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ぬいぐるみが繋いだ出会い
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◇ ◇
塾のバッグを背負った美幸は、東山病院の正面玄関を抜け、総合受付カウンターに立ち寄った。
学校が終わり、塾が始まるまでの合間の時間、沙羅に会いに来たのだ。
そして、今日からお泊まり予定の藤井と待ち合わせをしている。
手には、お泊りセットが入ったバッグを持ち、まあまあ大荷物の状態。
「すみません。603号室の佐藤沙羅のお見舞いに来ました」
受付カウンターで面会受付票に記入すると、受付カードが渡される。
「ありがとうございました」と受け取って、バッグを持ち直した。すると、バッグに付けていたネズミーランドのキーホルダー型ぬいぐるみが、コロコロと逃げて行く。
「あっ!」と思った瞬間には、たまたま通り掛かった人の足に当たり、コーンと蹴られた形になってしまった。
美幸から逃げだした人形は、スルスルと床の上を滑り、やがて、大きな手に拾い上げられた。
「これ、君の?」
背の高い男性、切れ長の瞳が優しく弧を描く。
コクンとうなずいた美幸が、おずおずと手のひらを広げて差し出すと、ぬいぐるみがちょこんと乗せられた。
美幸は、ぱぁっと笑顔を見せる。
「ありがとうございます。お兄さんもお見舞いに来たんですか?」
診察の受付が終わったこの時間、今から受付に来るのはお見舞い客ばかりだ。
だから、美幸はそう思って訊いたのだが、男性は寂しそうに微笑んだ。
「君もお見舞いに来たの?」
「はい、お母さんが昨日倒れて……。でも、重い病気じゃなかったみたいで検査が終わったら退院できるかも知れないんです」
美幸の言葉に男性はホッと息を吐き出した。
「そう、お母さんが重い病気じゃなくて良かったね」
「はい、本当によかった。あ、エレベーター来てる!わたし、行きますね。ありがとうございました」
美幸は男性に手を振り、エレベーターに飛び乗るとドアが閉まった。
エレベーターのドアが閉まり、美幸を見送った慶太は、体の力が抜けたように待合の長椅子に腰を下ろした。
病院に来ても会える保証もないのに、少しでも沙羅の病状を知りたくて足を運んだ。
そこで、偶然出会った小さな人形の持ち主は、沙羅の面影を宿す少女だった。
「あの子が、沙羅の娘なんだ」
思いがけない出会いに、慶太の心は高揚した。
今まで、おぼろげだった家族の形が、色づき鮮明になっていく。
「重い病気じゃなくて良かった」
朝に会った時、沙羅の様子を見た限りでは、顔色は青白く、薬が効いているせいだと言っていたが、会話も途切れ途切れで、安心できる状態ではなかった。
正直いって、心配で持って来た仕事も手に付かなかったのだ。
それが、重い病気でないと聞いて、安堵から緊張が解けた。
「良かった……」
どれくらい、長椅子に座って居たのだろうか、窓から見える空が夕暮れに変わっていた。
チンと高い音がして、エレベーターの扉が開く。
そこから、降りて来た美幸が声を上げる。
「あっ、さっき人形を拾ってくれたお兄さんだ」
その声に慶太が顔を向けた。
美幸の横に居る藤井が慶太に気づき、訝し気に眉をひそめる。
「どうして、高良さんが東山病院に居るのかしら?」
先月、行われたHotel coucher de soleilでのパーティーで慶太が婚約者と噂される女性を連れていたのを知っている藤井は、慶太へ怪訝な視線を送る。
藤井の様子から、慶太は沙羅が自分と付き合っているのを言っていないのだと思い、ウソは言わずにしゃべれる範囲を話す事にした。
「佐藤沙羅さんとは、高校の頃の同級生だったんです。それで、この夏に偶然金沢で再会しました。昨晩、彼女がこの病院に緊急で運ばれたと田辺から聞き、金沢から駆けつけました。彼女からは、藤井さんがご親戚だと伺っています」
聡い藤井は、それだけで沙羅と慶太の関係を察し、諦めたように細く息を吐き出した。
「沙羅さんが、会いたいと思って居たのは貴方だったのね」
それを聞いて、美幸が不思議そうに首を傾げる。
「紀美子さん。このお兄さん、お母さんのお友達なの?」
「そうみたいね。このお兄さん、お母さんに会いに金沢から来たみたいなの。美幸ちゃんは、お母さんに会わせてもいいと思う?」
「わざわざ遠くから来てくれたなら、お母さんも会いたいと思うよ。あっ、でも、お母さん、お化粧していないから恥ずかしいかな?」
美幸の一言に藤井がプッと吹き出し、場の雰囲気が和む。
「高良さん、美幸ちゃんのお許しが出たから、この病院の面会の許可もらってあげるわ。ちょっと待って居てくださる?」
