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元カレと幼なじみは、顔を合わせてはいけなかった。
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19時を過ぎた頃、ようやく焼けるような日差しが傾き、爽やかな風が吹く。見上げた空が仄かに明るく、白く寂し気な月が浮かんでいる。
庭にあるプライベートプールは、夜間照明に照らされた水面が幻想的な雰囲気を醸し出していた。
柏木直哉は、その横を抜け、花ブロックの脇を曲がる。手にはショッピングモールで買った袋を下げ、遥香の家へ向かっていた。
遥香に記憶が戻った事を話そうとしていた矢先の電話。あまりのタイミングの悪さに、まるで神に悪戯されているようにも思えた。
結局、直哉は何も言えないまま、ケガをした子供を迎えに行くと言う遥香の背中を見送るしか出来なかった。
その子供も、血を分けた自分の子供かもしれないと思うと、ケガの具合もいっそう気に掛かる。
居ても立っても居られずに、直哉はお見舞いの口実を見つけて、様子を見に来たのだ。
砂利道を少し歩き、平屋の小さな家の前に軽自動車が停まっているのが見える。
直哉は、家に居るんだなと思いながら、緊張した面持ちでインターフォンを押した。
「はーい、今、行きます」
と家の中から遥香の声がして、カラカラと引き戸が開く。
姿を見た瞬間、思い掛けない直哉の来訪に目を見開いた遥香だったが、直ぐに業務用の笑顔に変わる。
「柏木様、本日は勝手言ってすみませんでした。ご案内できずに申し訳ありません」
「いや、大変だったね。お子さんのケガの具合はいかがですか? これ、たいしたものじゃないけどお見舞いを持って来たんだ」
手に持っていた袋を遥香へ手渡す。
刹那、直哉の指先が遥香の手に触れる。
袋の中身は数種類のフルーツ盛り合わせと子供に人気の機関車の絵本だ。
遠慮がちに受けった遥香はその中身を見て、顔をほころばせた。
「お気遣い頂きありがとうございます。転んで、顔に派手な擦り傷を作ったのと手首のねんざで済んだので、軽傷で済みました」
「あ、きのうのおじさんだ」
遥香の後ろからひょっこりと顔を覗かせた真哉を見て、やっぱり自分の小さい頃にそっくりだと直哉は思った。
「シンちゃん、おじさんがね。絵本くださったの。ありがとうしてね」
遥香の口から出たおじさんという言葉に一線を引かれたように感じた直哉は気持ちを落ち込ませる。
いま、どんな気持ちでいるのか、遥香のよそ行き顔からは、直哉は窺い知ることが出来ずにいた。
「おじさん、えほん、ありがとう。やった!トーテムのえほんだ」
袋の中から絵本を取り出し、はしゃぐ真哉の様子に、遥香は眉尻をさげ少し困った顔を見せる。
「ご心配おかけして頂いたのに……。この通り元気なんです」
そう言って、真哉を見つめる遥香は、よそ行きの顔から変わり、穏やかな母親の表情を浮かべた。
「元気そうで安心したよ。顔の擦り傷が痛々しいけど、男の子はやんちゃなぐらいが、ちょうどいい」
「そうなんですけど、その分、心配も多くて……」
嬉しそうに絵本を見ていた真哉は何かに気づき、パッと顔を上げた。そして、慌ててサンダルを履き、直哉の横をすり抜け、玄関からとび出して行く。
真哉の後を追うように振り返った直哉の目に、ガッシリとした身体つきで、健康的に日焼けした短髪の男性が映る。
「ようちゃん、みて!トーテムのえほん、きのうのおじさんにもらったの」
「シンちゃん、絵本もらったのか。良かったな」
陽太はスッと手を伸ばし、真哉を高く抱き上げた。
高く抱かれた真哉は満面の笑みを見せている。
まるで、本物の親子のような二人。
憧れてやまないその光景に直哉は胸の奥が絞られるように痛む。
自分の居場所がここには無いんだと思い知らされた気がした。
真哉を抱きかかえたまま、陽太は、直哉へと向き直る。
顔は笑っているが、目は鋭く見据えていた。
「……柏木様、城間別邸ご利用ありがとうございます。私、管理責任者の城間陽太と申します。昨日、ウチの安里が柏木様のお車の前に飛び出し、ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ございません。その後、体調いかがでしょうか?」
陽太は口角を上げ、落ちついた口調で話しかけて来るものの、瞳は相変わらず鋭いままだった。
昨日、倒れた時、遥香の家で聞いた”遥香”と名前を呼び捨てにしていた声と同じ人物だと直哉思った。
真哉の懐いている様子からもとても近しい間柄だと容易に想像できた。
(苗字が別だから結婚はしていないだろうが、恋人同士なのだろうか?)
