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いつか思い出になる日まで

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 頭を下げる慶太へ、沙羅は手を差し伸べる。
 沙羅の細い指先が頬に触れると、慶太はビクッと肩を震わせて顔を上げた。そんな慶太に沙羅は、愁いを帯びた瞳で語り掛ける。

「秘書の人が来た時、”ああ、やっぱり”って思った。慶太には言えなかったけれど、昔、慶太のお母様に”然るべき所から花嫁を迎える”って、慶太との付き合いを反対された事があったの。だから、今回も付き合う事を決めた時から反対されるって覚悟していたのに、いざとなったら取り乱してしまって、ダメだなって……。心配させてごめんね」

 沙羅の言葉を聞いて、慶太は瞼を閉じた。
 昔、沙羅が進路を変えた理由わけには、やはり自分との交際が原因だった。
 沙羅を守れずにいる不甲斐ない自分に情けなくなり、慶太の胸は石を飲み込んだように重くなる。
 そっと、瞼を開いた慶太は、頬に添えられた沙羅の手を両手で包み込む。
 
「謝らないでくれ。昔も今も、俺の力が足りないばかりに、沙羅を悲しませてばかりでごめん」

「ううん。あの時は、子供だったから……。ひとりで抱え込まないで、慶太にちゃんと相談すれば、また違う道が開けたかも知れないのに、自分だけがあきらめればいいんだって、思い込んでダメだよね。だから、今回は慶太から別れを告げられるまで、他の人の言葉に振り回されないようにって、決めていたの」

 沙羅の手を握る慶太の手に力が籠る。

「俺が沙羅に別れを告げるなんて絶対に無い。だから、何でも話して欲しい」

  沙羅が強い覚悟で、自分と付き合う選択をしてくれていた事に、慶太の心は打ち震える。
   だが、自分と一緒に居るために、倒れるほど思い悩んだと思うと慶太は、いたたまれない思いだ。

「うん、慶太を信じてる。今回の秘書さんの件も夜に連絡を入れようと思って居たの。それなのに、倒れてしまって……心配かけてごめんなさい」

 謝るのは自分の方だと、慶太はゆっくりと首を横に振った。

「俺の父が余計な事をして、沙羅に嫌な思いをさせたから……本当にごめん。お見合いの件も父には、はっきりと断った。もう沙羅との付き合いに口を挟ませたりしないよ。俺こそ心配させてごめん」

 慶太の言葉を聞いて、沙羅は安堵の息を吐きだした。
 父親に対して、仕事上の取引先である立華商事のご令嬢との縁談を断り、ふたりの交際を認めさせるのに、どれほどの覚悟を持って話をしたのか。
 慶太の自分への想いに沙羅の心は温かな気持ちで満たされる。

「……慶太、ありがとう」

 沙羅の手を握っていた慶太の手がスルリと動き、沙羅の顔に掛かっていた髪を梳き撫でつける。
 
「沙羅、早く良くなって……思いっきり抱きしめたい」

 艶のある声で慶太に囁かれ、恥ずかしくなった沙羅は、頬を赤らめながらうつむく。
 髪を撫でていた慶太の手が、沙羅の顎先を捉え、顔を上げさせた。
 
「ここ……病室」

「ん、だから、キスだけ……いい?」

  唇が重なり、体温がダイレクトに伝わる。
 柔らかくて温かな甘い刺激に、心は軽くなり、未来に対する不安も溶けて行く。
 チュッと音を立てて、唇が離れた。

 沙羅は、ゆっくりと瞼を開き、慶太の瞳をじっと見つめた。
 切れ長の瞳は優しい色で沙羅を見つめ返す。

「沙羅、これからは、お互い隠し事はしないで、なんでも話し合おう。不満でも何でも受け止めるから……聞くよ、いくらでも」

「うん、私もたくさん話しをする。だから、慶太も話して」

 相手の事を思い、心配かけないようにとひとりで抱え込み出した答えは、時として、独り善がりになってしまう事がある。

「ん、約束」

 そう言って、慶太は沙羅の前に小指を立てた。
 その指に沙羅は小指を絡める。

「ふふっ、約束ね」

 恋人同士と言えど、他人と他人。
 良い事も悪い事も話しをして、問題があれば、ふたりで乗り越える道を探し続けるしかない。それが、遠回りになろうとも、険しい道であろうとも、助け合い進めば、いつか振り返った時に、「あんな事もあったね」と、ふたりの胸に思い出として刻み込まれるはずだ。


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