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平手打ちレディとの再会

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 彼女、つまりシンディ・ロックハート公爵令嬢は、大広間に乱入してくるなり脇目もふらずこちらにやってきた。

 彼女は、今夜もまたド派手な美貌にド派手なドレスを身を包み、腰ぎんちゃくたちを引き連れている。

 彼女のせっかくのド派手な美貌は、憤怒で歪んでいることが残念でならない。

 彼女なら、笑顔より怒りや嫌味な表情の方が多いのかもしれない。

 失言だった。いまのは偏見にすぎない。

 彼女は、あのときのように彼とわたしの前までやって来ると官能的な唇を開いた。

「このちんくしゃ、まだ彼の妻を気取っているの? 厚かましいにもほどがあるわ」

 いつの間にか宮廷楽団の音楽や大広間内のざわめきがやんでいた。

 その彼女の怒鳴り声が、耳に痛いほど響いた。

(っていうか、ちんくしゃ?)

 彼女の表現に苦笑しつつも、すでに歯を食いしばっている。

「パチンッ!」

 案の定、左頬に見事なまでの平手打ちがきまった。

 最初のときと同じように。

 とはいえ、心構えができていたし、歯を食いしばっていた。そのお蔭で、最初のときのように驚きや痛みはなかった。それから、怖気づくこともなかった。

 そのかわり、メラメラと闘志が湧き起こった。俄然ヤル気が出た。

 そのままそっくり平手打ちを返してやろうかという考えが、一瞬頭をよぎった。

 しかし、わたしの瞬発力はふつうのレディと違って強力である。彼女に平手打ちを食らわせれば、彼女の左頬どころか美貌をグチャグチャにしてしまうかもしれない。

 じつは、これまで物理的に狙われる、というか暴力をふるわれることがすくなくなかった。だから、つねに自分なりの方法で鍛えている。

 そこら辺にいる上流階級のおぼっちゃまやじい様より、よほど力が強くてすばしっこいのである。

 それはともかく、いずれにせよ肉体的に傷つける暴力は、自分の野蛮さやバカさ加減を強調するだけのこと。つまり、自分で自分を貶めることになる。だから、やめておいた。

 そのかわり、彼女の美貌に比較したらずっとずっと平凡でのっぺりした顔に全力の笑顔をひらめかせた。

 その瞬間、肩を並べるレッドフォード公爵が息を呑んだのを感じた。というか、おもいっきりひいたような気がした。

 彼は、わたしが彼女に平手打ちを食らったときではなくわたしの全力の笑顔にひいたのである。

 彼には、わたしの笑顔がよほど不気味に見えたのだろう。

「ロックハート公爵令嬢、でしたっけ? わたしを物理的精神的に傷つけたことは、この際目をつむります。ですが、二度に渡り公衆の面前でわたしとわたしの夫であるレッドフォード公爵に恥をかかせたことについては、目をつむることはできません。二度のおおげさなパフォーマンスは、あなたではなくわたしに非があることを強調したいだけのこと。あなたは愛する人を奪われ、わたしがそのあなたの愛する人を奪ったと、人々に宣伝したいからでしょう? それとも、やはりただ単純にわたしに恥をかかせたいからかしら? はやい話が、わたしを笑い者にしたいのかしら? あなたがレッドフォード公爵のことをほんとうに愛していて婚約者の関係に戻りたいのなら、彼と夫婦になりたいのなら、わたしと彼との婚儀からいままでの間に充分時間があったはずです。あなたは、すべてを持ち合わせている。そして、わたしはいろいろな飼い主に捨てられ、街を彷徨う野良犬も同然の存在。婚儀からいままでの間に、わたしをレッドフォード公爵家から放り出すことなど簡単だったはず。それをせず、いまさらまた凶行におよんだのは、あなたが多くの人たちの同情を買いたいのか、あるいは目立ちたいからとしか考えようがありません」

 いっきに言ってのけた。

 自分のハスキーボイスは、自分でも意外なほど落ち着き払っていた。

「な、なんですって?」

 わたしの推測は、見当違いではなかったらしい。

 彼女は、目に見えて動揺した。

 彼女は、まさかわたしが反撃してくるとは思いもしなかったのだろう。

 というか、だれであっても彼女を攻撃することはないに違いない。だからこそ、彼女は自分が攻撃されることに慣れていないのだ。

(だったら、もうひとおしいってみる?)

 心の中でニヤリとしたつもりだったけれど、リアルにニヤリとしてしまった。

 そのとき、わたしの右腕にレッドフォード公爵の手がそっと置かれた。

 ハッとした。

 これ以上彼のほんとうに愛する人を攻撃するのは、彼を攻撃するのも同じこと。平手打ちレディは、どうでもいい。しかし、彼を悲しませたり傷つけることはしたくない。

 闘争心は、一気に萎えた。怒りは、一瞬にして鎮火した。
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