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パトリックの機転

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「なんてことだ」

 テーブル上に突っ伏して動かなくなったアレックスをただ呆然と見ていると、パトリックのつぶやきがきこえてきた。

「アレックスが、まさかこれほど酒に弱かったとは思いもしなかった。無理矢理勧めて悪いことをしたな」

 なんと反応していいのかわからない。

 わたしもパトリック同様、アレックスがたった二杯の葡萄酒で酔いつぶれてしまうとは思いもしなかった。

 わたしの一度目の人生のアレックスは、公でもプライベートでも葡萄酒を浴びるほど飲んでいた。とくにプライベートではひどい飲み方をしていた。彼は、わたしが葡萄酒を運ぶたびに罵詈雑言を浴びせた。

 言葉による暴力だけではない。肉体的な暴力を振るわれたこともすくなくなかった。

 もっとも、それはわたしにたいしてだけだった。彼は、他の侍女たちには自制していた。

 とにかく、アレックスは現実から逃れる為に葡萄酒に溺れていた。

 そういう彼を見ていたから、わたしのいまの人生の彼も酒に強いのだと思っていた。

 アレックスは、国王や第一王子であるマシュー、それから他の王子たち同様飲もうと思えばいくらでも飲めるのだと思い込んでいた。

 アレックス自身、『自分は底なしで飲めば節度を失う』そう思い込んでいたはず。

 だからこそ、彼はずっと飲まなかった。慣習通り一杯だけにとどめていた。

 が、じつは彼は弱かった。

 わたしのいまの人生のアレックスは、下戸だったのだ。

「ナオ、外にいる近衛隊の隊員を呼んでくれないか?」

 パトリックに言われ、ハッとわれに返った。

 そうだった。ボーっとしている場合ではない。アレックスをこのまま放っておくわけにはいかない。

 パトリックに言われた通り、食堂の前で警護している近衛隊の隊員たちを招き入れた。すると、パトリックは機転をきかせてくれた。

「アレックスが酔いつぶれるほど葡萄酒を飲ませてしまってね。ナオ、きみは客殿に部屋を準備してくれないか。近衛隊のきみたちには、ナオが準備した部屋にアレックスを運んでほしい。彼は、今夜はその部屋で休んだ方がいいだろう」

 アレックスは、まさかたった二杯の葡萄酒で酔いつぶれたとは言えない。

 しかし、酔いつぶれるほど飲ませてしまった、ということなら近衛隊の隊員たちも納得するはず。

 もしもこのままアレックスを正殿の彼の寝室まで運ぶとなると、他のだれかに見られてしまう。しかし、客殿にある寝室だとここにいる近衛隊の隊員やわたし以外に見られることはない。

 客殿の寝室は、いくらでも空きはあるわけだし。

 当然のことながら、近衛隊の隊員やわたしが他に漏らすことはない。

 すぐにパトリックに命じられた通りに行動を起こした。

 彼の機転に心から感謝しつつ。
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