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悲しむ妻を演じて、不倫相手を優越感に浸らせる。
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ギラギラと日差しが照りつけ、アスファルトから熱気が立ち昇り、電信柱に止まった蝉が叫ぶように鳴いている。
国道沿いにあるファミリーレストランは、お昼前というのもあり、空いている席も目立つ。
外からでも、窓際に座る片桐と名乗る女性の姿を見つけるのは簡単だった。
思い詰めたように、一点を見つめている片桐から聞かされる話しが、けして良いものでは無いのは容易に予測がつく。そのことが沙羅の気持ちを重くさせた。
日傘を閉じた沙羅は、古い携帯電話の録音機能を起動させ、そっとバッグの外ポケットに忍ばせる。
スッと息を吸い込んで、ドアを開けると「いらっしゃいませ」と店員に朗らかな笑顔を向けられた。
「待ち合わせです」と言って、片桐の座る席へと向かう。
「お待たせして、ごめんなさい」
沙羅の声に反応して、片桐が顔を上げた。
ぱっちり二重の丸い瞳にぷっくりとした唇、爪には綺麗なネイル、ゆるく編まれた髪から計算された後れ毛が出ている。
あざとさが、見え隠れする男ウケのするタイプだ。
そして、片桐の横の席に置かれたバッグは、さっき政志の背広のポケットから出て来たレシートに記された品番のバッグだった。
それを見た瞬間、沙羅の心はスンと落ちていく。
「いえ、来てくださって、ありがとうございます。私、Hana Homeで働いています。片桐と申します。佐藤課長にはいつもお世話になっております」
「こちらこそ、主人がお世話になっている様子で……。今日は、何のお話をするのか分かりませんが、記録しながらお話しを伺っても良いかしら?」
沙羅はバッグからメモとボールペンを取り出し、テーブルの上に置く。
バッグの外ポケットで起動している携帯電話の録音機能は、記録という言葉で了承を得るつもり。メモとボールペンは、録音のためのダミーなのだ。
「どうぞ」
と言った片桐の視線が、自分の手に注がれているのがわかった。短く切り揃えた爪、家事で荒れた手が、今の沙羅を切なくさせた。
ドリンクバーから、グラスに氷を入れたアイスコーヒーを持って席に着き、沙羅は改めて片桐と向かい合う。
ファミリーレストランの和やかな雰囲気の中で、ふたりの間だけは、ピンと張り詰めた空気が漂っていた。
「それで、お話しって何でしょう」
「わたしと政志さんとは、半年前からお付き合いしているんです」
その言葉に、沙羅は、ハッと短い息を飲み込む。
片桐が家に訪ねて来た時から、政志の不倫相手なのだろうと思っていた。けれど、面と向かって言われ、やるせない気持ちが込み上げて来る。
その沙羅に追い打ちを掛けるように片桐は言葉を続けた。
「あの……政志さんと別れてください」
「そんな、簡単に言われても……」
沙羅は動揺したように視線を泳がせながら、テーブルに置いたメモに、ミミズが這ったような文字で「政志、不倫、半年、片桐」と書き、ショックを受けたように、うつむいたまま黙り込む。
夫である政志の不倫を知ったなら、どうなるんだろうと心配した事もあった。
胸の奥は重苦しいが、頭の中は冴え冴えとして、冷静で居られる。
今の状況は、出来の悪い昼ドラを見ているようだ。さしずめ、沙羅は主演の大根役者よろしく、ネトラレ妻の悲しみを演じている。
店内のざわめきの合間に「いらっしゃいませ」と店員の声が聞こえ、じりじりとした沈黙の時間が過ぎて行く。沈黙に耐えかねた片桐が口を開いた。
「すみません。いけないことだと、わかっていたのに、政志さんを思う気持ちを抑えきれませんでした」
片桐は申し訳程度にペコリと頭を下げ、肩をすくめる。本気で謝る気持ちが無いのは、恋愛と結婚の区別がついていないからだ。
「あなた、主人が既婚者だと知って、誘惑したってことなの? その誘惑に主人が応じたなんて……」
「はい。政志さんは、わたしを好きだと言ってくれました」
バカな女。
悲しそうなフリをして、沙羅はうつむき、心の中でつぶやいた。
自分の事だけを考え、輝かしい未来を夢見ている。
家庭のある人に、思いを寄せる可哀想な自分という立場に酔いしれている片桐は、今の会話が及ぼす影響がどれほどの物か、想像すらしていないのだろう。