チリチリと胸の奥が焼ける。
それでも、大人の対応で返事をする。
「おかげさまで、すっかり良くなりました。こちらこそ、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「ご快復されて安心致しました。本日、わざわざこちらに、お越しいただいたのは、お忘れ物でもございましたか?」
丁寧に訊ねているようではあるが、これは、暗に”用もないのにココに来るな”と言っている。
陽太の険の有る様子に気付いた遥香が、困った顔で口をはさんだ。
「朝食の片づけをしている時に保育所から電話があったから、シンちゃんが怪我したのを知っていらして、わざわざお見舞いを持って来てくださったの」
「シンちゃん、えほん、もらったのー」
腕に抱く真哉からの一言に、陽太はフッと表情を緩ませ、優しい目を向けた。それだけで、どんなに真哉の事を大切に思っているのかがわかった。
その愛おし気に見つめる瞳は、まるで父親のようだ。
庭にあるプライベートプールは、夜間照明に照らされた水面が幻想的な雰囲気を醸し出していた。
柏木直哉は、その横を抜け、花ブロックの脇を曲がる。手にはショッピングモールで買った袋を下げ、遥香の家へ向かっていた。
遥香に記憶が戻った事を話そうとしていた矢先の電話。あまりのタイミングの悪さに、まるで神に悪戯されているようにも思えた。
結局、直哉は何も言えないまま、ケガをした子供を迎えに行くと言う遥香の背中を見送るしか出来なかった。
その子供も、血を分けた自分の子供かもしれないと思うと、ケガの具合もいっそう気に掛かる。
居ても立っても居られずに、直哉はお見舞いの口実を見つけて、様子を見に来たのだ。
砂利道を少し歩き、平屋の小さな家の前に軽自動車が停まっているのが見える。
直哉は、家に居るんだなと思いながら、緊張した面持ちでインターフォンを押した。
「はーい、今、行きます」
と家の中から遥香の声がして、カラカラと引き戸が開く。
姿を見た瞬間、思い掛けない直哉の来訪に目を見開いた遥香だったが、直ぐに業務用の笑顔に変わる。
「柏木様、本日は勝手言ってすみませんでした。ご案内できずに申し訳ありません」
「いや、大変だったね。お子さんのケガの具合はいかがですか? これ、たいしたものじゃないけどお見舞いを持って来たんだ」
手に持っていた袋を遥香へ手渡す。
刹那、直哉の指先が遥香の手に触れる。
袋の中身は数種類のフルーツ盛り合わせと子供に人気の機関車の絵本だ。
遠慮がちに受けった遥香はその中身を見て、顔をほころばせた。
「お気遣い頂きありがとうございます。転んで、顔に派手な擦り傷を作ったのと手首のねんざで済んだので、軽傷で済みました」
「あ、きのうのおじさんだ」
遥香の後ろからひょっこりと顔を覗かせた真哉を見て、やっぱり自分の小さい頃にそっくりだと直哉は思った。
「シンちゃん、おじさんがね。絵本くださったの。ありがとうしてね」
遥香の口から出たおじさんという言葉に一線を引かれたように感じた直哉は気持ちを落ち込ませる。
いま、どんな気持ちでいるのか、遥香のよそ行き顔からは、直哉は窺い知ることが出来ずにいた。
「おじさん、えほん、ありがとう。やった!トーテムのえほんだ」
袋の中から絵本を取り出し、はしゃぐ真哉の様子に、遥香は眉尻をさげ少し困った顔を見せる。
「ご心配おかけして頂いたのに……。この通り元気なんです」
そう言って、真哉を見つめる遥香は、よそ行きの顔から変わり、穏やかな母親の表情を浮かべた。
「元気そうで安心したよ。顔の擦り傷が痛々しいけど、男の子はやんちゃなぐらいが、ちょうどいい」
「そうなんですけど、その分、心配も多くて……」
嬉しそうに絵本を見ていた真哉は何かに気づき、パッと顔を上げた。そして、慌ててサンダルを履き、直哉の横をすり抜け、玄関からとび出して行く。
真哉の後を追うように振り返った直哉の目に、ガッシリとした身体つきで、健康的に日焼けした短髪の男性が映る。
「ようちゃん、みて!トーテムのえほん、きのうのおじさんにもらったの」
「シンちゃん、絵本もらったのか。良かったな」
陽太はスッと手を伸ばし、真哉を高く抱き上げた。
高く抱かれた真哉は満面の笑みを見せている。
まるで、本物の親子のような二人。
憧れてやまないその光景に直哉は胸の奥が絞られるように痛む。
自分の居場所がここには無いんだと思い知らされた気がした。
真哉を抱きかかえたまま、陽太は、直哉へと向き直る。
顔は笑っているが、目は鋭く見据えていた。
「……柏木様、城間別邸ご利用ありがとうございます。私、管理責任者の城間陽太と申します。昨日、ウチの安里が柏木様のお車の前に飛び出し、ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ございません。その後、体調いかがでしょうか?」
陽太は口角を上げ、落ちついた口調で話しかけて来るものの、瞳は相変わらず鋭いままだった。
昨日、倒れた時、遥香の家で聞いた”遥香”と名前を呼び捨てにしていた声と同じ人物だと直哉思った。
真哉の懐いている様子からもとても近しい間柄だと容易に想像できた。
(苗字が別だから結婚はしていないだろうが、恋人同士なのだろうか?)
チリチリと胸の奥が焼ける。
それでも、大人の対応で返事をする。
「おかげさまで、すっかり良くなりました。こちらこそ、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「ご快復されて安心致しました。本日、わざわざこちらに、お越しいただいたのは、お忘れ物でもございましたか?」
丁寧に訊ねているようではあるが、これは、暗に”用もないのにココに来るな”と言っている。
陽太の険の有る様子に気付いた遥香が、困った顔で口をはさんだ。
「朝食の片づけをしている時に保育所から電話があったから、シンちゃんが怪我したのを知っていらして、わざわざお見舞いを持って来てくださったの」
「シンちゃん、えほん、もらったのー」
腕に抱く真哉からの一言に、陽太はフッと表情を緩ませ、優しい目を向けた。それだけで、どんなに真哉の事を大切に思っているのかがわかった。
その愛おし気に見つめる瞳は、まるで父親のようだ。
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