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不倫の証拠は、ポケットの中
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◇ ◇ ◇
「今日も暑いわね。気をつけて、いってらっしゃい」
いつもと同じ朝がやって来た。
慌ただしさの中、家族と朝食を済ませた沙羅は、政志と美幸を玄関で見送った。
やっと、ひとりの時間だ。
「さあ、やりますか」
エアコンを消して、風通しのために家中の窓を開け放つ。
蝉の鳴き声が、いっそう大きく聞こえ、思わず顔をしかめた。
「蝉の声で、余計に暑いわね」
首からタオルを掛けた沙羅は、作り付けのクローゼットを開ける。
むわっと籠った空気が動き、汗が吹き出す。それを肩に掛けたタオルで汗を拭う。
「ふぅ~、暑い、暑い」
湿気取りのパックを新しい物に取り替えてから、お目当てのボストンバッグを探し始めた。
「あれ⁉ 何の箱だっけ?」
枕棚の上にある小さな箱を見つけ、少しワクワクしながら蓋を開ける。箱の中身は、以前使っていた携帯電話だ。
「あー、この箱に入れたんだ。この機種、気に入っていたのよ。美幸が幼稚園通っていた頃で写真もいっぱい撮ったのよね」
カメラメーカーから発売された機種だけあって、写真が綺麗に写るのだ。それに辞書機能やレコーダーとしての機能も優秀だったのを思い出した。懐かしい気持ちも相まって、取り敢えず、携帯電話の充電を始めた。
直ぐに違うことを始めてしまうのは、探し物をしている時の悪いクセだ。
もしも、小説の単行本が出て来たら、目的も忘れて読みふけってしまうだろう。
「これだから、主婦はお気楽って、言われるのよね」
自虐的につぶやいて取り出したのは、帰省のための荷物を詰め込むボストンバッグだ。
「まあ、帰省も家族のお勤めだと思って、がんばろう」
埃を払うようにバッグをポンポンと叩いて、ふと視線を上げた。
政志の背広が目に入り、クリーニングに出そうと思い立つ。ボタンやシミをチェックして、右のポケットに手を入れた。案の定、ハンカチが残っている。
「もう、いつも使ったら出してって、言っているのに」
文句を言いながら左のポケットに手を入れた。すると、出て来たのは、2枚のレシートだ。
そのレシートの明細を見た瞬間、沙羅は大きく目を見開いた。
心臓が早い脈動を繰り返し、胸が詰まるようで、酷く息苦しい。
「何よ……これ……」
1枚目は、シティホテルのレストランで、チャージ2名にコース料理とワイン、金額は3万6千円。
2枚目のレシートは、ブランドショップのロゴと支店名が印刷されている。そして、品番のアルファベットと数字、金額は12万3千円。
日付はどちらも2週間前だ。
すぐさまスマートフォンをポケットから取り出した。けれど、画面が小刻みに震えている。それは、沙羅の手が震えているからだ。
情けなさが胸を埋め、じわりと涙が浮かんでくる。
奥歯を食いしばり、やっとの思いで、ブランド名と品番を打ち込む。
検索結果は、女性向けのショルダーバッグ。
政志は仕事が忙しいと言って、毎晩遅く帰っていた。でも、実は高価なプレゼントを贈るような女と会っていたのだ。
「私の誕生日にさえ、こんなに高価な贈り物をしてくれた事などなかったのに……」
我慢していた涙がこぼれ、乾いた笑いが浮かぶ。
「あははっ、バカみたい。私って、お金の掛からない家政婦よね」
そう口にすると、悲しさ、悔しさ、あらゆる負の言葉が心の中でグチャグチャにかき混ぜられて、心が悲鳴を上げる。
胸の奥が絞られるように痛み、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「何で……私、毎日頑張っていたじゃない」
結婚して13年、コツコツと積み重ねて来た信頼や愛情が、あっけないほど簡単に崩れて行く。
夫である政志にさんざん尽くして来たのに、軽んじられた自分があまりにみじめだった。
八つ当たりとばかりにボストンバッグを壁に投げつける。
「もう、いい。政志なんて勝手にすればいい」
沙羅は顔をあげ、鼻をすすりながら、手の甲で雑に涙を拭った。
窓をピシャリと閉め、エアコンのスイッチを押すと、エアコンの吹き出し口から流れる冷たい風が、紗羅を冷やし始める。
