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6巻
6-1
しおりを挟む第一章
空は高く、遥か上空に筋状の雲があった。その手前にはまるでマシュマロのような、丸くて小さくて柔らかそうな雲がいくつも浮かんでいる。
東の空には、薄く長い雲。西には少し厚めの暗い雲。
雲の形は様々で、その多様性はこの聖カーノーン広場に集っている人々も同じだ。
俺――アラン・ファー・レイナルは、大勢の人々を上から眺めていた。
どうして上からなのか。それは、俺が何故か……そう、何故か、神光教会の光の騎士団と並んで王城のテラスの脇に立っているからに他ならない。
隣には同騎士団のキースとイエンという美丈夫が、まさに騎士然とした装いで、いまだ姿を現さない敬愛する師の登場を待ち焦がれている。
その張り詰めた空気に、俺は声を出すことができない。
せめてもの救いは、隣にカサシスがいてくれることか。
普段は騒がしく、おちゃらけた態度のカサシス。意外にも帝国の名門貴族家の出だという彼は、流石にこの場では空気を読んでいるのか、俺と目が合っても声をかけることはない。
しかし、気心の知れた友人がすぐ近くにいるという事実は、俺にいくばくかの安心を与えていた。
やがて、この広場に集った人々の待ち望んだ瞬間がやってきた。
「それでは只今より、第二百十七代神光教会教主――聖フェリクス・フィデリース・ラグル・フラーム七世様より、お言葉を賜ります」
それまでのざわめきは消えた。
楽隊の奏でる厳かな調べが、人々の耳に届く。
やがて王城のテラスに、威厳ある所作でゆっくりと歩を進める一人の老人が現れた。たおやかな白い衣装に身を包んだ、フェリクス様だ。
小さく手をあげるフェリクス様に、数多の視線が注がれた。ゆうに二万を超すだろう。それがこの聖カーノーン広場に集まった、神光教会の信者の数だった。
ひしめきあう人々が耳を澄ましている中、フェリクス様が口を開く。
「今日この良き日、集った神の子らに祝福を」
先日俺が会ったときとはまるで違う、威厳ある声だ。
「さて、私は、この国で起こった二つの悲劇に奇しくも遭遇しました。一つはここから離れた都市、パウーラでの亜人による侵略。そしてもう一つは、このダオスタで起きた、獣人奴隷達の暴動です。……何故、このようなことが起こってしまったのか、私にも全てのことはわからない。しかし、物事には必ず理由があり、原因があります」
一度言葉を切り、フェリクス様は人々を見渡す。
「さて、皆さんに常々申し上げている通り、世界には目に見えるものだけではなく、目に見えない世界が存在しています。現界で起こる全ての出来事は、その見えざる世界の働きによって起きているのです」
フェリクス様の話は、俺達が過ごす世界と、見えざる世界との関係についてだった。
見えざる世界とは、所謂“あの世”と呼ばれているもの。幽霊や神様の世界のことだ。
そういった世界が存在するのも、それが人々の住む世界に影響を及ぼしているのもわかる。なにせ俺には、見えざる世界のものが見えるのだから。
初めに見たのは、レイナル領一帯を治めていた神、ミミ様ことミミラトル様に紹介された精霊達だった。そしてレイナル城で、かつて恨みを持ちながら死んだ人達。
最近では、人々に害をなさんとする、邪神の姿までも目にした。
「争い、災害……この世界を見舞う様々な不幸を引き起こしているのは、一体誰なのか。それは、悪しき神々です。現界に不幸を齎さんとする神々は、確かに存在します。しかし、この世の全ての出来事は、それらの邪な神々よりもさらに上位にいらっしゃる、主神様が管理なされているのです。そう、たとえ悪しき神々が災いを齎したとしても、それさえもが神の思し召しなのです。災いを通じて主神様は我々に試練を与え、大事なことに気づかせようとしていらっしゃる」
フェリクス様の言葉を一言も聞き逃すまいと、信者達は耳を澄ます。
「――話を戻しましょう。そう、この国で起こった悲劇。多くの獣人達が、反旗を翻した話です。物事は全て、原因と結果で成り立っています。さて、此度のことは、何が原因だったのでしょうか。難しい話ではありません。先ほど私が申し上げた通り、全ては主神様の思し召し。重要なのは、今回の事件が起こったことの意味です。主神様が我々に何を気づかせようとしているのか、その一点に他なりません。皆さんはわかりますか? 主神様の御意思が」
