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慰謝料が支払われれば良いと言う訳ではありません。
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沙羅は、片桐から視線を逸らさずにゆっくりと立ち上がった。
「片桐さんが通っていた中学校とても遠いのね。飛行機の距離だったけれど、今の校長先生がわざわざ駆けつけて来てくださったの」
片桐は首を左右に振り、「イヤ、イヤ」とつぶやいている。
フッと口角を上げた沙羅は、ドアへと視線を移した。それを合図に黒川弁護士がドアを開く。
そこには、恰幅の良い白髪頭のスーツの男性と夜会巻にしたメガネの女性が立っていた。
「こちら本町中学校の校長先生をなさっていらっしゃいます片桐亘行さんです。本日はお越しくださりありがとうございます」
顔面蒼白になった片桐綾香は、信じられない物でも見ているように口をパクパクと動かしている。
今朝、沙羅が早く家を出たのには理由があった。片桐の両親を空港に迎えに行っていたのだ。
片桐の両親には、弁護士から事前に連絡を入れてもらい、娘の真実の姿を見分してもらうために上京をお願いした。もちろん片桐綾香には、上京することは言わないと口止めをしてある。
怒り心頭といった片桐亘行は、震えるこぶしをグッと体の脇で握りしめた。それでも、親としての体裁を整えるべく沙羅に向かい頭を下げた。
「この度は、私どもの娘綾香が佐藤様にご迷惑をおかけしました事を深くお詫び申し上げます」
そして、顔をあげるとツカツカと綾香の元へ歩み寄る。
「お前は、なんという恥さらしなマネをしてくれたんだ!」
片桐亘行が、誰も止められないほどの速さで手を振り上げた。
娘の頬を打つバチンという音が、部屋に響き渡る。
「きゃー」という悲鳴と共に、ガタンと椅子ごと片桐綾香が倒れた。
それでも、怒りの収まらない片桐亘行の怒号が飛ぶ。
「パパ活だなんて言葉に惑わされおって。お前のしている事は、ただの売春行為だ。これが地元で知られたら、家族全員が仕事を続けるどころか、暮らして行くのだって難しくなる。ましてや誰の子かわからない子供を身ごもるなんて、とんだ恥さらしだ。このバカ者!」
そう言って、再び振り上げた腕を黒川弁護士が止めに入る。
「片桐さん、落ち着いてください。これ以上の暴力行為は容認できません」
ハッと我に返った片桐亘行は振り上げた手を下ろし「申し訳ない」と唇を嚙みしめる。
教育者でありながら、自分の子育てが失敗であったと認めるしかない状況は、亘行を落胆させるには十分すぎた。
娘の売春まがいの行い、未婚で父親がわからないような子供を妊娠した事が地元で知られたら、村八分どころの騒ぎじゃない。
あきらめたように亘行は大きく息を吐き、床の上で泣きじゃくる綾香の頭を押さえつけ土下座の姿勢を取らせる。
「佐藤様、娘の綾香が多大なご迷惑をお掛け致しました事を深くお詫び致します。先ほど、ご提示頂きました慰謝料はお支払い致します。綾香には子供をあきらめさせます。今後ご迷惑にならないよう、田舎に連れて帰り、本家筋に嫁がせますので、何卒ご容赦ください」
これ以上事を大きくせず、出来るだけ穏便に収束させたい。
しかし、亘行の気持ちも考えずに綾香が声を上げる。
「えっ⁉ 本家だなんて、忠明さんしかいないじゃない。あんな禿上がったオジサンで大姑までいるような農家の嫁なんて冗談じゃないわ」
頭を上げた亘行は、押さえつけていた綾香の頭を床に擦りつけるようにグッと押した。ゴンッと額が床にぶつかる音がする。
「本当に我が儘ばかりでみっともない。嫁に行けるだけでもありがたく思え」
片桐綾香が遠くに行くというのには大賛成だが、沙羅にはまだ納得しかねる事がある。
「片桐さん、お気持ちはわかりますが、私は慰謝料が支払われれば良いと言う訳ではありません。綾香さん御本人の反省と謝罪を頂きたいと思っております。それと、差し出がましいお話しですが、お腹の子供を産むかどうかは、綾香さん自身が決める事です」
「し、しかし……」
と言葉を濁し、亘行は綾香の様子を伺う。
「わ、わたしは、田舎になんか帰りたくない。昔の慣習にとらわれて女だからといって朝から晩まで、こき使われて何の楽しみもない生活なんてイヤ。だから、東京で結婚すれば田舎に帰らなくて良いと思ったのに、自由に生きたかっただけなのに」
駄々っ子のように泣きじゃくる綾香に沙羅はゆっくりと話しかけた。
「片桐さん、結婚って自由のための手段でも道具でもないのよ。ましてや子供を産んだら365日24時間目が離せなくて、自分のために使える時間なんて無いの。赤ちゃんって、小さくて弱くて世話をしないと死んでしまうの。親として、責任と愛情を持って育て行かなければならないのよ」
綾香は泣くのを止めて沙羅へと顔を上げる。
「結婚だって、田舎から逃げるためにするものでもないわ。血のつながりがない相手と婚姻関係を結び、法的にも認められた家族になる。他人と家族になるんだから簡単な事ではないわ。お互いを思いやり、譲り合い価値観をすり合わせて、居心地の良い場所を作って行かなければならないの。自分勝手に振舞っていては、その関係は簡単に壊れてしまう」
政志の視線を感じた沙羅は、チラリと見るが直ぐに綾香へと向き直った。
「法的に認められた婚姻関係を知って不貞を持ち掛けたのなら、片桐さんの真意がどこにあろうと、不貞に対して責任を取らないといけない。慰謝料の金額が高いというなら裁判で争ってもいいわ。裁判ともなれば片桐さんの所業が公開されて記録にも残るから、一生消えずに付きまとう。この先、本当に好きな人が出来て結婚したいと思っても、自分のしてきた事があなたの幸せを壊すのよ。大人なのだから泣いていないで、どうするべきか自分で考えて行動しなさい」
「片桐さんが通っていた中学校とても遠いのね。飛行機の距離だったけれど、今の校長先生がわざわざ駆けつけて来てくださったの」
片桐は首を左右に振り、「イヤ、イヤ」とつぶやいている。
フッと口角を上げた沙羅は、ドアへと視線を移した。それを合図に黒川弁護士がドアを開く。
そこには、恰幅の良い白髪頭のスーツの男性と夜会巻にしたメガネの女性が立っていた。
「こちら本町中学校の校長先生をなさっていらっしゃいます片桐亘行さんです。本日はお越しくださりありがとうございます」
顔面蒼白になった片桐綾香は、信じられない物でも見ているように口をパクパクと動かしている。
今朝、沙羅が早く家を出たのには理由があった。片桐の両親を空港に迎えに行っていたのだ。
片桐の両親には、弁護士から事前に連絡を入れてもらい、娘の真実の姿を見分してもらうために上京をお願いした。もちろん片桐綾香には、上京することは言わないと口止めをしてある。
怒り心頭といった片桐亘行は、震えるこぶしをグッと体の脇で握りしめた。それでも、親としての体裁を整えるべく沙羅に向かい頭を下げた。
「この度は、私どもの娘綾香が佐藤様にご迷惑をおかけしました事を深くお詫び申し上げます」
そして、顔をあげるとツカツカと綾香の元へ歩み寄る。
「お前は、なんという恥さらしなマネをしてくれたんだ!」
片桐亘行が、誰も止められないほどの速さで手を振り上げた。
娘の頬を打つバチンという音が、部屋に響き渡る。
「きゃー」という悲鳴と共に、ガタンと椅子ごと片桐綾香が倒れた。
それでも、怒りの収まらない片桐亘行の怒号が飛ぶ。
「パパ活だなんて言葉に惑わされおって。お前のしている事は、ただの売春行為だ。これが地元で知られたら、家族全員が仕事を続けるどころか、暮らして行くのだって難しくなる。ましてや誰の子かわからない子供を身ごもるなんて、とんだ恥さらしだ。このバカ者!」
