上 下
6 / 11
第2章 夕闇の塔

6.苦くて甘い

しおりを挟む
「やはり現在のところ、内部に魔物の気配はしませんね。結界でもあるんでしょうか」
「お嬢様の神々しさに恐れをなして散って行ったのよ!」
「うーん、結界は無いみたい。しかも、強い闇の魔力の残滓を感じるわ。もしかすると何かが住み着いているけど、偶然今は留守にしているだけなのかもしれないわね」

 ここは夕闇の塔、基底部。
 つまりは塔に足を踏み入れてすぐの、玄関ホールだ。
 スティックタイプの糧食をかじりながら、わたしたち三人は円座になって火を囲んでいた。
 アルエルニス家が独自に開発した栄養満点のバーなのだけど、味の方はいまひとつなのよね。
 
「となると明日は塔内部の探索と……、ですかね」

 ダイスの赤茶色の瞳はじっと炎を見据え、爛々と燃えている。

「腕が鳴るわ。ニーヤ、お嬢様が神殿にお勤めの間にも努力したつもりです。結果をお見せするのが楽しみですよ!」

 ニーヤが手首足首の関節をチェックし始め、唸るように笑う。
 年頃の女の子のしていい顔じゃ無い気がするけど、まぁどんな表情でも可愛いので良いことにしましょうか……。


 先ほど予定時刻よりも大幅に遅れて塔にたどり着いたわたしたちは、すっかり闇に沈んだ塔内に足を踏み入れたばかりだった。

 この夕闇の塔は、人間と魔族がまだ住処を分けていなかった時代——タルティアナの建国よりも昔、千年以上も前に建てられたものだ。
 人間と魔族は小競り合いをしていたものの、それなりに共存していた時代ね。

 この塔はそんな時代に人間たちが建てたもので、魔物や魔族が跋扈する黒の谷の中で、唯一タルティアナ王国が所有している建物だ。
 なぜ建国以前に建てられた塔を王家が所有しているかといえば、この塔の建設者と王家には血縁関係があるから、らしい。
 童話にもよく名前が出てくるくらい有名な塔だけれど、実際に足を踏み入れたことのある人間はここ数百年でほとんどいない。

 つまり、ほぼ古代遺跡なのだ。
 
 元は王家のものとはいえ、そんな場所だから、魔物たちが勝手に住み着いていてもおかしく無い。
 そういうわけで。
 今日は内部を調べる時間がほとんど取れなかったので、下手に動かずこの塔の玄関でキャンプをすることにしたのだった。
 キャンプといっても高所にあるし、下の森で夜営するよりはずっと安全だろう。


「……しかしあれ、鬱陶しいですねぇ」
「怪我もひどいし気になるわよね」
「俺たちでどうにかしてやってもいいですか?」
「やめて頂戴ね」


 わたしたちはこっそりと背後を振り返り、気づかれないようにため息を吐く。



 わたしたちから少し離れたところで、二十人くらいの集団が同じように火を囲んでいる。
 もちろん例の、ラルフ王子の私兵たち——王子親衛隊とでも呼びましょうか——だ。
 大小あれど皆一様に怪我をしており、重苦しい表情でモソ…モソ…と干し肉を齧っている。
 治療、させてくれないかしら。
 気になってしょうがない。
 痛そうで見ていられないし、血の匂いに魔物が引き寄せられるのも困ってしまう。
 ダイスにこの一帯の気配を曖昧にする幻影魔術をかけてもらったから、大丈夫だとは思うけれど……。

 彼らの間に、会話はほぼないようだ。
 時折、炎のはぜる音だけが聞こえてくる。
 彼らの怪我の原因は何かといえば、なんと黒の谷に足を踏み入れた直後に恐ろしい魔物に襲われたらしい。隊長さん(実際隊長らしい)がそう話してくれた。
 わたしたちのところにも魔物は次から次にやってきていたけれど、どれも無害なものばかりだったので、背後でそんな死闘が繰り広げられているとは気づかなかった。


 その隊長さんもここに到着したばかりの頃は、「うっそだろ……」「男ひとりと荷物背負って崖を素手で登るか? 狂ってるだろ」などぶつぶつ言いながら蹲っていたけれど、今は少し元気が出たようで、彼らに混じって食事をとっている。

 
 そういえば、彼らは気になることを言っていたわね。
 わたしのことを「穢れた聖女」とか、なんとか。
 流されるままにここまできてしまったけど、今のわたしって、何もわからない状態なのよね……。
 何故わたしが筆頭聖女を降ろされなければならなかったのか、見当もつかない。
 勤務態度も真面目だったと思うのだけど……。
 ラルフ王子も「お前の企みは~」とか言っていたような記憶があるし、後で説明はあるのかしら。


 王子といえば、彼に理不尽に婚約を破棄された理由も結局不明なままだ。
 まぁこちらは彼のすることなので、レアと結婚したくなったから、というシンプルな理由でほぼ間違い無い気はするわね。
 ラルフ王子はその、少し移り気なところがある。
 胸の大きい女性とすれ違うと必ず目で追っていたし、会うたびに知らない香りを身に纏っていた。
 あれは明らかに女性のつける香りだったわ……。

 
 わたし自身がラルフ王子と結婚したかったかと言われれば、そんなことは全然ない。
 でも縁談を組んでくれたお父様や、わたしの結婚を後押ししてくれていた友人たちもいたわけだし。
 やっぱりわたしも——それなりに、傷ついた。
 お前なんていらない、と言われているようで。
 王家に嫁ぐのにふさわしい女性となるために努力した日々を、聖女として人々の幸福のために捧げてきた思いを、全て否定されたような気がした。


 でも、もういいわ。


 考える暇もろくにないままに黒の谷までやってきたことで、わたしの気持ちは逆に吹っ切れつつあった。
 わたしは怒ったり泣いたりするのが苦手だし、言いたいことがあっても、いつもタイミングを逃してしまう。


 だから、今はしばらくここでゆっくりさせてもらおう。
 どちらにせよ聖女はクビになったのだもの。
 この夕闇の塔から、わたしの新しい人生が始まったっていいじゃない。


 パサパサのスティックを、一口齧って水で流し込む。
 舌先に広がるあま苦い味が、今は少し快かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【1/1取り下げ予定】妹なのに氷属性のお義兄様からなぜか溺愛されてます(旧題 本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!)

gacchi
恋愛
事情があって公爵家に養女として引き取られたシルフィーネ。生まれが子爵家ということで見下されることも多いが、公爵家には優しく迎え入れられている。特に義兄のジルバードがいるから公爵令嬢にふさわしくなろうと頑張ってこれた。学園に入学する日、お義兄様と一緒に馬車から降りると、実の妹だというミーナがあらわれた。「初めまして!お兄様!」その日からジルバードに大事にされるのは本当の妹の私のはずだ、どうして私の邪魔をするのと、何もしていないのにミーナに責められることになるのだが…。電子書籍化のため、1/1取り下げ予定です。1/2エンジェライト文庫より電子書籍化します。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

処理中です...