20 / 63
仕事を取るか、恋を取るか。
しおりを挟むまだ、熱は下がり切っていないものの、来るときに比べて体が軽くなっている。
帰りの車の中では後部座席に横になりながら、朝倉先生が作る心地良い空間にいつまでも居たいと思った。
車が自宅に到着した頃にはチャイルドシートの上で美優はスヤスヤと夢の中。
朝倉先生は、そっと抱き上げると、愛おしそうに目を細め「よく眠っている」と微笑んだ。
ベビーベッドに降ろされた美優は、少しフニャフニャとまた泣き出しそうになっていた。朝倉先生が美優の胸の上に大きな手を添える。すると、手の温かさに安心したように美優は大人しくなり、また眠りに着いた。
その手慣れた様子に関心するばかりだ。
「谷野さんもまだ無理はしないで、少し眠った方がいい。それと、谷野さんが寝ている間に買い物に行ってくるから鍵を貸してくれる?」
「朝倉先生、お忙しいのにそんな……。今日、滝沢さんのところに連れていってくださっただけでも十分助かりました。それにしてもよく私が乳腺炎だって分かりましたね」
そう、症状を伝えただけで、朝倉先生は滝沢さんの所に連れていってくれた。
「以前、姉貴がね。実家に帰って来た時に、同じ症状で大騒ぎしていたのを見ているから もしかして、と思ったんだ。さっきも姉貴に相談したらすぐに滝沢さんのところに行けって言われて、何が役に立つかわからないものだね」
「ありがとうございます。先生には、助けてもらってばかりで、いつか私にお返しが出来ればいいのですが……」
あの寒い風の吹く12月の街中で私を支えてくれた手は、心まで温かくしてくれた。せめて恩返しぐらいはしたい。
「谷野さんと美優ちゃんに充分癒やされているから気にしないでいいんだよ」
尊い……。
買い物に行って来るよと言われ、お言葉に甘えてお願いしますと朝倉先生に家の鍵を渡した。
「横になって、休んだ方が良いよ」
朝倉先生の言葉に頷いて、ベッドに向かおうと振り返った。その時、クラッと目眩を起こし、足元がおぼつかなくなる。
「危ない!」
倒れそうになった私を朝倉先生の腕が支え、気が付くと朝倉先生の腕の中に抱き留められていた。
朝倉先生から香るウッディな香りに包まれ、心臓がドキドキと跳ねる。
ち、近い……。
「す、すみません……」
いくら何でもこの距離はダメだ。顔が火照っているのが自分でもわかる。恥ずかしいやら嬉しいやら、どうしていいのか……。
おかしな態度を取って、朝倉先生との関係が悪くなったらどうしよう。
ひゃー。誰かどうにかして!!
「ほら、まだ無理しちゃダメだよ」
と、ふわりと体が浮き上がった。気が付けば朝倉先生にお姫様だっこをされている。持ち上げられると余計に体が密着した。
今日2回目のお姫様抱っこ。
はわわ、恥ずかしい。
この心臓がドキドキが聞こえてしまいそうで余計に緊張した。
それにさして広くない部屋は、抱えてもらったところで直ぐにベッドに到着。そっと降ろされ、ふわりと布団にくるまれた。
何か言いたいけれど何を言って良いのか、掛ける言葉が見つからなくて、視線が朝倉先生を追いかける。
するとふたりの視線が絡み、その優しい瞳に胸が熱くなる。
不意に朝倉先生の両手が私の頬を挟み、おでことおでこをコツンと当てた。
「まだ、熱がある」
そう言って頬を撫でた後、「買い物に行ってくるね」と部屋から出ていった。
イヤ、ナニ?
その萌え攻撃。
余計に熱が上がるから……。
残された部屋の中で自分の心臓がドキドキいっているのが、聞こえる。
不意打ちと言えるほどの近い距離、優しい仕草に押さえ込んでいた恋心が膨らむ。
朝倉先生の優しさを勘違いして、自分に気があるなんて思ったりしない。
今日だって、こんなスエット姿のボロボロの格好で、女としてマイナス得点の状態だし、出会った頃から迷惑しか掛けていない。
ザ・パーフェクトの朝倉先生に似合うような女では無い事ぐらい、自分が一番わかっている。
もし、恋心がバレて、仕事を失ってしまうような事態になったらどうしよう。仕事相手だから親切にしたのに、勘違いしちゃったイタイ奴になりかねない。この恋は、絶対に言っちゃダメだ。
女である前に、美優の母として、生活をしていかなければならない。
子供を育てるには、夢や希望だけではなく、現実問題としてお金が凄く掛かる。日常の雑貨品だけではなく、この先大学までの教育費を考えたら大変な金額だ。幼稚園から大学まで、すべて公立の学校でも12百万円、すべて私立ではこの倍の金額24百万円、大学の学部によってはもっと掛かる場合がある。
私は、美優との生活を自分の恋心のために失うわけにはいかない。
ただ、制御不能な恋心を上手に隠せる演技力が自分にあるとは思えない。
駄々洩れになって、嫌われたらどうしよう。
2
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
『番外編』イケメン彼氏は年上消防士!結婚式は波乱の予感!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は年上消防士!・・・の、番外編になります。
結婚することが決まってしばらく経ったある日・・・
優弥「ご飯?・・・かぁさんと?」
優弥のお母さんと一緒にランチに行くことになったひなた。
でも・・・
優弥「最近食欲落ちてるだろ?風邪か?」
ひなた「・・・大丈夫だよ。」
食欲が落ちてるひなたが優弥のお母さんと一緒にランチに行く。
食べたくないのにお母さんに心配をかけないため、無理矢理食べたひなたは体調を崩す。
義母「救護室に行きましょうっ!」
ひなた「すみません・・・。」
向かう途中で乗ったエレベーターが故障で止まり・・・
優弥「ひなた!?一体どうして・・・。」
ひなた「うぁ・・・。」
※お話は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる