リリー様から伺いました。リト様からマナを乞われたら、分け与えてさしあげるように、と」

 先んじて、ダレンが説明してくれていたらしい。リトではうまく話せなかっただろうから、助かった。

「でも、ノアがいやだったらぜんぜん断っていいよ。おれ、怒ったりしないし、だれにも告げ口したりしないし」

 協力をお願いする、といっても、ノアにとっては強制的な命令と変わらないだろう。リトは主人で、彼はしもべなのだ。だからこそ、命令して無理やりマナを搾り取るような真似は、絶対にしたくなかった。

「お気遣いありがとうございます。もちろん、協力させて頂きます」
「無理してない……?」
「あるじのお役に立てるのなら、使用人にとってこれ以上のよろこびはありません」

 絹手袋に包まれたノアの右手が、流れるような仕草でリトの左手を取り、手の甲へそっと唇を押し当てた。やわらかい感触がくすぐったくて、指先がぴくんと跳ねる。
 これまでされたことのある、甲を額に触れさせる敬愛の挨拶とは違う。まるで口説かれているみたいな気分になってきて、リトはじわじわと赤面した。
 
 手の甲から顔を上げたノアは、耳まで赤くなっているリトを見やって愛おしげにほほ笑んだ。

「口づけても、よろしいですか?」
「う、うん」

 改めて確認されると、へんなかんじだ。どきどきしながら、リトは顎を上向かせて目を閉じた。
 ノアが動く気配がする。肌触りのいい絹の感触がひんやりと頬へ触れて、次いで唇に、先ほど手の甲で感じたやわらかなそれが触れた。

「ん……っ」

 そっとそっとついばむように触れた唇が、リトの様子を伺うようにすりすりとこすり合わされる。それが思いのほか気持ちがよくて、背筋がぞくんとふるえた。

「は、ぁ、っ」
「ふ……」

 思わず喘いでしまった唇のあわいから、ノアのあたたかな舌がするりと滑り込んできた。リトのちいさな舌先を捕まえたそれが、しっとりと絡み付いてくる。

「んん……っ、ん、ん、ぅ」

 リトの敏感な口の中を、ノアの器用な舌先は丹念にやさしく愛撫した。髪を洗ってくれるときや、肌の手入れをしてくれるときと同じ、主人への忠誠と確かな愛情を感じる。

(だめ、だめ、こんなのとろとろになっちゃう)

「ぁ、ん……ん……♡」

 こちらをとろかすようなあまくてやさしいキスに、鼻にかかった感じきった吐息がもれるのを止められない。
 頬に触れていた絹手袋越しの指先が、きっと真っ赤になっているだろうリトの耳朶に触れた。先程軽くマッサージしてもらったときの心地よさを思い出した瞬間、するりと耳裏を撫でられて全身がぞくぞくした。

(みみ、きもちい、とろとろのキスしながらすりすりされるの、きもちくなっちゃう)

「は、ん、ん、んぅ……っ♡」

 感じすぎて、皮膚が粟立っている。ツンと硬くなった乳首が夜着にこすれて気持ちがいい。ノアの舌が、いっとう感じる上顎のところをくすぐってくる。

(あ、あ、あ、いっちゃ、う、これ、だめ♡)

「ん、っ、あ、~っ♡」

 びくん、と誤魔化しようもなくからだが跳ねた。弾みで離れてしまった唇から、いやらしすぎる甘い声が漏れてしまった。
 倒れ込みそうになったからだを、ノアの両腕が抱きとめてくれる。

(ま……って、これ、本イキしてる……っ♡)

 ノアの腕の中でびくびくとふるえながら、リトはいたたまれない心地で絶頂の快楽を噛み締めた。

(なんで……っ、いくらなんでも、キスだけでこんな……からだ、おかしくなってる……?)

 もともと敏感ではあったけれど、乳首や前立腺に触れずにドライオーガズムに達したことなどいままでなかった。

(おなか、熱い……聖獣の……フェルの、魂のせい……?)

「はぁ、は、あ……っ♡」

 いま顔を上げたら、みっともないイキ顔を晒してしまうことになる。射精による一瞬の絶頂と違って、ドライオーガズムはなかなか引いていってくれない。
 ノアの執事服の肩口に顔をうずめて、リトはすんすんと鼻をすすった。

「ごめん、のあ、ぁ、ちょっ、と、待って……っ」
「大丈夫ですよ。リト様が落ち着くまでこうしています」

 マナを吸収するためのキスで本気イキしてしまった主人にも、変わらずノアはやさしい。誠心誠意仕えてくれているのに、主がこんな淫乱で本当に申し訳ない。
 ようやっと余韻がおさまってきて、リトは火照った吐息を逃すように胸を喘がせながら口を開いた。

「ノア……おれ、えっちで、ごめんね」

 恥ずかしくて、まだ顔は上げられない。精一杯の謝罪だったのだが、触れ合っているノアの身体がいっしゅん緊張したように強張った。

「……リト様。そういったことは、不用意に口になさらないほうがいいですよ」
「……? うん」

 ドライでイったあとは、いつも頭がぽやぽやしてしまう。ノアの言葉の意味もよくわからなかったが、どうやら注意されているようだったのでリトはとりあえずうなずいた。

 無防備に身を預けてくる主人の身体を抱き留めながら、誠実で理性的な侍従があるじの今後を憂慮して心痛の吐息をこぼしたことに、リトは気付かなかった。
 


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