その問いかけで、静かな湖面に波が立つように、ざわめきが起こった。
フェリクス様は、しばし目と口を閉じ、広場の信者達に改めて目を向ける。
「答えを申しましょう」
一瞬にして、広場に静寂が戻る。フェリクス様の言葉を聞くため、信者の意識が一つになったようだ。
「主神様は、我々に間違いに気づいて欲しいのです。人間も獣人も皆、等しく神の子であり、差別をすることは誤りである、と」
どよめきが起こった。信者はもちろん、特に動揺が大きかったのは、フェリクス様の背後に立つ、この国の司祭達だ。
「主神様はこの物質世界に神の国を再現し、そこに自らの子である私達を住まわさんとしていらっしゃいます。神の国は天の楽園。争いも病も貧困もない、真なる楽園です。そこに至るため、私達は努力せねばなりません」
「せ、聖フェリクス・フィデリース・ラグル・フラーム七世様のお言葉は以上である! 誠にありがとうございました!」
フェリクス様の話はまだ続く気配があったが、言葉の合間をついて、教主よりも豪華な衣装を身に纏った司祭達が、広場の信者に一方的に終了を告げた。そして、フェリクス様を王城の中へと連れていく。
広場のざわめきはまだ収まらず、しばらく消えそうにない。
「なんや、えらいことになりそうやなあ……」
「うん……」
カサシスの呟きに、俺は曖昧に返事をする。
果たしてフェリクス様は、俺との約束を守った。
フェリクス様の頼み事を引き受ける代わりに俺が求めたのは、差別の撤廃。
実権を持たない、象徴的な存在である教主にできることには限界があるが、それでも発言の影響力は計り知れない。
もちろん、今の演説だけで差別がすぐになくなることはないだろうけど、まずは第一歩といえる。
今度は俺の番だ。
俺に救えるだろうか。教会に囚われているという、無垢の人を。
『無垢の人』がどういう存在なのかは俺もよく理解できていないが、神光教会においての重要人物らしいことは知っている。
引き受けた以上、そして約束を果たしてもらったからには、何としても無垢の人を助けなければならない。
周囲が騒がしく慌ただしい中で、そのことが頭から離れなかった。
†
それから時間は瞬く間に過ぎ去り、フェリクス様の演説から一月が経った。
その間、俺は決して暇ではない毎日を過ごしていた。
以前約束した通り、幼馴染みのフラン姉ちゃんと買い物に行ったり、食事に行ったり、劇を見に行ったり。
カサシスとは冒険者として、ゴブリンや獣の討伐、商人の護衛や珍しい果実の採取など、様々な依頼をこなした。
滞在しているホテルに届いた多くの招待状を断りきれず、パーティに出席しては貴族やそのご令嬢に囲まれたりもした。その都度、カサシスかフラン姉ちゃん、イライザがいてくれたのは心強かったけれど。
イライザは俺が剣闘大会に出場したときの専属スタッフで、その後も何かと俺の面倒を見てくれている。貴族家の出で社交界に精通しているため、同じく剣闘大会のスタッフとして知り合ったコノリに、マナーやダンスなどを教えてくれたりもした。
そうそう、コノリにも何度か会いに行った。
この一ヵ月間で一番驚かされたのは、コノリと、彼女の母親であるカトカさんだ。
なんと、コノリは小鳥や鼠などと心を通わすことができるようになっていたのだ。理由は考えるまでもなく、俺の力が作用したからなのだろうが、何故そんな力を得るに至ったのか。
コノリ曰く、『獣人の人達に囚われていたとき、近くにいっぱい鳥かごがあったんです。周りに誰もいないときに小鳥に話しかけていたら、なんだかその子達の言っていることが、なんとなくわかるようになっちゃって』とのこと。
彼女は牢から脱出した際、そのうちの一羽に自分達は無事だという俺宛の手紙を託したのだという。
そんな話をしてくれたとき、窓枠から差し込む日差しの中で、赤や黄、緑、白に黒といった色とりどりの小鳥達と戯れ、肩に乗る小鳥に笑顔を向けるコノリは可憐だった。
