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再会
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◇
にぎやかだった病室が、美幸と藤井が帰った途端に静かになった。
ベッドに横になった沙羅はテレビを見る気にもなれず、掛け布団に深く潜る。そして、枕の下に手を入れ、そっと名刺を取り出した。
名刺を裏返すと、「連絡待っています」との走り書き。少しクセのある文字が、愛おしい。
「慶太……」
この前のパーティーで、一緒に居た女性と結婚の話が進んでいるとしたら、この先、ふたりの関係はどうなって行くのだろうか……。
慶太は縁談は断ると言っていたけれど、秘書の人まで出て来て身辺整理をしているのだとしたら、縁談が慶太の手に負えないほど、どんどん進んでいるのだろう。
止められない気持ちはどうしたらいいのか、自分でも持て余してしまう。
不倫をしている人をあんなに軽蔑していたのに、もしかしたら、スル側になってしまうのかも知れない。
頭の中で考えても詮無い事だとわかっている。けれど、不安ばかりが先走る。
具合が悪いから思考がネガティブスパイラルに陥っているのか、ネガティブな思考が具合を悪くさせているのか……。
病室の白い天井は、気持ちを後ろ向きにさせる。
「はぁ。なんだかなぁ」
と、ぼやいた所でコンコンとノック音がする。
沙羅は看護師さんが来たのかと思い「はい、どうぞ」と返事をした。
ドアが開き、背の高い人影が動く。
「うそ……」
目の前に慶太が居る事が信じられずに、沙羅は目を見開いたまま、固まってしまう。
けれど、慶太が一歩ずつ近づいて来る度に、沙羅の心臓は早い脈動を繰り返していた。
「沙羅」
囁くように名前を呼び、慶太の手が、沙羅の体温確かめるようにをそっと頬を包む。
大きな手のひらから伝わる温かみに、沙羅は頬を寄せた。
話したい事がたくさんある。それなのに、胸がいっぱいで言葉が上手く出てこない。
「慶太……」
「具合は?」
「いまは大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「ん、吐血したって聞いて驚いた。でも、さっき沙羅のお嬢さん、美幸ちゃんに会って重い病気じゃないって聞いて安心した」
「えっ、美幸に会ったの?」
沙羅は大きく目を見開いた。
慶太は思い出したように、ふわりと切れ長の瞳を細める。
「下の総合受付のところで、美幸ちゃんが人形を落としたのを拾ったんだ。沙羅によく似ていたから、直ぐにわかったよ」
「さっき、キーホルダーの人形が取れちゃったって言っていたのよ。背の高いお兄さんに拾ってもらったって、慶太の事だったのね」
「しっかりして、いい子だね。沙羅が大切に育てているのが伝わってくる。美幸ちゃんのOKが出たから、藤井さんが面会の許可を取ってくれたんだ。その時に、沙羅の事を娘と思っているから、悲しませたら許さないって、クギを刺されたよ」
母親のように心配していると言った言葉の通り、藤井は沙羅の世話を焼き、温かな感情を注いでくれている。
早くに両親を亡くした沙羅にとって、藤井の過保護っぷりは、くすぐったくて、ほんわりとした気持ちにさせられる。
「紀美子さんには、すごく可愛がって頂いているの。……養子縁組の話しもくださって美幸と相談して決めようかと思って」
それを聞いた慶太は、顎に手を当て、考え込むように口を引き結ぶ。
沙羅が、体調を崩し病院に運ばれた時に、藤井も慶太と同じように沙羅を心配し、もどかしい思いを感じたのだろう。そんな思いを経て、藤井は沙羅に養子縁組を提案し、家族になろうとしているのだと思い当たった。
「そうか、沙羅が考えた末に決めた事なら応援するよ」
「うん……」
沙羅は、慶太の言葉にうなずいたものの、一抹の寂しさを感じていた。
藤井との養子縁組を受けたなら、佐藤沙羅から藤井沙羅に苗字が変わる。
婚姻関係ではない苗字の変化を慶太がすんなり受け入れているのは、突き放された気分になってしまう。
沙羅は、慶太の考えを知りたくて、顔を見つめた。
視線が絡むと、慶太は苦しそうに眉根を寄せる。
「沙羅、俺からも大切な話しがあるんだ。まず、謝罪をさせて欲しい。昨日、秘書の中山が沙羅に会いに行ったと聞いた。その際に、沙羅を傷つけるような話をして、本当に申し訳ない」
