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くるないさは、「真(まくとぅ)そーけー、なんくるないさ」です。

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 直哉の笑顔に遥香の心臓はせわしなく動き出し、頬が熱くなる。

 出会ったばかりの人に、こんな気持ちになるなんて……。
 そう思って見ても走り出した気持ちは、どんどん加速していく。

「あの、こんなにいろいろして下さってありがとうございます。却って申し訳ございません」

「一日つき合わせてしまったお礼なんだから気にしないで。さあ、食事に行こう」

 直哉から腕を差し出され、素直に腕を組む。
 近くなった距離。ふわりとオリエンタルノートが香り、気持ちがそわそわする。
 お姫様気分で足を踏み出し、直哉の様子を窺うように顔を上げた。
 視線に気がついた直哉が、「どうしたの?」といったように目を見開き、遥香は慌ててしゃべり出す。


「あの、もしかして、こちらのホテル。柏木さんの定宿だったりします?」

「ん?どうして?」

「ドアマンの人が、お久しぶりですと挨拶していたり、施設にも慣れている様子で……」

「定宿って言う程じゃないよ。以前何度か利用したぐらいかな? 沖縄は好きな場所でまとまった休みがあると来ている。今回はネットを見て城間別邸が気になって、あの開放的な建物には興味をそそられるよね」

「確かに、ガラス張りの家なんて、非日常で開放的ですよね」

 城間別邸の斬新なデザインを思い浮かべたのか、直哉はクスリと笑う。

「開放的でありながら、プライベート感があっていいね」

 そんなことを話しているうちに、ホテル3階にあるレストランの前に着いた。うちなーぐち(沖縄の方言)で「美しい虹」を意味する「ちゅらぬうじ」というイタリアンレストランだ。

 テラス席へ通されると、直哉は慣れた感じで椅子を引き、遥香をエスコートする。
 外国映画のヒロインのような扱いに遥香は戸惑いながら、お礼を言って腰を下ろす。
 でも、頬に熱が集まるのが自分でもわかる。
 外のテラス席は、火照った頬を冷ますような涼しい風が吹き、すっかり暗くなったヤンバルの森からは虫たちの囁きが聞こえてくる。


「安里さんは、好き嫌いやアレルギーある?」

 直哉の穏やかなバリトンボイスが心地いい。
 
「なんでも大丈夫です。好き嫌いもアレルギーもありません」

「じゃあ、いろいろな料理を楽しもう」

 見上げるとそこには、満天の星空だ。
 テーブルの上にあるキャンドルが揺らめき、ロマンチックな雰囲気を醸し出していた。
 甘い夜の雰囲気に心が酔い始めてしまう。

「食前酒は何にする?」

 コース料理を直哉がチョイスして、ドリンクのメニューブックを渡される。


「シークワーサーの泡盛炭酸割り、本部町の商品なんですね。コレ頼んでもイイですか?」

「もちろん」

 ペリエとシークワーサーの泡盛が運ばれ、テーブルにはストゥッツィーノのバケットが置かれた。
「乾杯」とグラスを合わせれば、シークワーサーの爽やかな香りがフワリと鼻に抜け、口当たりが良い。

「美味しい」

 チラリと直哉を窺うと視線が絡み、彼の綺麗な虹彩に囚われる。

「喜んでもらえて嬉しいよ」

 優しい笑顔が好きだと思った。そして、遥香はもっと直哉の事を知りたくなる。

 アンティパスト(前菜)が運ばれてきた。
 生ハムの中にチーズやトマトなどの野菜が一口サイズに巻かれ、色も鮮やかで美しい。
 いただきますと手を合わせ、口にした。
 生ハムの塩気とトマトの甘みと酸味が絶妙なバランスでそこにチーズの濃厚な味わいに満たされる。

「ところで、柏木さんのプライベートな事をお聞きしても大丈夫ですか?」

「答えられる範囲ならね」

「お仕事は何をされているんですか?」

「ああ、物流関係の仕事を家族でね。Kロジテックって、会社だけど知ってる?」

「えっ、もちろん知っていますよ。宅配便や引っ越しで有名な会社ですよね」

 物流会社としては日本最大級の会社なのに、家族でと言っているのは、おそらく創業者の身内なのだろう。

「祖父の代で、大きくなった会社なんだけど、まあ、受け継ぐ者はそれなりに大変でね。身内のしがらみもあって、あまり良いモノでもないよ」

 直哉は、そう言って寂しげに微笑んだ。
 その表情に、昼間、金城の鍾乳洞でのメッセージカードに何も記入しなかった事を思い出す。
 やはり、何か事情があって、疲れて沖縄に来たのだと思った。

「……今回の旅の目的は、ありますか?」

「とくに目的は無いんだ。のんびり昼寝でもしようかな?」

「お昼寝、いいですね。離れの茶室も良いですし、軒下のハンモックもオススメです。ただ、朝食は近隣のホテルからお持ちしますが、おひるご飯や夕ご飯がないのでご希望がございましたらホテルへ注文もできます。あとは、おすすめのお店をピックアップしますが、ご希望ありますか?」