そして忘れてはいけないのがカトカさんだ。カトカさんは重い病気にかかっていて、俺は何度か治癒の法術をかけたり、光の祝福で病を治そうと試みたりしたが、全て失敗に終わっていた。
しかし、光の祝福の力が込められた虹石を身につけてから、カトカさんは劇的に回復していったのだ。
先日お会いしたときは、本当に元気で明るく健康的で、初めて出会ったときとは別人かと思うほどだった。
コノリに誘われて家に遊びに行った日には、お茶を出してもらっただけでなく食事までご馳走になり、その後も世間話で盛り上がって、つい長居をしてしまった。
そんなこんなで、あっという間に時間が過ぎ、この壁に囲まれた都市、ダオスタを離れる日がやってきた。
「さて、久しぶりの帰宅だ。もうじき雪も降ってくるから、急がないとな」
救国の英雄ヤンとして人々に知られる父が、暗い室内で、俺にそう声をかけた。
まだ太陽が姿を見せていない早朝、レイナル家に仕えてくれている執事ジュリオの息子、ネッドが営む店の中で、レイナル領に帰るべく身支度をする。
「そうだね。なんだか随分と長い間、家に帰ってない気がするよ」
「アラン、お前なあ。俺なんか、もっと前からこっちにいるんだぞ? 少しは俺のことも労りやがれ」
「あはは、ごめんってば、父様」
父と話しながら分厚い外套を羽織り、腰に剣を佩いた。
店から外に出ると、そこには五台の荷馬車が待機していた。
荷馬車の周りには、それを守るように俺達と似た装いの男達が待機している。
その中の一人が俺達の姿を認めて、声をかけてきた。
「お、もう準備は大丈夫ですかい?」
「おう、ホンザ。そっちはどうだ?」
頭髪がなく強面で、むきむきボディーのホンザだ。俺はもう慣れたのだが、朗らかに笑う彼はまるで相手を威嚇しているかのように見える。……本人はいたって普通に笑っているだけなのであろうが。
「荷物、人員、馬。問題なしでさあ。いつでも出発できやすぜ」
ホンザの言葉に、周りの男達も自信たっぷりに同意する。
「それじゃあ、そろそろ出発するか!」
「へい! おい野郎ども、出発だ! 各自持ち場につけ!」
父に促されたホンザが号令をかけると、男達はそれぞれに散っていった。
父は先頭の荷馬車の御者台に乗り込み、俺は近くに繋がれていた馬に跨がる。
背中から首の辺りをぽんぽんと叩き、「よろしくな」と声をかけると、濃い赤茶色の艶やかな毛並みの馬は小さく嘶いた。
蹄を鳴らしてやる気に満ち溢れているこの馬。実は以前、俺がパウーラとダオスタの行き来に使った馬である。
パウーラから戻るときは少しでも早くダオスタに着きたくて、この馬に俺の能力である『他者強化能力』を使った。
結果、馬は風のような速さで大地を駆け、獣人の反乱が起こっていたダオスタに通常よりも大幅に短い時間で到着することができた。
馬屋で借りた馬だったので、ダオスタに戻ってから返却したのだが……。
今回、何故一緒にレイナル領に行くことになったのか。それはやはり俺の能力が原因であった。
馬は返却時に俺から離れたがらず、強引に引き離して馬屋に繋ぎ、なんとか返すことができた。
だがこの馬、それで終わりではなかった。何度も脱走して、俺のもとに姿を現したのだ。
閂のかかった扉も木の柵もあったのに、どうやって突破したのか。どんなふうに俺の居場所を突き止めたのかもわからない。それこそ、野生の勘のようなものだろうか。
もとは聞き分けのいい馬だったらしいのに、頑なに俺の側から離れようとしない。
三度目の脱走の際に馬屋が見せたのは、苦笑い。
それを見て悟った。俺がこの馬を引き取るしかない、と。
また馬屋に繋いでおいても、下手をすればレイナル領まで来てしまうかもしれないという俺の危惧は、決して大げさではなかったと思う。
各自が持ち場について、いよいよ出発となった。
見送りには、ネッドとその妻のモリーさん、そして彼らの子供であるルイス君が来てくれている。
「ヤン様、アラン様」
「世話になったな、ネッド」
「ありがとうございました」
父と俺がお礼を言うと、ネッドは深々と頭を下げた。
「なんと、もったいないお言葉を……ありがとうございます。……ルチアのこと、よろしくお願いいたします」
「おう、任せとけ」
俺は二台目の荷馬車に乗っている幼子に目を向け、ネッドに頷く。
