お狐様の言う通り

かやつばめ

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 成人を過ぎているのだし、幸い居酒屋を経営している幼馴染もいる。酒でも飲んでうっぷんを晴らしてやろうかとも思ったけれど、神社の外にまで出て家庭内の文句を言って、この神社の風評を下げる様な事をするほど非常識にはなれない。
 跡を継ぐのは嫌だけれど、この神社は嫌いじゃないところがまた矛盾していて苛立つ原因でもある。

「いっそ、嫌いになれたらいいんだけど……」

 それが出来ないから、家を飛び出す思い切りもない。
 顔立ちも爽やか好青年の見本の様な兄とは違い、パッとしない顔だ。成績も身長もみんな曖昧。
 何もかも、中途半端な自分。
 こんな風に思う自分が一番嫌いだ。
 苛立ちを込めて南京錠で閉じられた重い鉄の扉を開けると、カビ臭い空気が肺の中に入って来て、少しだけ咳こむ。

「えーと、電気スイッチ……」

 壁の横にあるスイッチを押すと全く電気のつく反応がなくて、心の中で舌打ちをしてから足を踏み入れる。
 どうやらこの倉庫までもが父親たちの味方らしい。
 本当はしばらくここに篭ってハンストでもしてやろうかと思ったのに、電気がつかないのなら日が暮れるまでしかいられない。恥ずかしくてあまり言えないけれど、真っ暗なのがダメなのだ。

「はあ……なんでこんな家に生まれてきたんだろうな、俺」

 怖がりだし、ホラーものなんて大嫌い。
 なのに、見えたり聞こえてしまう。
 それを知っているからこそ、親は自分に跡を継げと言うけれど、一生それと付き合うなんて冗談じゃないと思う。

(確かに、神社は聖域だから見えたり聞こえないけど……)

 ずっと神社から出ずに生きていけるわけではないし、逆にこの世のものではない何かと関わる機会も多いという、諸刃の剣のような存在な場所なのだ。
 今は渋々と手伝いをしているけれど、いい加減腰を据えろと父親が今年の人形供養を自分に任せると言い始めたのだ。
 そして冒頭の口論に至る。

「……よりにもよって、なんで人形供養なんだよ」

 例大祭とか、祝い事とかの方から慣れさせるのが普通なのだが、半月後にある何十年に一度の大きな祭りごとに父親はかかりっきりで、三月のひな祭りに行う人形供養の方まで手が回らないからという理由らしい。

「そういえば、ここの倉庫って……」

 近年、稲荷神社なのに人形供養の話が舞い込むようになり、地元だけじゃなく全国からこの時期になると山の様に段ボール箱に詰められた人形が神社に届く。
 それらを一時期置いているのがこの倉庫だったと気付いた瞬間、耳にざわざわと声が届き始める。

「しまった……」

 いつもは気を張ってある程度聞こえないように努力をしているのだけれど、心の隙を突いたように入りこんできた声に耳を塞ぐと、それを抗議するようにガタガタと騒ぎ始める。

「うっ、うるさいっ! 俺はお前らの声なんて聞こえねーんだからっ!」

 そのまま退出すれば良かったのに、何故だかその場にしゃがみ込んで眼を閉じ、思いっきり耳を塞ぐ。頭の中に直接響くような声で話しかけられているのが分かって、大きく頭を振った。
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