窓の向こうで、短い命を惜しむように蝉が鳴いていた。
「今日も暑いわね。気をつけて、いってらっしゃい」
いつもと同じ朝がやって来た。
慌ただしさの中、家族と朝食を済ませた沙羅は、政志と美幸を玄関で見送った。
やっと、ひとりの時間だ。
「さあ、やりますか」
エアコンを消して、風通しのために家中の窓を開け放つ。
蝉の鳴き声が、いっそう大きく聞こえ、思わず顔をしかめた。
「蝉の声で、余計に暑いわね」
首からタオルを掛けた沙羅は、作り付けのクローゼットを開ける。
むわっと籠った空気が動き、汗が吹き出す。それを肩に掛けたタオルで汗を拭う。
「ふぅ~、暑い、暑い」
湿気取りのパックを新しい物に取り替えてから、お目当てのボストンバッグを探し始めた。
「あれ⁉ 何の箱だっけ?」
枕棚の上にある小さな箱を見つけ、少しワクワクしながら蓋を開ける。箱の中身は、以前使っていた携帯電話だ。
「あー、この箱に入れたんだ。この機種、気に入っていたのよ。美幸が幼稚園通っていた頃で写真もいっぱい撮ったのよね」
カメラメーカーから発売された機種だけあって、写真が綺麗に写るのだ。それに辞書機能やレコーダーとしての機能も優秀だったのを思い出した。懐かしい気持ちも相まって、取り敢えず、携帯電話の充電を始めた。
直ぐに違うことを始めてしまうのは、探し物をしている時の悪いクセだ。
もしも、小説の単行本が出て来たら、目的も忘れて読みふけってしまうだろう。
「これだから、主婦はお気楽って、言われるのよね」
自虐的につぶやいて取り出したのは、帰省のための荷物を詰め込むボストンバッグだ。
「まあ、帰省も家族のお勤めだと思って、がんばろう」
埃を払うようにバッグをポンポンと叩いて、ふと視線を上げた。
政志の背広が目に入り、クリーニングに出そうと思い立つ。ボタンやシミをチェックして、右のポケットに手を入れた。案の定、ハンカチが残っている。
「もう、いつも使ったら出してって、言っているのに」
文句を言いながら左のポケットに手を入れた。すると、出て来たのは、2枚のレシートだ。
そのレシートの明細を見た瞬間、沙羅は大きく目を見開いた。
心臓が早い脈動を繰り返し、胸が詰まるようで、酷く息苦しい。
「何よ……これ……」
1枚目は、シティホテルのレストランで、チャージ2名にコース料理とワイン、金額は3万6千円。
2枚目のレシートは、ブランドショップのロゴと支店名が印刷されている。そして、品番のアルファベットと数字、金額は12万3千円。
日付はどちらも2週間前だ。
すぐさまスマートフォンをポケットから取り出した。けれど、画面が小刻みに震えている。それは、沙羅の手が震えているからだ。
情けなさが胸を埋め、じわりと涙が浮かんでくる。
奥歯を食いしばり、やっとの思いで、ブランド名と品番を打ち込む。
検索結果は、女性向けのショルダーバッグ。
政志は仕事が忙しいと言って、毎晩遅く帰っていた。でも、実は高価なプレゼントを贈るような女と会っていたのだ。
「私の誕生日にさえ、こんなに高価な贈り物をしてくれた事などなかったのに……」
我慢していた涙がこぼれ、乾いた笑いが浮かぶ。
「あははっ、バカみたい。私って、お金の掛からない家政婦よね」
そう口にすると、悲しさ、悔しさ、あらゆる負の言葉が心の中でグチャグチャにかき混ぜられて、心が悲鳴を上げる。
胸の奥が絞られるように痛み、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「何で……私、毎日頑張っていたじゃない」
結婚して13年、コツコツと積み重ねて来た信頼や愛情が、あっけないほど簡単に崩れて行く。
夫である政志にさんざん尽くして来たのに、軽んじられた自分があまりにみじめだった。
八つ当たりとばかりにボストンバッグを壁に投げつける。
「もう、いい。政志なんて勝手にすればいい」
沙羅は顔をあげ、鼻をすすりながら、手の甲で雑に涙を拭った。
窓をピシャリと閉め、エアコンのスイッチを押すと、エアコンの吹き出し口から流れる冷たい風が、紗羅を冷やし始める。
窓の向こうで、短い命を惜しむように蝉が鳴いていた。
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