その幼子――ルチアは、ルイス君にしきりに手を振っていた。
ルチアは俺がこのダオスタで保護した獣人の子だ。
彼女の母親は、人間の若者に嬲り殺された。母親は恨みから姿を変えて悪霊になろうとしていたのだが、偶然発見した俺が光の祝福を使いながら説得し、思いとどまらせた。
その時に、ルチアと出会ったのだ。
ルチアはしばらくの間、ネッド一家に世話してもらっていた。
ルイス君と仲のいい彼女を、このままネッド達に預けておくということも考えたが、獣人のムーダン達がダオスタで起こした騒動は、一部の人間の獣人に対する感情をさらに悪化させてしまった。
あのフェリクス様のお言葉で、獣人に対する認識への波紋は広がっただろうが、まだ事件からそれほど時間が経っていない。
獣人狩りと称する人間の非道な行いは、今なお、散発的に起こってしまっているのが現状なのだ。
そのため、ダオスタに獣人であるルチアを残していくと、彼女が危険な目に遭う可能性がある。
それに、ルチアと一緒に暮らすネッド達にも、負担をかけてしまうのだ。
あの時、俺はルチアの母親に、ルチアのことは安心して欲しいと言葉をかけ、それを聞いて彼女は成仏した。
だから俺には責任がある。少なくとも、ルチアが大人になるまでは。
ネッド一家もルチアと暮らしているうちに情愛の念が湧いてきて、彼女をレイナル領に連れて行くことを俺が提案した際には、少なからず葛藤があったようだ。
けれど、結果的にルチアがレイナル領に行くことになったのも無理はない。彼らもこのダオスタで獣人が暮らしていくことの大変さを、重々承知しているのだ。
「元気でな」
「ちゃんとご飯を食べるんですよ」
「ルチアちゃん、絶対会いに行くからね、約束だよ!」
「……うん、わたし、まってるよ。まってるからね……」
馬車に乗っているルチアを見上げて、ネッドとモリーさん、ルイス君は、次々に別れの言葉を口にする。
一家の別れが済んだ頃、大きな声があがった。
「それじゃ、出発だ!」
父の号令を合図に、いよいよ隊列が動きだす。
馬車と騎馬で構成された隊列は、石畳の道を進んだ。
ネッド達の姿は徐々に小さくなっていき、彼らの店も、やがて他の建物の間に姿が隠れていく。
まだ早朝のため、人通りはまばらだった。たまに、手紙の配達員や、荷物を載せた馬車、見回りの兵士、千鳥足の酔っ払いなどを見かけるくらい。
彼らの脇を通り過ぎながら、ダオスタの街壁の門を潜る。
壁の外に出ると、ちょうど朝陽が姿を現し、真正面から俺達を照らした。
その眩しさに思わず目を細め、手で光を遮る。
しかし、しばらくの間、朝陽は俺達の正面にあり続けた。
そうして光を浴びた一行は、王都の壁から遠ざかっていった。
†
石畳の道は、いつの間にか踏み固められた土の道に変わっていた。幅の広い道の両側には、石を積んで作られた塀が続いている。
そんな中、俺達の進む道の先に人影が現れた。
父の乗る先頭の馬車が止まり、俺は馬を人影に向かって寄せる。
近づいてみると、それは見知った人物だった。
「ムーダン、なんでこんなところに?」
俺が問うと、ムーダンは肩をすくめた。
「お前達が王都を離れるって聞いて、せめて挨拶をと思ってな」
なるほど。確かにダオスタの近くでムーダンと話すのは難しいだろう。
一ヵ月前に起こった、獣人の暴動。多くの獣人が混乱に乗じて王都から逃げ出し、あるいは人間と戦い、多くの命が失われた。
その脱走と反乱を指揮したのが、このムーダンという人物だ。
もともと俺は、この計画に協力するために父に王都へ呼ばれたのだが、俺が頼まれたのは脱出の手伝いであり、反乱のことは一切聞いていなかった。もちろん、父もだ。脱出に際して混乱が起こるとは予想していたものの、暴動のことは想定外だったらしい。
実際にはムーダンは父をはじめとした人間の協力者を欺き、暴動のことは黙っていたのだった。
そのムーダンも、最初から反乱を計画していたかといえば、そうともいえない。
資金を作るべく、財宝目当てにシガンシン遺跡を訪れたムーダンは遺跡内で何者かの声を聞き、それに導かれるようにして古代の王の霊廟へとたどり着いた。
そして、四つの棺のうちの一つを王都の地下へと運び出したムーダンは、何かに取り憑かれたかのごとく虚ろな意識のまま棺の蓋に手をかけ、遺体とともに収められていた黒い宝玉を手にしたという。それから先は、俺達が関わった通りの話だ。
