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昼食

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 彼の家のキッチンは、とても質素だった。白色の大理石に、コンロ、シンクと、必要最低限のものしか置いていなかった。
 思えば、彼自身もかなり質素な見た目をしていた。白の上着にズボン、裸足。都市部の役人は、贅の限りを尽くして己を着飾るのに、彼は露程も身なりというものに興味が無いらしかった。

 彼は食器棚から、まな板を取り出し、コンロとシンクの間のスペースに置いた。それから彼は冷蔵庫から、2つの卵、少量の肉と野菜を取り出した。この後も暫く、彼は冷蔵庫を漁っていたが、スッと立ち上がって静かにこう言った。


「冷蔵庫の中身、これだけしかねぇ」


 僕も冷蔵庫を覗く。確かに、他はビールやら牛乳やら、飲み物ばかりだった。
 僕と彼は諦めて、先程出した少量の材料に向き直った。


「これで、何を作りますか?」

「取り敢えず、刻んで炒めて、塩胡椒振るか」


 彼の大雑把で分かりやす過ぎる説明に、僕は少なからず感心を覚えた。食べなくとも味がわかる。
 

「お前、切る係な。俺様が炒める係だ」

「分かりました」

 
 彼から包丁を渡される。……包丁を持ったのは、いつ以来だろうか。ずっと訓練、訓練だったので、この10年で、僕は他がポンコツになってしまった気がする。
 慣れない手つきで、野菜の上に刃を下ろす。超スローペースで、丁寧に。


「………おっせぇ……」

「……すみません。僕はずっと、都市部では武技一筋だったので、こういう事はあまりやった事が…」


 彼は呆れながら、僕の手つきを見ていた。……何故か待ってくれている。僕は少し申し訳なさを感じて、手を早める事にした。


「……っ……!」


 慣れない事に対して手を早めた結果、僕は人差し指を切ってしまった。ピリッとした痛みが、指先から伝わってきた。


「何してんだ」


 彼の声が聞こえた。僕は咄嗟に、謝罪の言葉を口にしようとした。

 
「仕方ねぇなぁ」


 でも次の瞬間、彼の手が、優しく僕の手を覆った。それに、僕は言葉を詰まらせて、彼の顔を見た。彼の長い髪でよく見えなかったけれど、彼はかすかに笑っている様だった。
 彼は僕から包丁を受け取った。


「………」

「手本を見せてやる」


 彼が野菜に刃を下ろした。トンッと、軽快な音が鳴る。かなり手慣れているようだった。それから、トトトトッと、リズムの良い音が鳴り続けた。
 切れた材料は、全て同じ大きさだった。
 彼は切り終わると、包丁を傍に置いて、僕の手を取った。


「指、大丈夫か?」

「!!……大した事ないです。少し先を切っただけですから」

「そうか。なら良いが、一応絆創膏を貼っておけ。持ってるか?」

「はい」


 彼は僕の手を離し、そのまま、炒める作業に移った。……家畜に対して、あの人はあんな風に接するのか。
 僕は、胸がじんわり熱くなるのを感じた。




________





 お皿に、刻んで炒めて塩胡椒を振ったものを、美味しく見える様に盛る。その間、彼はお箸やご飯を出していた。
 僕がおかずのお皿をテーブルに置く頃には、全ての用意が出来上がっていた。彼は手を合わせた。


「頂きます」

「……頂きます」


 彼の小さな口に、おかずが運ばれていく。そしてもぐもぐと、彼は規則正しく口を上下に動かした。……彼は、噛むときは20回数える派らしかった。


「おい」

「はい」

「明日、お前の箸とか食材とか、必要なもん買いに行くぞ」

「分かりました」


 会話はこれだけだった。








 
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