【完結】裸足のシンデレラは、御曹司を待っている

安里海

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あなたに深く溺れていく

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 朝から晴れて澄み渡る空が広がり、遠くに白い雲が流れている。

「うわーっ、熱くなりそう」

 時刻は8時55分、この自宅兼管理棟から城間別邸へ朝食を運ぶのに良い時間。遥香はホテルから届けられたバスケットを持ってお隣へと向かう。
 お隣とは言っても、都会の窓を開けたらすぐ隣とはわけが違う。月桃やアダン、ハイビスカス、ヤシの木などちょっとジャングルちっくな植栽で囲まれ、500坪の敷地を有する城間別邸はぐるりと回らないと入れない。できれば愛車の軽自動車で行きたいぐらいだ。
 
 花ブロックを過ぎて芝生がきれいに敷かれた庭に足を踏み入れた。広い芝生の庭、左手にあるプライベートプールの水面がキラキラと反射している。

「あ、葉っぱが落ちてる」

 風で運ばれた葉が、プールの水面に浮いていた。
 それを横目に石畳を踏みしめ玄関のチャイムを押した。とはいえガラス張りの家なので、直哉がバスローブ姿で近づいてくるのが見える。
 ガチャと直哉が内側からドアを開けた。

「おはようございます。朝食をお持ちしました」

「おはよう。ありがとう、楽しみにしていたよ」

 プールに入る予定なのか下はハーフパンツを履いているけど上はバスローブを羽織ったままで、前がはだけて胸元からきれいに割れている腹筋までまる見えだ。

(なんだか、朝からごちそうさまです。)

 なんて、邪な視線をサトラレないように、遥香は手にしたバスケットを掲げた。

「昨日はごちそうさまでした。それに素敵なお洋服もありがとうございます。朝食、セッティングいたしますね」

「ん、頼むね」

 リビング横にあるアイランドキッチンへ入り、お皿を取り出して、ベーコンと卵のクロワッサンサンドや色鮮やかな季節の野菜サラダ、あぐー豚のソーセージなどの食材をきれいに盛り付けた。

「どこで、お召し上がりになられますか?」

「ダイニングテーブルでいいよ。ここからでも景色に遜色ない」

 柱で屋根を支えている設計で庭に面した壁の部分がガラス張りの開放感。
 普段の生活なら落ち着かないかもしれないが、別荘ならではの贅沢な作りで、非日常が演出されている。

 直哉がダイニングの椅子を引き腰を下ろした。
 ダイニングテーブルの上に盛り付けたプレートを並べていた遥香だったが、直哉からの視線を感じ顔を上げた。目が合うとニコッと笑う。

(なんで、見るんだろ。緊張しちゃうよ。綺麗な外の景色でも見ていればいいのに、なんだか恥ずかしいからコッチ見ないで。)


 心の叫びとは裏腹に、遥香はポーカーフェイスを張り付けて、ニコリと微笑み返し、何食わぬ顔でコーヒーメーカーをセットする。
 最後は、ポットに入っていたスープをカップに移し入れ、直哉の前へコトリと置いた。

「お待たせいたしました。お食事をされている間に、リネンの交換とバスルームの清掃をいたしますが、よろしいですか」

「なんだ、安里さんも一緒に食べてくれるのかと思っていたんだけど」

 ホテルの従業員と朝ごはんって、おかしいでしょ!っと一瞬言い返しそうになった遥香だった。
   けれど、そんなことを言えるはずも無く、ましてや眉尻を下げて、捨てられた子犬みたいに見つめられると、遥香の心の防御壁はガラガラと崩れて行く。

「私は、家で食べてきました。お仕事しないとクビになっちゃいます。ご協力をお願いします」

 あんまり近づき過ぎないようにしないと。っと、遥香は心の防御壁を建て直す。
 直哉の返事を待たず、掃除に行こうとキッチンの脇から浴室に続くドアへ手を掛けた。
 すると、遥香の顔の横から直哉の手が伸び、ドアを抑える。

 遥香は背中に直哉の気配を意識した。
    すっぽり腕の中に閉じ込められ、エキゾチックな香水のトップノートが香る。そして、耳元に艶のある低音ボイスが響く。

「会計は部屋付で、明日の朝はふたり分で用意して、一緒に食べてくれる?」

 直哉の腕の中に閉じ込められてしまい、耳に息がかかる距離で囁かれたら、遥香は腰から崩れ落ちそうなってしまう。
 立て直した防御壁はいとも簡単に崩れてしまった。

「わ、わかりました。明日はご一緒いたしますっ」

「それと、話し方も……ね」

「あ、はいっ」

「ん、じゃあ、ごはん食べてるね」

 直哉の手が離れ解放された遥香だったが、頬の火照りが収まらない。
 パタパタと急いで浴室に入り、邪念を振り払うようにゴシゴシとタイルの床を磨く。視線を上げると開放感のある窓の外で木々がざわめいていた。

