2 / 6
昼食
しおりを挟む彼の家のキッチンは、とても質素だった。白色の大理石に、コンロ、シンクと、必要最低限のものしか置いていなかった。
思えば、彼自身もかなり質素な見た目をしていた。白の上着にズボン、裸足。都市部の役人は、贅の限りを尽くして己を着飾るのに、彼は露程も身なりというものに興味が無いらしかった。
彼は食器棚から、まな板を取り出し、コンロとシンクの間のスペースに置いた。それから彼は冷蔵庫から、2つの卵、少量の肉と野菜を取り出した。この後も暫く、彼は冷蔵庫を漁っていたが、スッと立ち上がって静かにこう言った。
「冷蔵庫の中身、これだけしかねぇ」
僕も冷蔵庫を覗く。確かに、他はビールやら牛乳やら、飲み物ばかりだった。
僕と彼は諦めて、先程出した少量の材料に向き直った。
「これで、何を作りますか?」
「取り敢えず、刻んで炒めて、塩胡椒振るか」
彼の大雑把で分かりやす過ぎる説明に、僕は少なからず感心を覚えた。食べなくとも味がわかる。
「お前、切る係な。俺様が炒める係だ」
「分かりました」
彼から包丁を渡される。……包丁を持ったのは、いつ以来だろうか。ずっと訓練、訓練だったので、この10年で、僕は他がポンコツになってしまった気がする。
慣れない手つきで、野菜の上に刃を下ろす。超スローペースで、丁寧に。
「………おっせぇ……」
「……すみません。僕はずっと、都市部では武技一筋だったので、こういう事はあまりやった事が…」
彼は呆れながら、僕の手つきを見ていた。……何故か待ってくれている。僕は少し申し訳なさを感じて、手を早める事にした。
「……っ……!」
慣れない事に対して手を早めた結果、僕は人差し指を切ってしまった。ピリッとした痛みが、指先から伝わってきた。
「何してんだ」
彼の声が聞こえた。僕は咄嗟に、謝罪の言葉を口にしようとした。
「仕方ねぇなぁ」
でも次の瞬間、彼の手が、優しく僕の手を覆った。それに、僕は言葉を詰まらせて、彼の顔を見た。彼の長い髪でよく見えなかったけれど、彼はかすかに笑っている様だった。
彼は僕から包丁を受け取った。
「………」
「手本を見せてやる」
彼が野菜に刃を下ろした。トンッと、軽快な音が鳴る。かなり手慣れているようだった。それから、トトトトッと、リズムの良い音が鳴り続けた。
切れた材料は、全て同じ大きさだった。
彼は切り終わると、包丁を傍に置いて、僕の手を取った。
「指、大丈夫か?」
「!!……大した事ないです。少し先を切っただけですから」
「そうか。なら良いが、一応絆創膏を貼っておけ。持ってるか?」
「はい」
彼は僕の手を離し、そのまま、炒める作業に移った。……家畜に対して、あの人はあんな風に接するのか。
僕は、胸がじんわり熱くなるのを感じた。
________
お皿に、刻んで炒めて塩胡椒を振ったものを、美味しく見える様に盛る。その間、彼はお箸やご飯を出していた。
僕がおかずのお皿をテーブルに置く頃には、全ての用意が出来上がっていた。彼は手を合わせた。
「頂きます」
「……頂きます」
彼の小さな口に、おかずが運ばれていく。そしてもぐもぐと、彼は規則正しく口を上下に動かした。……彼は、噛むときは20回数える派らしかった。
「おい」
「はい」
「明日、お前の箸とか食材とか、必要なもん買いに行くぞ」
「分かりました」
会話はこれだけだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
ミッドナイトランナー
ばきしむ
ライト文芸
白タク運転手と凶悪殺人鬼のコンビが巨大な陰謀に立ち向かうダークエンターテイメント!!!
夜の街で働いていた白タク運転手の少女「緑谷」。ある日、仕事を終えた緑谷は逃走中の凶悪殺人鬼「白石」に出会い共に警察から追われる日々が始まる。旅先で出会う様々な人、出来事…そして待ち受ける巨大な陰謀、2人は真実を知ることができるのか!?
連載の予定ですが我が身が高校BOYなもんで頻度は少なくなっちゃうかも知れません。。。。
読み苦しいところもあると思いますが若気の至りとして消費して下さいまし…
「おかえり」と「ごちそうさま」のカンケイ。
若松だんご
ライト文芸
十年前、事故で両親を亡くしたわたし。以来、母方の叔母である奏さんと一緒に暮らしている。
「これからは、私が一緒にいるからね」
そう言って、幼いわたしの手を握ってくれた奏さん。
敏腕編集者で仕事人間な彼女は、家事がちょっと……というか、かなり苦手。
だから、ずっとわたしが家事を担ってる。
奏さんのために、彼女の好物を作って帰りを待つ日々。
ゴハンを作るのは楽しい。だって、奏さんが「美味しい」って言ってくれるから。
「おかえりなさい」と出迎えて、「ごちそうさま」を聴くまで。それがわたしの至福の時間。
だけど最近、奏さんの様子が少しおかしくて――。
一緒に並んで手をつないでくれていた奏さん。彼女が自分の人生を一歩前へと歩きだした時、わたしの手は何を掴んだらいいんだろう。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
妻が家出したので、子育てしながらカフェを始めることにした
夏間木リョウ
ライト文芸
植物の聲を聞ける御園生秀治とその娘の莉々子。妻と三人で平和に暮らしていたものの、ある日突然妻の雪乃が部屋を出ていってしまう。子育てと仕事の両立に困った秀治は、叔父の有麻の元を頼るが……
日常ミステリ×ほんのりファンタジーです。
小説家になろう様でも連載中。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる