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何が正解だなんて、その時にはわからない。

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 暗闇に浮かぶ幻想的な橋の上を歩き出した。

「部屋に戻ろうか」

「うん」

 何方どちらともなく繋いだ手、慶太の指が沙羅の指に絡む。
  温かな手に心緩み沙羅はポツリとつぶやいた。

「結婚って、何なんだろうね。結婚は夫婦になって、家庭を築いていく約束をするものだと思っていたけど、よく分からなくなって……」

「社会的体裁のために実態がなくても、表面上は夫婦でいることも出来るからね」

「うん。慶太が言っていた、結婚イコール幸せの図式は、お互いの信頼や感謝の気持ち、思いやりがないと成立しないと思う。生活していくと、もらう、与える、要求する、譲歩するがエンドレスに続いていくから、信頼関係が崩れたら苛立ちしか残らなくなる」

「ん、そうだね」

「私の離婚原因は夫の不倫だったの。相手の女が妊娠しましたって、勝ち誇った顔をして現れて……。いままでコツコツと積み上げて来たものが一気に崩れて、家庭を大事にしようと思っていた気持ちがスーッと冷めていったの」

 天涯孤独になってしまった沙羅にとって、幸せな家庭を築くという事が大切だった。自分が大切に大切に守ってきた家庭をないがしろにされてしまった現実がなによりもショックだった。

「信頼関係を壊されたんだ」

「うん、信頼できない人と夫婦でやっていくのは無理だと思って。でも、気持ちが冷めて別れるのは親の勝手で、子供は親の勝手に振り回される被害者なんだよね」

「確かに、親の離別は子供にとって衝撃ではあると思うけど、子供って守ってもらうばかりじゃなくて、子供は子供なりにいろいろ考えているんじゃないかな」

「そうかな……」

「変なしがらみが無い分だけ、環境に適応する力が、大人よりも子供の方が柔軟だと思う」


  沙羅が、離婚届を出すにあたって、今まで通りに家族のていで過ごして行こうと、決めたのは娘である美幸を思っての事だった。
 美幸の心を傷つけないように、希望の進学先に行けるように、と考えて結論出したはず。
 でも、慶太と話をしているうちに、沙羅は自分の考えが間違っていたのではないかと考え始めていた。

 何も言わない事で、美幸を守っていると思っていた。
 けれど、それは両親の離婚を告げた事で、悲しむ美幸の姿を見たくない、という自分の心を守るためだったのではないだろうか。

 子供は子供の考えがある。
 思いのほか美幸は、家族の事をよく見ている。そして、両親が揉めている様子を察し、ふたりの間で立ち回っていた。それは、誰に言われたわけではなく、美幸自身が考え起こした行動だ。
 12歳ともなれば、大人の事情もすべてとは言わないが、ある程度はわかる年齢。
 ちゃんと話して、その上で本人の意見を聞くのが正解なのだろう。
 
 美幸に離婚の事を話すべきだとわかっている。でも……。
 でもでもと、問題から逃げるわけではないが、何も受験前のこの時期に、焦って言うのは、心の負担となって可哀想な気がする。

 受験まで、後半年……。
 半年間をやり過ごし、受験が終わってからと思ってしまうのは、やっぱり問題から逃げているだけなのかも知れない。

 
 
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