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今代の守護者
しおりを挟む召喚された次代の聖獣が、人間の姿で顕現した。
聖殿へとやってきた筆頭宮廷魔術師にそう聞かされた聖獣ヴォルフは、そうか、とだけ応えた。
「こうなることを、わかっておいでだったのですか?」
「いいや。おまえも知っているだろう、聖獣に予知の力はない。召喚に必要なマナもたまっているし、まあそろそろ呼んでおくかと思って今日にしただけだ」
「そんな適当な……」
筆頭宮廷魔術師――ダレン・リリーは疲れた様子で額に手を当てると、深いため息を吐いた。
「それなら、陛下がお戻りになってからの召喚でもよかったじゃないですか」
「いつ帰ってくるかもわからんのにか?」
「それはそうですけど……! せめてシャローム殿下とダーヴィド殿下が戻られてからでも……いやでもあのおふたりだとどっちが血を捧げるかで延々といちゃつきそうだな……想像するだけでめんどくさ……」
「同感だな」
「とにかく、アデル殿下がキレ散らかして大変だったんですよ! リトさまったら、おかわいそうに、心ない言葉をかけられて泣きだしてしまって……」
心配そうに眉をひそめていたその表情が、みるみるうちに恍惚とした表情に塗り替えられていった。
「ああ……♡ 人間さんのいとけない泣き顔、たまらなかったなあ……♡」
「聖獣の清らかな塒で陰茎を勃起させるな」
「ちょっと、どこ見てるんですか?! すけべ!」
すけべであることは否定しないが、ダレンはそういった対象ではない。ヴォルフは逸れてしまった話を無理やり本筋に戻した。
「とにかく、うつわが人間のかたちをしていようと、聖獣の魂が宿っているのならなんら問題はない。マナをよく吸い、魂が育てば、力も目覚めるだろう」
「まあ、そこはわたしも心配はしていないんですけどね。むしろ人間さんの姿で顕現してくれてラッキー!てかんじです」
「正直なところはおまえの美徳だが、欲望はもうすこし隠したほうがいい」
「はぁい」
にこにこと笑っている愛弟子を見下ろして、ヴォルフはそっとため息を吐いた。昔から返事だけはいいのだ。
先代国王と共にヴォルフを召喚したのは、かつて筆頭宮廷魔術師の座にいたダレンの母、イアンだった。当時はまだ独身だったが、のちに番となった天族の夫はロクアニス皇国の重鎮だったために天界から離れられず、生まれてきたダレンはイアンがひとりで育てていた。
元気いっぱいの赤子を背負いながら、筆頭宮廷魔術師としても多忙を極めていた彼が日に日にやつれていくのを見かねたヴォルフが、幼いダレンの子守をしてやっていたのだ。長じるうち、母親譲りの魔術の才に目覚めたダレンに、マナの扱い方を教えてやったのもヴォルフだった。
「それで、どうしてリトを連れてこなかったんだ」
「だって眠たそうにしてたんですもん。いっぱい泣いてねむたくなっちゃうなんてかわいいですよね、赤ちゃんみたい♡」
「おまえも赤子のときは本当にかわいかった」
「いまだってかわいいでしょお」
三百歳にもなって頬をふくらませるダレンは確かにかわいいが、ヴォルフは他に考えることがあった。
「あっ、いまから会いに行こうとしてますか?! だめですよ、やっとおねんねしたところなのに、寝起きにヴォルフさまみたいなおっきい獣を見たらびっくりしちゃうじゃないですか!」
「人型になればいいだろう」
「人型でも魔族よりうんと大きいのに、いたいけな人間さんを怖がらせないわけないでしょう」
真顔でたしなめられて、反論する言葉を持たなかったヴォルフは渋々引き下がった。
「数百年ぶりに会う同胞が待ちきれない気持ちはわかりますけど、明日になったらちゃんと連れてきてあげますから。ね?」
慰めるように、ダレンの手のひらがヴォルフの口吻を撫でる。
確かに、年甲斐もなく浮かれているのはヴォルフのほうかもしれない。マグナルクに召喚されてから五百年、いまは亡き先代国王の呼び声に応えたのはヴォルフ自身の意志だが、生まれ育った懐かしい故郷を、愛する家族を、ひとときも忘れたことはなかった。
先代の守護者が輪廻の海へ還ってからは、ヴォルフはこの世界でたったひとりの聖獣になってしまった。
いつか召喚されてくる同胞に、己の後継となる者に出会うことを、ヴォルフはずっと待ち遠しく思っていたのだ。
(――リト。おまえの魂は、いったいどんな姿だろうか)
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