 年上なのに甘え上手の直哉。いや、甘えられているようで、いつの間にか彼の思い通りに従わされている気がする。
 優しいのに逆らえない。

 家の中の壁はさすがに普通の壁で仕切られているので浴室やサニタリールーム、そして、2つあるの寝室のプライバシーはある程度保たれている。
 浴室の横にあるサニタリースペースの床もタイル張りで水洗いができる作りなので、そこもゴシゴシ磨くと少し邪念が払われたようでスッキリと気持ちが晴れる。
 
 リネンのストック扉を開き。タオルやシーツを取り出した。
 浴室、洗面のタオルの交換、備品の補充、そして寝室に入ってシーツを外す。
 すると、シーツから直哉のオリエンタルノートの移り香がふわりと香る。
 このベッドで直哉が眠っていたというリアル感が増して、要らぬ妄想が働き、頬がまたブワッと熱くなった。

「仕事、仕事しなきゃ」

 この城間別邸の仕事は遥香が以前働いていた会社に比べたら自由も効くし、緩くて気分的にも追われずに楽だ。
 以前、ハードワークで体を壊した遥香は、亡き父の親友だった城間オーナーの計らいで、(お情けともいう)この仕事をさせてもらっている。
 なので、万が一にもお客様とトラブルになるなんてことは是が非でも避けたい。

 それなのに、お客様と従業員としての距離感がおかしな事になっている。

 直哉から距離を置くように、遥香はプールのある庭へ出た。
 まだ、午前9時を過ぎたばかりなのにきつい日差しが照り付け、かなり気温が上がっている。

 倉庫から虫取り網を取り出して、プールに落ちた葉っぱを虫取り網で掬い始めた。

「あつーい。出来ることならこのままプールに飛び込みたい」

 ブツブツと独り言ごちなら、虫取り網で水面をさらう。

 ザザザッと風が吹き、木々が煽られ大きく揺れた。
 プールの水面も小さなさざ波が立ち、落ち葉が流され遠ざかる。

「あ、もう少しで取れるのに」

 身を乗り出し、風で動いた葉っぱを取ろうと網を持つ手を伸ばした。
 体を支えている方の手が、つるりと滑る。

「あっっ!」
 と思った瞬間には、ドボーンと派手な水音を立て、頭からプールにまっさかさまだ。

(ドジった。いくら飛び込みたいって思っても服も着たままは、マズイ。)

 いきなり落ちたから上下の感覚がわからず、藻掻いても服が絡みつき、水から上がる事が出来ずにいる。
 やがて、ブクブクと肺の空気が尽きていく。


 急に遥香は、強い力でグイッと腕をつかまれた。
 やっと水面から顔が出て、慌てて空気を肺に送り込む。
 ケホッゲホッ。

「大丈夫か?」

 気が付けば、遥香は直哉に抱き留められていた。
 直哉がプールに飛び込んで助けてくれたんだと、理解した。

「柏木さん……ありがとうございます」

「上がってこないから驚いたよ」

「足の着くプールなのに慌ててしまいました。葉っぱを取るのに夢中になっていたら落ちてしまったんです」

「いや、大丈夫ならいいんだ。でも濡れてしまったな」

 直哉の髪から、水滴がポタポタと滴っている。遥香は申し訳なく思った。

「私のせいで柏木さんまで濡れてしまいましたね。お風呂洗ったので、入ってください」

「いや、俺は、もともと水着だから、安里さんのほうが……」

 と言われて、遥香は、はたと気づいた。
 水中でスカートがめくりあがっているし、白のブラウスが濡れてスケスケで薄いピンクのブラのレースがまる見え。
 水着なら平気なのに下着だと思うと、とっても恥ずかしい。

 ましてや上半身裸の直哉に立てだっこをされて、彼の首に回した腕が彼の素肌に触れている。
 おまけに遥香は下着まで濡れていて、どうしたって意識してしまう。

「あ、あの……」

 直哉の切れ長の瞳、その綺麗な虹彩の中、囚われたように遥香が映っている。
 
 絡んだ視線が離せない。

 海から熱い風が吹き、緑の木々が揺れざわめいていた。

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