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第4の異世界ーはるか遠くの銀河で戦う少年

第86話 そのころオーディアヌ帝国では2

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「もうひとつ報告が。ヨトゥナでゼナイエ派とペイナー派が和解をしたそうです」
「なに? あのペイナー・サーミットがゼナイエと和解だと? ありえぬ」

 あの家柄しかない馬鹿な女を焚きつけてゼナイエと仲違いをさせる。そしてヨトゥナが分裂となれば戦争を今よりも優位に進めることができたはず。

「もし事実だとするならば、サーミット家に潜り込ませた者どもはなにをしている?」
「はい。ペイナーの部下として潜り込ませている者が心変わりを諫めたようですが、聞く耳は持たず、ゼナイエとの和解を決めたようです」
「むう……やはり事実なのか。しかし一体なにがあったのだ? なぜは奴は心を変えた?」
「この件にもハバン・ニー・ローマンドが関わっているそうですが」
「ハバンというその男がペイナーを説き伏せてゼナイエと和解をさせたというのか? どうやってだ?」
「理由までは不明のようです」

 ヨトゥナは分裂寸前と報告を受けたのはつい先日だ。わずかなあいだでどうやってペイナーを心変わりさせたのか、その方法はメイラッドが考えを巡らせてもわからなかった。

「デズターが殺され、ヨトゥナの分裂は回避された……」

 玉座から立ち上がったメイラッドは背後に立つ巨大なヴァルキラスの像へと向き直る。

「ヴァルキラス様はこんなことが起きるなどお告げされていなかった」

 ヴァルキラスの告げを聞いていたメイラッドには今の状況が不可解でしかない。
 神が間違いを言うはずは無いのだから。

 お告げ通りならばデズターはデルマ王国への侵攻に成功し、その後、ヨトゥナは分裂をしてロキシニアス連合は勢いを落としていたはず。しかし現実にはデルマ王国の侵攻には失敗した上にデズターは死に、ヨトゥナの分裂は回避されている。

「ヴァルキラス様が間違いを……? そんな馬鹿な」

 しかし実際にお告げは間違っており、メイラッドは困惑する。

「レプニール、デルマ王国侵攻の際、敵のナイトは誰か死んでいるのか?」
「兵の報告ではヨトゥナの若い男のナイトがデズターに殺されそうなところで例の男に助けられたそうです」
「死んでいないのか?」
「そのように聞いています」
「……そうか」
「いかがされましたか? そのナイトがなにか?」
「いや……。それよりもレプニール」

 ふたたび玉座に腰を降ろしたメイラッドがレプニールを呼ぶ。

「例の侵攻計画はどうなっている?」
「順調です。予定通りスペースコミットの開催日当日に計画は実行できるでしょう」
「ならばよい。ふん。漫画やアニメなどという下劣なものに浮かれているロキシニアス連合の愚かな馬鹿どもに恐怖を味合わせてやるわ」

 いずれアズベルヘイムの地で起きる凄惨な光景を想像したメイラッドは、白い仮面の奥でくっくっくっと卑しく笑う。
 そんなメイラッドの前に痩せた白髪の年老いた男が進み出る。

「陛下、ご注進が」

 彼の名はテルグラナード・レイサン。彼は皇帝に助言を行う知識人の集まりである元老院の長を前皇帝の時代から務めている帝国では信頼の篤い人物である。

「なんだ? テルグラナード?」

 鬱陶しそうな声音でメイラッドは答える。

 テルグラナードはメイラッドのすることにたびたび口を挟んでくるのだ。それを鬱陶しいと思うものの、帝国内で影響力の強い彼のことは処分できないでいた。

「はい。率直に申し上げます。ただちにこの戦争はお止めください。この戦争は我が国による侵略であり、正義はありません。そして利もありません。我が国は多くの星を支配し、資源も豊富です。それなのにロキシニアス連合の国々を侵略してどうなりますか? 陛下は宇宙の王にでもなるおつもりですか? そんなことのために多くの人間が死ぬなど馬鹿げております。今すぐにロキシニアス連合と和解をして、この戦争をすぐに……」
「黙れテルグラナード」

 聞いていたメイラッドは何度も聞いたこの説教に嫌気が差して言葉を途中で制止する。

「この戦争が終わるのは我が国がロキシニアス連合を滅ぼし、ホーンどもを殺し尽くしたそのときだ。それまでこの戦争は終わらぬ」
「なぜ陛下はそこまでホーンをお恨みになる? いえ、例えその理由が真っ当なものであったとしても、陛下の個人的な感情で戦争を行うなど愚の骨頂ですぞ」
「テルグラナード、貴様は父の代から元老院の長を務める男だ。王族や貴族、民の信頼も篤い。我が輩も貴様には一目を置いているが故に今まで無礼な注進も許しはしてきたが、これ以上、余計なことを言うならばこの場で消し殺してくれるぞ」
「それでも陛下、私は……」
「テルグラナード様っ」

 元老院に所属する中年の男がテルグラナードの肩を掴んで彼の言葉を止めた。

「陛下は本気です。これ以上は……」
「う、んん……」

 実際、メイラッドは本気だろう。
 殺される覚悟はある。それでメイラッドが考えを改めてくれるならば自分の命くらいは差し出してもよいと考えてはいるが、そうはならないことは明白だ。

 自分の言葉に意味は無いと悟ったテルグラナードは軽く礼をして下がる。

「それでよい。老人はおとなしく国の行く末を見守っておるだけでよいのだ」
「……」

 心の中でテルグラナードは思う。

(かつてはこのような方では無かった。国を愛し、民を愛し、争いを嫌うおやさしい方だったのが、なぜこのように変わられてしまったのだ?)

 心当たりがあるとすればひとつだけ……。

(テオナ様とルオナルア様がいなくなられたこととなにか関係があるのか?)

 テオナはメイラッドの3つ下の妹で、ルオナルアは10こ下の弟だ。4年前にこの2人は行方不明となり、その頃からメイラッドはロキシニアス連合への侵略を計画し始めた。

(テオナ様とルオナルア様は一体どこへ? お2人の失踪は陛下が変わられたことになにか関係があるのか?)

 メイラッドの命令で2人の捜索が禁止されているのも不可解であった。

 2人の失踪とメイラッドの変化にはなにか関係がある。そう確信に近いものを持ちつつも、その関係がわかったところで自分になにができるだろうか?
 絶大な力を持つ皇帝メイラッドに対してはきっとなにもできないだろうと、テルグラナードは己の無力を嘆く。

(スクアルナータ様、オーディアヌはどうなってしまうのでしょうか……)」

 偉大であった前皇帝の姿を頭に思い浮かべつつ、テルグラナードは国の行く末を憂うのだった。
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