そう言って、再び振り上げた腕を黒川弁護士が止めに入る。
「片桐さん、落ち着いてください。これ以上の暴力行為は容認できません」
ハッと我に返った片桐亘行は振り上げた手を下ろし「申し訳ない」と唇を嚙みしめる。
教育者でありながら、自分の子育てが失敗であったと認めるしかない状況は、亘行を落胆させるには十分すぎた。
娘の売春まがいの行い、未婚で父親がわからないような子供を妊娠した事が地元で知られたら、村八分どころの騒ぎじゃない。
あきらめたように亘行は大きく息を吐き、床の上で泣きじゃくる綾香の頭を押さえつけ土下座の姿勢を取らせる。
「佐藤様、娘の綾香が多大なご迷惑をお掛け致しました事を深くお詫び致します。先ほど、ご提示頂きました慰謝料はお支払い致します。綾香には子供をあきらめさせます。今後ご迷惑にならないよう、田舎に連れて帰り、本家筋に嫁がせますので、何卒ご容赦ください」
これ以上事を大きくせず、出来るだけ穏便に収束させたい。
しかし、亘行の気持ちも考えずに綾香が声を上げる。
「えっ⁉ 本家だなんて、忠明さんしかいないじゃない。あんな禿上がったオジサンで大姑までいるような農家の嫁なんて冗談じゃないわ」
頭を上げた亘行は、押さえつけていた綾香の頭を床に擦りつけるようにグッと押した。ゴンッと額が床にぶつかる音がする。
「本当に我が儘ばかりでみっともない。嫁に行けるだけでもありがたく思え」
片桐綾香が遠くに行くというのには大賛成だが、沙羅にはまだ納得しかねる事がある。
「片桐さん、お気持ちはわかりますが、私は慰謝料が支払われれば良いと言う訳ではありません。綾香さん御本人の反省と謝罪を頂きたいと思っております。それと、差し出がましいお話しですが、お腹の子供を産むかどうかは、綾香さん自身が決める事です」
「し、しかし……」
と言葉を濁し、亘行は綾香の様子を伺う。
「わ、わたしは、田舎になんか帰りたくない。昔の慣習にとらわれて女だからといって朝から晩まで、こき使われて何の楽しみもない生活なんてイヤ。だから、東京で結婚すれば田舎に帰らなくて良いと思ったのに、自由に生きたかっただけなのに」
駄々っ子のように泣きじゃくる綾香に沙羅はゆっくりと話しかけた。
「片桐さん、結婚って自由のための手段でも道具でもないのよ。ましてや子供を産んだら365日24時間目が離せなくて、自分のために使える時間なんて無いの。赤ちゃんって、小さくて弱くて世話をしないと死んでしまうの。親として、責任と愛情を持って育て行かなければならないのよ」
綾香は泣くのを止めて沙羅へと顔を上げる。
「結婚だって、田舎から逃げるためにするものでもないわ。血のつながりがない相手と婚姻関係を結び、法的にも認められた家族になる。他人と家族になるんだから簡単な事ではないわ。お互いを思いやり、譲り合い価値観をすり合わせて、居心地の良い場所を作って行かなければならないの。自分勝手に振舞っていては、その関係は簡単に壊れてしまう」
政志の視線を感じた沙羅は、チラリと見るが直ぐに綾香へと向き直った。
「法的に認められた婚姻関係を知って不貞を持ち掛けたのなら、片桐さんの真意がどこにあろうと、不貞に対して責任を取らないといけない。慰謝料の金額が高いというなら裁判で争ってもいいわ。裁判ともなれば片桐さんの所業が公開されて記録にも残るから、一生消えずに付きまとう。この先、本当に好きな人が出来て結婚したいと思っても、自分のしてきた事があなたの幸せを壊すのよ。大人なのだから泣いていないで、どうするべきか自分で考えて行動しなさい」
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