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ナイショ話

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「母方の親戚とは付き合いが無かったから、まさかこの年で親戚付き合いが始まるとは思わなくて、紀美子さんと仲良くなれたのは凄く嬉しいです」

 沙羅の言葉に同意とばかりに、美幸はパッと顔を上げ、今度は藤井に抱きついた。

「うん、紀美子さん、大好き」

「あらあら、嬉しいわね。わたしも大好きよ」

 年齢の垣根を越えた、ふたりのじゃれ合いを見ているだけで、沙羅の気持ちは温かくなる。
 そして、藤井から言われた養子縁組の話を思い出していた。

 もし、藤井と親子関係になったなら、病気やケガに見舞われた際に、お互いを助け合う事ができる。それは、一方的ではなく、藤井が具合が悪い時に自分が助ける事もできるのだ。
 もう一度、母と呼べる存在が出来るというのも良いような気がする。
 美幸が嫌でなければ、ありがたい申し出を受けてもいいのだろう。

「沙羅、荷物持つよ」

 慶太の声に沙羅の思考が引き戻される。
 
「ありがとう。でも、これだけなの」

 と、紙袋を持ち上げる。
 短い入院期間、買いそろえた物だけのわずかな手荷物。

「ん、でも俺が持つよ」

 沙羅と慶太のふたりのやり取りを見ていた美幸が、不思議な物を見るような目をしていた。

「ねえ、お母さん。お兄さんとは高校が一緒だったんでしょう?」

 他意の無い子供の言葉は時として、大人を追い詰める。
 美幸の言葉に驚いて、沙羅は目が点になった。

「ええ、そうだけど。どうして、そんなことを知っているの?」

「昨日、お兄さんが紀美子さんに言っていたの。その時、お母さんの会いたい人がお兄さんだったって、紀美子さんが返事していたから、お兄さんにお母さんも会いたいと思うよって、言ったの」

 美幸の返事で、この場に居る人の視線が一斉に自分に注がれているのが沙羅にはわかった。
 自分の慶太の関係をオープンに訊ねられているのだ。
 無垢な子供の疑問になんと答えていいのやら、沙羅の頭の中は大忙しのパニック状態。

「あっ、あのね。こ、高校の頃の同級生で、えっと……」

 と、沙羅はしどろもどろで焦りまくりだ。
 その後を引き取るように、慶太は低く屈んで美幸に視線を合わせ、ゆっくりと話し出した。

「美幸ちゃんのお母さんは、高校の頃にクラスが一緒で、僕の初恋の人なんだ。夏に金沢で再会して、頑張っているお母さんの姿を見て、できるなら支えたいと思ったんだ。美幸ちゃんのお話をお母さんからたくさん聞いて、美幸ちゃんともお友達になれたらと思っているけど、どうかな?」

 慶太の告白に美幸は、きょとんと目を丸くした。
 沙羅は、トクトクと早くなった胸の鼓動を感じながら、ふたりを見つめている。

 美幸は、丸くしていた目を瞑り「うーん」と腕を組んで考えだした。
 そして、薄っすらと瞼を開き、ジト目で慶太の観察を始める。
 観察対象となった慶太は、優しくその様子を見守っていた。

 その間、沙羅はハラハラドキドキだ。
 慶太を上から下までくまなく見回した美幸は、難しい顔のまま口を開いた。
 
「母さんの具合が悪いのを知って遠くから会いに来るぐらい、お母さんの事が好きなのはわかりました。お母さんを悲しませないと約束してくれるなら、お兄さんと友達になっていもいいです」

「ありがとう。お母さんを悲しませないように努力すると、約束するよ」

「うん、約束ね」

 そう言って、美幸は慶太の目の前に小指を立てた手を突き出す。
 慶太は、美幸の小指に自分の小指を絡め、嬉しそうに笑う。

「ん、約束」
 
 小指が絡んだ手を2.3回上下に揺らしてから、慶太と指を離した美幸は何かを思いついたように沙羅にしがみついた。
 そして、そっと耳打ちする。

「お母さんの初恋の人って、もしかして、お兄さん?」

 まさか、そんな事を言われると思ってもいなかった、沙羅は火が付いたように顔が赤くなる。
 そして、美幸の耳に手を添えて、小さな声で囁いた。

「そうだよ。でも、ナイショにしてね」

 秘密の話しが大好きな年頃の美幸は、ぱぁっと顔を輝かせ、興奮気味に返事をする。
 
「うん、ナイショにする!」

 まったく、ナイショになっていない状態に藤井はクスクス笑う。

「あら、ふたりでナイショ話して、わたしは交ぜてくれないの?」



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