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ネコ様をモフる職場

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「おはよう、美幸」

「うーん。おはよー」

 沙羅がカーテンを開けると、眩しそうに目をこすりながら、美幸がベッドから起き上がる。

 子供部屋の物も粗方片付き、勉強机の上のはガランとしている。
 
「朝ごはん食べちゃいましょう」

「……お父さんは?」

「もう、仕事に行ったわ。美幸の受験の手助けしてくれるって約束してくれたの。応援しているって言っていたわよ」

「そう……」

 あれ以来、美幸は政志を避けて暮らしていた。
 今日、新しい家に移るのに、政志には会わないままだった。
 思春期の多感な年頃に、父親の不倫や愛人からの嫌がらせは、父親に嫌悪感を抱かせるのに十分すぎる出来事。
 親子関係の修復には、時間が掛かりそうだ。

「ねえ、お母さん。わたしお父さんと仲直りした方がいいのかな」

「……いろいろな事があって、美幸がお父さんをゆるせないって思うのもわかるわ。だって、お母さんも美幸と同じような気持ちだもの。暫くして、気持ちが落ち着けば、怒りの感情が薄まって行くかもしれない。その時、美幸がお父さんに会いたいって思ったら、会えばいいのよ」

「うん……そうする。お母さんは? お父さんに会うの?」

「うーん。用事があれば、会わないといけないわよね」

 裏を返せば、用事が無い限り会わないという事だ。
 言葉の意味を汲み取ったのか、美幸はつぶやいた。
 
「そうだよね、しょうがないよね」


 
「いってきまーす。お母さんもお仕事がんばってねー!」

   9月半ばになった。新学期も始まり、電車通学に慣れて来た美幸は、マンションのドアを開けた。お盆の帰省の際にケガをした腕もすっかり治り、元気いっぱいに手を振る。
    
   ふたりで暮らし始めてから、美幸の表情は穏やかになった。
   親の離婚のとばっちりで嫌な思いをたくさんしたのに、母親を気づかう優しい美幸の笑顔が眩しい。
   沙羅は美幸へ笑顔を返した。

「気をつけてね。いってらっしゃーい」

   パタンとドアが閉まり、ふぅ~っと、息をつく。

「私もお部屋の掃除して、仕事に行かなくちゃ!」

   出勤前に掃除や洗濯を終わらせ、自分の身支度を済ませるのは、時間に追われる作業だ。
   でも、仕事に行くのが楽しみで気合が入る。
   なんていうか、仕事先である藤井家に居るネコたちの可愛さにメロメロなのだ。

「仕事先で、癒やされるなんて良い職場だわ」

   仕事の初日は、指導係として職場の大先輩である青木早苗が付き、プロのお掃除の手順や心使いを教えてくれた。主婦歴13年の沙羅でも、プロには敵わないと関心させられる技が満載だった。
   
 そのおかげもあり、効率良く掃除をこなし、空いた時間でネコ様をモフる最高とも言える職場へ出勤だ。


 コンシェルジュの居るエントランスを抜け、エレベーターに乗り込むと最上階のスイッチを押した。
 独特の浮遊感を感じ、エレベーターは上がり始めた。

 どん底まで落ちたのだから、これ以上の底はないだろう。
 後は、運気が上がるだけ、きっとこれからの未来は明るいはず。
 
 チンと扉が開き、沙羅は足を踏み出した。
 

  「藤井様、おはようございます」

 広い玄関で、スリッパに履き替えていると、早速、猫のひろしがニャーと出迎えくれ、そっと抱き上げた。
 柔らかな毛がくすぐったい。のりたまもゆかりも興味深くこちらの様子を窺い、どのタイミングで撫でてもらおうかと考えているようだ。

 リビングに進むとソファーで書類に目を通していた藤井が顔を上げる。
 今日のスタイルは、ライトブラウンのパンツスーツで相変わらず年齢不詳だ。

「おはよう、沙羅さん。早速で悪いんだけど、お使い頼まれてくれないかしら?」

「はい、どのようなご用件ですか?」

「実はね、このネックレスなんだけど、留め金が壊れてしまって。主人からもらった大切なものだから、直しに出して来て欲しいの」

 それは、百合の花をモチーフにした上品なデザインのネックレスだ。
 亡くなったご主人との思い出のある品物なら、早く直したいという気持ちがわかる。
 ひろしを床に下ろし、有名ブランドメーカーのロゴマークの付いたジュエリーケースを受け取る。

「はい、わかりました」

「無理言って悪いわね。お店には連絡を入れて置くから」

「気になさらないでください。他にお使いがあれば、買い物してきます」

「じゃあ、お言葉に甘えてデパートの地下で、プリンとラスクを買って来て。あっ、もちろん二人分ね」

 そう言って、「ふふっ」と笑う藤井は、沙羅の分のおやつも用意してくれるようだ。
 つられて、沙羅も「ふふっ」と笑う。

「では、いってきます」


 ウキウキ気分で藤井の家を後にして、駅へと向かう沙羅に、この後起こる出来事など予測しようもなかった。
  
 
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