そう言って、藤井は総合受付のカウンターに行き、事務員さんと何やら話を始めた。
塾のバッグを背負った美幸は、東山病院の正面玄関を抜け、総合受付カウンターに立ち寄った。
学校が終わり、塾が始まるまでの合間の時間、沙羅に会いに来たのだ。
そして、今日からお泊まり予定の藤井と待ち合わせをしている。
手には、お泊りセットが入ったバッグを持ち、まあまあ大荷物の状態。
「すみません。603号室の佐藤沙羅のお見舞いに来ました」
受付カウンターで面会受付票に記入すると、受付カードが渡される。
「ありがとうございました」と受け取って、バッグを持ち直した。すると、バッグに付けていたネズミーランドのキーホルダー型ぬいぐるみが、コロコロと逃げて行く。
「あっ!」と思った瞬間には、たまたま通り掛かった人の足に当たり、コーンと蹴られた形になってしまった。
美幸から逃げだした人形は、スルスルと床の上を滑り、やがて、大きな手に拾い上げられた。
「これ、君の?」
背の高い男性、切れ長の瞳が優しく弧を描く。
コクンとうなずいた美幸が、おずおずと手のひらを広げて差し出すと、ぬいぐるみがちょこんと乗せられた。
美幸は、ぱぁっと笑顔を見せる。
「ありがとうございます。お兄さんもお見舞いに来たんですか?」
診察の受付が終わったこの時間、今から受付に来るのはお見舞い客ばかりだ。
だから、美幸はそう思って訊いたのだが、男性は寂しそうに微笑んだ。
「君もお見舞いに来たの?」
「はい、お母さんが昨日倒れて……。でも、重い病気じゃなかったみたいで検査が終わったら退院できるかも知れないんです」
美幸の言葉に男性はホッと息を吐き出した。
「そう、お母さんが重い病気じゃなくて良かったね」
「はい、本当によかった。あ、エレベーター来てる!わたし、行きますね。ありがとうございました」
美幸は男性に手を振り、エレベーターに飛び乗るとドアが閉まった。
エレベーターのドアが閉まり、美幸を見送った慶太は、体の力が抜けたように待合の長椅子に腰を下ろした。
病院に来ても会える保証もないのに、少しでも沙羅の病状を知りたくて足を運んだ。
そこで、偶然出会った小さな人形の持ち主は、沙羅の面影を宿す少女だった。
「あの子が、沙羅の娘なんだ」
思いがけない出会いに、慶太の心は高揚した。
今まで、おぼろげだった家族の形が、色づき鮮明になっていく。
「重い病気じゃなくて良かった」
朝に会った時、沙羅の様子を見た限りでは、顔色は青白く、薬が効いているせいだと言っていたが、会話も途切れ途切れで、安心できる状態ではなかった。
正直いって、心配で持って来た仕事も手に付かなかったのだ。
それが、重い病気でないと聞いて、安堵から緊張が解けた。
「良かった……」
どれくらい、長椅子に座って居たのだろうか、窓から見える空が夕暮れに変わっていた。
チンと高い音がして、エレベーターの扉が開く。
そこから、降りて来た美幸が声を上げる。
「あっ、さっき人形を拾ってくれたお兄さんだ」
その声に慶太が顔を向けた。
美幸の横に居る藤井が慶太に気づき、訝し気に眉をひそめる。
「どうして、高良さんが東山病院に居るのかしら?」
先月、行われたHotel coucher de soleilでのパーティーで慶太が婚約者と噂される女性を連れていたのを知っている藤井は、慶太へ怪訝な視線を送る。
藤井の様子から、慶太は沙羅が自分と付き合っているのを言っていないのだと思い、ウソは言わずにしゃべれる範囲を話す事にした。
「佐藤沙羅さんとは、高校の頃の同級生だったんです。それで、この夏に偶然金沢で再会しました。昨晩、彼女がこの病院に緊急で運ばれたと田辺から聞き、金沢から駆けつけました。彼女からは、藤井さんがご親戚だと伺っています」
聡い藤井は、それだけで沙羅と慶太の関係を察し、諦めたように細く息を吐き出した。
「沙羅さんが、会いたいと思って居たのは貴方だったのね」
それを聞いて、美幸が不思議そうに首を傾げる。
「紀美子さん。このお兄さん、お母さんのお友達なの?」
「そうみたいね。このお兄さん、お母さんに会いに金沢から来たみたいなの。美幸ちゃんは、お母さんに会わせてもいいと思う?」
「わざわざ遠くから来てくれたなら、お母さんも会いたいと思うよ。あっ、でも、お母さん、お化粧していないから恥ずかしいかな?」
美幸の一言に藤井がプッと吹き出し、場の雰囲気が和む。
「高良さん、美幸ちゃんのお許しが出たから、この病院の面会の許可もらってあげるわ。ちょっと待って居てくださる?」
そう言って、藤井は総合受付のカウンターに行き、事務員さんと何やら話を始めた。
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