蘇った獣人の古の王は、王都を中心としたこの土地に自らの王国を造るべくムーダンを唆し、獣人の暴動を起こさせた。
結局、古の王の造ろうとした国はムーダンの理想とはかけ離れており、ムーダンは正気を取り戻し、俺達が古の王を倒して騒動は収まったのだが……。
事態を追う中で、古の王の復活やムーダンが手にした黒い宝玉の裏には、グレタが関与していたことが判明した。
グレタはもともと、俺の幼馴染であるフラン姉ちゃんと同じ藍華騎士団に所属していたが、邪神に取り憑かれて以来、数々の騒動を引き起こしている。
獣人の暴動のときも一度俺達の前に姿を現したものの、黒い霧とともに行方をくらまし、今はどこにいるのかわからない。そんなグレタの居場所や目的も、気になるところではある。
一連のことを俺が思い返していると、父が口を開いた。
「お前達は、これからどうするんだ?」
ムーダンは、遠くにある王都を眺める。
「まだあそこには、軍に囚われたままの獣人達がいる。俺はあいつらをなんとか救いだす」
「……そうか。俺も働きかけたが、なかなか……な。力になれなくてすまない」
近衛騎士団副団長という父の立場からすると、暴動の首謀者であるムーダンを捕らえなければならないはずだが、邪神の力やグレタが関与していたこともあって、牢に入れる気はないらしかった。
むしろ、獣人暴動の黒幕が別にいることを示唆し、調査を進めるよう政府に働きかけている。
目を伏せる父に、ムーダンは首を振った。
「気にしないでくれ。あんたには本当に世話になった。その気持ちだけで十分だ。それに、王都の地下で生き残った奴らも少しいるから、なんとかなる。これ以上、手間をかけさせるわけにはいかないさ」
ムーダンはそう言って、朗らかな笑みを浮かべた。
確かにまだまだ問題は残されている。だがその笑顔に、以前の追い詰められたような、張り詰めた空気は感じられない。
「そういえば、お前の妹はどうしたんだ? 確か、スサナだったか?」
「ああ、あいつなら、他の仲間と一緒にいる。別れの挨拶を一緒にと思ったが、柄じゃないって断られてな」
「ははっ、あの子らしいな」
父の言う通り、確かにスサナならそう言うだろう。
シガンシン遺跡で出会った、小柄な人物が頭に思い浮かぶ。初めは男のような喋り方をしていて性別もよくわからなかったが、スサナはムーダンの妹とのことだった。といっても、どうやら二人は血がつながっているというわけではないらしいが。
「頑張れよ」
「ああ。ありがとう。……それとアラン、君にも迷惑をかけた。許してくれとは言わないが、せめて君の行く道に幸運があることを願っている」
「いえ、コノリも無事だったことですし、謝罪は不要です。それよりも、この王都の獣人達を早く救ってあげてください」
「……わかった、ありがとう」
最後に握手を交わし、隊列はまた進む。
透明な空に、鳥の羽のような雲がちりばめられていた。
澄み渡った視界の先には、高く連なる山々が見えてきている。
やがてムーダン達の姿は遠ざかり、小さかった王都も姿を消した。
「……バイバイ」
馬車に乗ったルチアが手を振っているのは、丘の向こうに隠れた王都に対してか。
俺はそんな彼女に向かい、優しく微笑むのだった。
その後俺達は、温泉のあるニジェの町で一泊することになった。
ここでは以前、獣人であるルプスが差別を受け、嫌な思いをしている。だからルチアを温泉に入れることは諦め、俺も一緒に我慢することにした。
温泉には入りたかったが、レイナル領にもあるのだ。もう少し我慢すれば、なんの気兼ねもなく入れるはず。
ルプスといえば、シルケン公国にしばらく滞在すると手紙がきていたな。どういう事情かはわからないが、真面目でしっかり者のルプスのことだから心配はいらないだろう。
不安なのは、ルプスと行動をともにしているゴブリン少女のグイと、妖精のターブが何かやらかしていないかだが……それもルプスがうまくやってくれていると思う。
応援ありがとうございます!
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