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頑固なおっさんと可愛すぎる愛息

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 今日は、荷馬車で行くことにした。

 帰りに町で買い物をしよう。果物屋にがアプリコットが入ってくるはず。それから、肉屋にはベーコンが入ってくる。そうそう。メイドたちとの「レディ」トーク用にドーナツも必要ね。マッキントッシュ公爵家の名料理人は、料理はもちろんのことスイーツも最高である。わたしもスイーツを作るのは得意。

 しかし、町のドーナツ専門店のドーナツは、わたしたちのそれとは違う。最高に美味しいのだ。しかもめずらしい形や種類を楽しめる。

 というわけで、仕事のついでに買い物をする日は荷馬車で行くことにしている。なにもないときは、馬に乗って町へ行く。

 乗馬用にしているシャツとズボンに着替え、自分で荷馬車を準備した。

 出発しようとしたところで、レンとマーティーが厩舎にやってきた。

「母上、町へ行くのですか?」
「ええ、レン。病院の先生や看護人の応募者の面接よ。帰りにドーナツを買ってくるわね」
「楽しみにしています」

 レンは、五歳とは思えないほど聞きわけがいい。

「マーティン、いつもレンの面倒をみてもらって悪いわね」
「最近は、おれの方が鍛えられてるって感じさ。剣の鍛錬はいったん中断して、いまから馬のブラッシングと馬房の清掃を手伝ってもらおうと思っている。それから、乗馬の稽古だ。アン、かまわないかな?」
「もちろんよ。だけど、馬たちに負担をかけないでね」

 マッキントッシュ公爵家の馬たちは、よく調教がされている。馬好きのクレイグは、老馬やケガや病で役に立たなくなった軍馬を引き取っている。治療や療養後、その馬の経過に応じた余生を送らせている。

 おとなしくてやさしい軍馬たちは、まだ幼いレンやレディのわたしにたいしても嫌がらず素直に乗せてくれる。あるいは荷馬車で運んでくれる。

「おっと、頑固なおっさんの登場だぞ」

 マーティンのささやきにハッとした。屋敷の方からクレイグがやってくる。

「やあ、クレイグ。どうした?」

 マーティンは、現役時代からこんなだったのだろうか。いまは一応雇い主であるはずのクレイグにたいし、まったく物怖じしない。というか、敬意の欠片も持ち合わせていない。

「おれも町へ行く」

 クレイグは、こちらに鋭い視線を向けてボソッと言った。

「ですが、閣下。今日はちょっとした用件で行くだけなのです」

 リーアムに聞いたのだろう。だけど、今日はほんとうにクレイグが出ていくほどのことではない。

「本来ならおれがすべきことだ。あるいは、リーアムか他のだれかにさすべきことだ」

 クレイグは、険しい表情で脅してきた。

 このわたしが、それくらいでビビるとでも思っているのだろうか。

(だけどまぁ、『おれが帰ってきた以上、レディごときがでしゃばるんじゃない』ってことよね。わかりました)
 
 彼の不在時に好きなようにさせてもらっていた。

 彼にしてみれば、マッキントッシュ公爵家とその領地などすべてを、わたしに乗っ取られたような気になっているのだろう。

(前と同じことね。その規模が国か領地かというだけのこと。また同じことの繰り返し? わたしってほんとうに学習しないわね)

 しかし、悔いはない。前回のときもそうだけど、今回も領民だけでなく多くの人たちの助けになったはずだから。

 たとえこれでまた離縁され、ここから放り出されるか、もしくは他のだれかにまわされたとしても、他の多くの人たちの助けになったのならそれでいい。

 偽善や自己満足にすぎないのかもしれない。

 なにより、こんな母親でレンがかわいそう。

「すこしでもはやく知りたいし、覚えたいからな。そこをどけ。馬は、おれが御す」

 クレイグは、手綱を握るわたしをおしのけるようにして荷馬車に乗ってきた。仕方なく、彼に場所を譲った。

「だれかさんは、ほんとうに可愛げがないな。素直にアンとデートしたいと言えばいいのに」
「うるさいぞ、マーティン」
「野郎のヒステリーってみっともないな。なぁ、レン? そうだ。クレイグ、おまえもレンに剣を指南してみろよ。レンの才能に驚くぞ」

 クレイグは、マーティンに揶揄われてますます険しい表情をしている。

 クレイグは、金髪碧眼で渋い美しさと可愛さを混ぜた顔立ちをしている。それなのに、彼はどこか強面を気取っている。

「ふんっ! おれは、子どもは好きじゃない」

 微妙な空気が流れた。

 レンは、クレイグの血を継いではいないかもしれない。前夫の血をついでいる可能性がある。

 もちろん、クレイグには懐妊がわかった時点で彼との子なのか前夫との子なのかはわからない。そう手紙で知らせているし、マッキントッシュ公爵家の人たちにも伝えている。

「父上は、イーズデイル王国一の剣士だと聞いています」
「レン、いまはそうだ。おまえの父上は、おれが負傷をするまでは二番だった」

 レンがクレイグにキラキラした碧眼を向けたとき、マーティンが茶化した。

「父上にも剣の指南をしていただきたいです」

 レンは、彼なりにクレイグの関心を惹こうとしている。

 それがまた健気で可愛すぎる。

 それなのに、わたしは最初から諦めている。

 諦めた方がラクだからと、クレイグにたいしてすべてを諦めている。

「素振りをしたとき、剣が右にぶれている。マーティン、癖はやっかいだ。はやいうちに直させろ。それは、おまえもよくわかっているだろう? はやいうちに直させろ」

 クレイグは、そうつぶやくと荷馬車を出した。

「はい、父上。気をつけます。父上、母上、いってらっしゃい」

 レンは、クレイグのつぶやきがうれしかったらしい。うれしそうに手を振った。

 振り返ると、レンはいつまでも手を振っていた。

(可愛すぎる)

 わが子の可愛さをあらためて思い知らされ、鼻血が出そうになった。


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