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わたしは侍女にすぎないのに……

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 アンドレア妃の部屋を辞し、アレックスの部屋へ向かった。

 アレックスの午後のお茶の時間は、とっくに昔にすぎてしまっている。

(遅くなる旨を伝えてもらってよかった)

 アレックスに伝えてもらうよう、アンドレア妃の執事に頼んだのである。

 それはともかく、アレックスの部屋へ急ぎつつ、アンドレア妃の真意を憶測してしまう。

(彼女はいったい、わたしになにを伝えたかったのかしら? あるいは、なにかしてもらいたかったのかしら? もしかして、わたしはなにかアクションを起こさないといけなかったの? 同情するとか励ますとか、なんらか言葉をかけた方がよかったの?)

 たしかに、わたしはアンドレア妃とキャロラインが揉めているところに乱入した。そして、ふたりの間に割って入った。

 しかし、結局なんの役にも立たなかった。というか、なにも出来なかった。

 わたしは、あくまでも物理的にふたりの間に入っただけである。建設的ななにかをしたわけではない。仲裁とか助言とか、具体的ななにかをしたわけではなかった。

(彼女は、そのわたしにどうして重要なことを伝えたのかしら?)

 友人ならともかく、当然わたしはそうではない。ただの侍女である。

 アンドレア妃は、いわば雇い主である。そしてわたしは、彼女にとって雇用人のひとりにすぎない。

 というわけで、わたしは彼女が「離縁に応じる」などという大切なことを告げるべき相手ではない。わたしは、告げられる立場ではない。

 彼女の真意はどうあれ、告げられてしまったものは仕方がない。とはいえ、告げられたからといってわたし自身はどうということはない。わたし自身には影響がないのだから。

(それにしても、彼女はほんとうに疲れていたわよね)

 アンドレア妃の疲弊しきった美貌を思い出すと、気の毒になってくる。

(しかし、彼女がハッキリすっきりクッキリ決断したのはほんとうによかった。彼女にどういう心境の変化があったのかはわからないけれど。とにかく、マシューとはさっさと離縁してあたらしい人生を歩んでほしい。つぎは、きっといい人生が待っているに違いない。彼女は、しあわせになれるにきまっている)

 そう。このわたしのように。

 もっとも、わたしの場合は一度死んでのやり直し。死に戻ってのあたらしい人生だけど。

 とにかく、アンドレア妃ならきっとしあわせになれる。彼女をしあわせにしてくれる男性がいるはずだから。

(わたしったら、まるでインチキ占い師みたいなことを言って。根拠のない、いい加減なことばかり言ってはいけないわね)

 自分自身に苦笑してしまう。

(もちろん、彼女にそう言って励ますつもりはないけれど。いまのは、あくまでもわたしの望み。だから、勝手なことを思うのはいいわよね?)

 都合よく考え直す。

 アンドレア妃のことを考えていたものだから、厨房でお茶のセットをピックアップし忘れてしまった。だから、慌てて引き返さねばならなかった。

 本日は、アップルティーとスコーン。スコーンは、プレーンとチョコチップ入り。三種類のベリー系のジャムが添えられている。

 料理長のケヴィンは、あいかわらず昼食を取ることの出来ないわたしを気遣ってくれている。だから、スコーンを大量に用意してくれていた。

 ほんとうにありがたい。

 アレックスのお茶の時間のスイーツというにはたくさんのスコーンを見た瞬間、アンドレア妃の離縁のことなどすっかり忘れてしまった。
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