にぎやかだった病室が、美幸と藤井が帰った途端に静かになった。
ベッドに横になった沙羅はテレビを見る気にもなれず、掛け布団に深く潜る。そして、枕の下に手を入れ、そっと名刺を取り出した。
名刺を裏返すと、「連絡待っています」との走り書き。少しクセのある文字が、愛おしい。
「慶太……」
この前のパーティーで、一緒に居た女性と結婚の話が進んでいるとしたら、この先、ふたりの関係はどうなって行くのだろうか……。
慶太は縁談は断ると言っていたけれど、秘書の人まで出て来て身辺整理をしているのだとしたら、縁談が慶太の手に負えないほど、どんどん進んでいるのだろう。
止められない気持ちはどうしたらいいのか、自分でも持て余してしまう。
不倫をしている人をあんなに軽蔑していたのに、もしかしたら、スル側になってしまうのかも知れない。
頭の中で考えても詮無い事だとわかっている。けれど、不安ばかりが先走る。
具合が悪いから思考がネガティブスパイラルに陥っているのか、ネガティブな思考が具合を悪くさせているのか……。
病室の白い天井は、気持ちを後ろ向きにさせる。
「はぁ。なんだかなぁ」
と、ぼやいた所でコンコンとノック音がする。
沙羅は看護師さんが来たのかと思い「はい、どうぞ」と返事をした。
ドアが開き、背の高い人影が動く。
「うそ……」
目の前に慶太が居る事が信じられずに、沙羅は目を見開いたまま、固まってしまう。
けれど、慶太が一歩ずつ近づいて来る度に、沙羅の心臓は早い脈動を繰り返していた。
「沙羅」
囁くように名前を呼び、慶太の手が、沙羅の体温確かめるようにをそっと頬を包む。
大きな手のひらから伝わる温かみに、沙羅は頬を寄せた。
話したい事がたくさんある。それなのに、胸がいっぱいで言葉が上手く出てこない。
「慶太……」
「具合は?」
「いまは大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「ん、吐血したって聞いて驚いた。でも、さっき沙羅のお嬢さん、美幸ちゃんに会って重い病気じゃないって聞いて安心した」
「えっ、美幸に会ったの?」
沙羅は大きく目を見開いた。
慶太は思い出したように、ふわりと切れ長の瞳を細める。
「下の総合受付のところで、美幸ちゃんが人形を落としたのを拾ったんだ。沙羅によく似ていたから、直ぐにわかったよ」
「さっき、キーホルダーの人形が取れちゃったって言っていたのよ。背の高いお兄さんに拾ってもらったって、慶太の事だったのね」
「しっかりして、いい子だね。沙羅が大切に育てているのが伝わってくる。美幸ちゃんのOKが出たから、藤井さんが面会の許可を取ってくれたんだ。その時に、沙羅の事を娘と思っているから、悲しませたら許さないって、クギを刺されたよ」
母親のように心配していると言った言葉の通り、藤井は沙羅の世話を焼き、温かな感情を注いでくれている。
早くに両親を亡くした沙羅にとって、藤井の過保護っぷりは、くすぐったくて、ほんわりとした気持ちにさせられる。
「紀美子さんには、すごく可愛がって頂いているの。……養子縁組の話しもくださって美幸と相談して決めようかと思って」
それを聞いた慶太は、顎に手を当て、考え込むように口を引き結ぶ。
沙羅が、体調を崩し病院に運ばれた時に、藤井も慶太と同じように沙羅を心配し、もどかしい思いを感じたのだろう。そんな思いを経て、藤井は沙羅に養子縁組を提案し、家族になろうとしているのだと思い当たった。
「そうか、沙羅が考えた末に決めた事なら応援するよ」
「うん……」
沙羅は、慶太の言葉にうなずいたものの、一抹の寂しさを感じていた。
藤井との養子縁組を受けたなら、佐藤沙羅から藤井沙羅に苗字が変わる。
婚姻関係ではない苗字の変化を慶太がすんなり受け入れているのは、突き放された気分になってしまう。
沙羅は、慶太の考えを知りたくて、顔を見つめた。
視線が絡むと、慶太は苦しそうに眉根を寄せる。
「沙羅、俺からも大切な話しがあるんだ。まず、謝罪をさせて欲しい。昨日、秘書の中山が沙羅に会いに行ったと聞いた。その際に、沙羅を傷つけるような話をして、本当に申し訳ない」
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