恋愛なら別れておしまいだが、結婚は法律上認められた夫婦なのだ。
既婚者と知って誘惑したのであれば、有責で慰謝料を請求されても文句は言えない。
国道沿いにあるファミリーレストランは、お昼前というのもあり、空いている席も目立つ。
外からでも、窓際に座る片桐と名乗る女性の姿を見つけるのは簡単だった。
思い詰めたように、一点を見つめている片桐から聞かされる話しが、けして良いものでは無いのは容易に予測がつく。そのことが沙羅の気持ちを重くさせた。
日傘を閉じた沙羅は、古い携帯電話の録音機能を起動させ、そっとバッグの外ポケットに忍ばせる。
スッと息を吸い込んで、ドアを開けると「いらっしゃいませ」と店員に朗らかな笑顔を向けられた。
「待ち合わせです」と言って、片桐の座る席へと向かう。
「お待たせして、ごめんなさい」
沙羅の声に反応して、片桐が顔を上げた。
ぱっちり二重の丸い瞳にぷっくりとした唇、爪には綺麗なネイル、ゆるく編まれた髪から計算された後れ毛が出ている。
あざとさが、見え隠れする男ウケのするタイプだ。
そして、片桐の横の席に置かれたバッグは、さっき政志の背広のポケットから出て来たレシートに記された品番のバッグだった。
それを見た瞬間、沙羅の心はスンと落ちていく。
「いえ、来てくださって、ありがとうございます。私、Hana Homeで働いています。片桐と申します。佐藤課長にはいつもお世話になっております」
「こちらこそ、主人がお世話になっている様子で……。今日は、何のお話をするのか分かりませんが、記録しながらお話しを伺っても良いかしら?」
沙羅はバッグからメモとボールペンを取り出し、テーブルの上に置く。
バッグの外ポケットで起動している携帯電話の録音機能は、記録という言葉で了承を得るつもり。メモとボールペンは、録音のためのダミーなのだ。
「どうぞ」
と言った片桐の視線が、自分の手に注がれているのがわかった。短く切り揃えた爪、家事で荒れた手が、今の沙羅を切なくさせた。
ドリンクバーから、グラスに氷を入れたアイスコーヒーを持って席に着き、沙羅は改めて片桐と向かい合う。
ファミリーレストランの和やかな雰囲気の中で、ふたりの間だけは、ピンと張り詰めた空気が漂っていた。
「それで、お話しって何でしょう」
「わたしと政志さんとは、半年前からお付き合いしているんです」
その言葉に、沙羅は、ハッと短い息を飲み込む。
片桐が家に訪ねて来た時から、政志の不倫相手なのだろうと思っていた。けれど、面と向かって言われ、やるせない気持ちが込み上げて来る。
その沙羅に追い打ちを掛けるように片桐は言葉を続けた。
「あの……政志さんと別れてください」
「そんな、簡単に言われても……」
沙羅は動揺したように視線を泳がせながら、テーブルに置いたメモに、ミミズが這ったような文字で「政志、不倫、半年、片桐」と書き、ショックを受けたように、うつむいたまま黙り込む。
夫である政志の不倫を知ったなら、どうなるんだろうと心配した事もあった。
胸の奥は重苦しいが、頭の中は冴え冴えとして、冷静で居られる。
今の状況は、出来の悪い昼ドラを見ているようだ。さしずめ、沙羅は主演の大根役者よろしく、ネトラレ妻の悲しみを演じている。
店内のざわめきの合間に「いらっしゃいませ」と店員の声が聞こえ、じりじりとした沈黙の時間が過ぎて行く。沈黙に耐えかねた片桐が口を開いた。
「すみません。いけないことだと、わかっていたのに、政志さんを思う気持ちを抑えきれませんでした」
片桐は申し訳程度にペコリと頭を下げ、肩をすくめる。本気で謝る気持ちが無いのは、恋愛と結婚の区別がついていないからだ。
「あなた、主人が既婚者だと知って、誘惑したってことなの? その誘惑に主人が応じたなんて……」
「はい。政志さんは、わたしを好きだと言ってくれました」
バカな女。
悲しそうなフリをして、沙羅はうつむき、心の中でつぶやいた。
自分の事だけを考え、輝かしい未来を夢見ている。
家庭のある人に、思いを寄せる可哀想な自分という立場に酔いしれている片桐は、今の会話が及ぼす影響がどれほどの物か、想像すらしていないのだろう。
恋愛なら別れておしまいだが、結婚は法律上認められた夫婦なのだ。
既婚者と知って誘惑したのであれば、有責で慰謝料を請求されても文句は言えない。
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