 ふいに直哉が悪戯な瞳を向ける。

「明日も安里さんが食事に付き合ってくれたら嬉しいんだけど」

 遥香は、戸惑いうつむいた。好きだという気持ちはあるものの、直哉は本土の人。
 旅行の日程が終われば、沖縄から居なくなるのだ。

「あの……」

「一人でする食事は味気なくて好きじゃないんだ」

 切なげな瞳を向けられたら、断わりきれない。
 意思の弱い自分にいつか後悔するだろうと遥香は思った。

「わかりました。ただ、私が御一緒できるのは庶民のお店ですからね」

「ありがとう。楽しみだな」

 長いまつ毛に縁どられた切れ長の瞳が優しく弧を描き、綺麗な虹彩が遥香を見つめた。

 そんな顔をされたら気持ちが膨らんでしまい、後戻りが出来なくなりそうだと遥香は思った。

 お酒も入り、フワフワとした気持ちの中でプリモ・ピアットはテラジャー(コマ貝)とトマトの冷製パスタ。さっぱりとしていて、スルスル入ってしまう。
 セコンド・ピアットは石垣牛のグリルが肉汁もたっぷりで柔らかく口の中でとろけるようで、普段、食べているお肉とは比べ物にならないぐらいに美味しい。

 ドルチェは、マンゴーとシークワーサーのシャーベット。フルーツを厳選して作られたものだ。

「これも美味しいですね。マンゴー好きなんです」

「これは、一味違うね。マンゴーの味が濃くて旨いな」

 スプーンですくったマンゴーシャーベットをパクッと口に入れ、子供のように笑う直哉。
 大人の艶がある笑顔も良いけど、飾らずにいる今みたいな笑顔が素敵だと思った。

「子供の頃、父に連れられて買い物に行ったとき、おりこうにしていると最後にブルーシールのアイスクリームを買ってもらえるのが凄く楽しみで、その中でもマンゴーのシャーベットが好きでよく食べていたのを思い出しました」

「お父さんと仲がいいんだね」

「はい、大好きな父でしたが、2年前に他界してしまって……」

「身内が亡くなるのは寂しいね。うちは家族の仲が良いわけでもないから……。素敵な思い出があってうらやましいよ」

「柏木さん、独身でいらっしゃいますか?」

 直哉は少し驚いた顔で「ああ」とだけ短く答えた。
 いきなり独身ですかなんて聞きいたから、警戒されてしまったかな?と遥香は思った。

 直哉に惹かれる遥香だったが、本土に帰る直哉との関係をこれ以上踏み出そうとは考えていない。ただ、直哉が鍾乳洞で、泡盛のラベルの記入の時に、寂しそうな様子だったのが気に掛かっていたのだ。
 明るい未来を想像して欲しかった。

「それでしたら、この先ご結婚されて、お子さんが出来たら、アイスクリームをごちそうしてあげるお父さんになればいいんですよ。そうしたら、お子さんがお父さん大好きって言ってくれますよ。素敵な思い出をこれから作っていけばいいんです」

 遥香の言葉が意外だったのか、直哉は目を丸くしていた。だが、次の瞬間ふわりと笑う。
 実は、直哉の周りには、Kロジテックの看板欲しさに色仕掛けをする女性が多いのだ。それにうんざりしていた直哉に取って遥香の反応は、とても新鮮に映った。
 それは、プライベートな話をしても遥香になら大丈夫だと言う安心感にも繋がった。

「それは、素敵だね。それをこれからの目標にしたいけど、実は沖縄へ来る前に婚約破棄をして来たばかりなんだ」

「……ごめんなさい。何も知らないのに余計な事を言いいました」

「いや、婚約者と言っても、仕事の関係で縁談を持ち込まれてね。親が乗り気で断り切れずに会社のためになるならと婚約をしたんだ。けれど、婚約者に浮気をされてしまって……。結果的にそんな人と結婚しなくて済んだのは良かったんだけど、家族とも良い関係を築くことが出来ずにいたせいか、結婚して家庭を持つイメージが上手く描けないんだ」

 そう言って、直哉は寂し気に微笑んだ。
 直哉が、鍾乳洞で泡盛のラベルに名前しか書かなかったのには、そんな事情があったんだ。

「そうですか……すみません。言いにくい話をさせてしまいました。でも、諦めないでください。きっと、柏木さんなら素敵な家庭が築けるはずです」

「重たい話をして悪かった。素敵な家庭が築けるように努力してみるよ。そうだね、心が通じ合い、一緒にいて安らぐ人となら結婚しても楽しいだろうね。それで子供が出来たらご褒美にアイスを買ってあげよう」

「そうですよ。真(まくとぅ)そーけーなんくるないさの精神です」

「なんくるないさは、良く聞くけど、どういう意味なの?」

 良く聞く「なんくるないさ」は、一般的に、何もしなくてもなんとかなるさ、と言う解釈をされているけれど本当は違う。
「真(まくとぅ)そーけー、なんくるないさ」が正しい文で、
 真そーけー=人として正しい行いとしていれば、
 なんくるないさ=自然と(あるべきように)なるものだ。
 つまり、ちゃんと挫けずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつかきっと報われて良い日がやってくるよ。という意味だと直哉に説明した。


「いつかきっと報われて……あるべきようになるか……」
 と、直哉は自分に言い聞かせるように呟く。そして、顔をほころばせた。
「いい言葉だね」

「何もしなくてもなんとかなるとは、真逆の努力を尊ぶ言葉なので、本土の人に説明すると皆驚かれるんですよ」

 さっき迄の重たい空気が和み、ふたりの間に自然と笑みがこぼれた。

「安里さんのように裏表の無い真っ直ぐな人は、一緒にいて気持ちが安らぐよ」

 そう言って、優しい笑顔を向けられると、どうしても遥香の恋心は膨らんでしまう。
 しかし、魔法を掛けられたシンデレラのように綺麗にしてもらったとしても、直哉は本土の人。そして、大企業の御曹司。会社の利益になるような結婚をする人なのだ。

 (自分とは住む世界が違うのだから、これ以上惑わせないで……。)



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